第2話 口裂け女の噂

 東京都、千代田区。警視庁本庁舎地下、警視庁都市伝説対策室。

 室長の久遠くおんルイ警視はインターネットのニュース記事を読んで眉間に皺を寄せていた。

「武蔵野市に口裂け女現る、だって。これ、うちの案件かな?」

「ああ、そのニュースね」

 と、頷いたのは警部補の佐崎ささきナツだ。

「あたしも聞いたよ。マスクして、真っ赤なコート着た女が小学生に声掛けたってね。それだけなら声掛け事案だけど、刃物持ってたって言うから悪質だよ」

「武蔵野市って何があるっけ?」

 と、首を傾げたのは女子高生コンサルタントの五条ごじょうメグだ。

吉祥寺きちじょうじ

 ルイが短く答えると、彼女はぽんと手を打つ。若者に人気の繁華街として有名な街だ。だが、「吉祥寺」という地域の名前の方が有名で、武蔵野市にそれがあるとすぐにわかる人はあまりいない。名古屋や横浜の様なものだとルイは思っている。

「吉祥寺に口裂け女が出たの?」

「いや、厳密には境の方。駅で言うと武蔵境だね」

「あっちは完全に住宅街だもんね。あたしも学生の時は吉祥寺何度か遊びに行ったよ。境の方はほとんどないけど」

 ナツがうんうんと頷く。ルイもそうだ。学生の時は吉祥寺へ遊びに行くことはあった。とは言え、今回は関係ない。現場は境の方なのだから。

「地元小学生の女子児童が声を掛けられた、か。『私、綺麗?』と問われ、『はい』と答えたところ、口まで裂けた顔を見せられた」

 アサが読み上げた。

「ここだけ読んでも、なんとも言えませんね」

「最近は特殊メイクもすごいらしいしね。つっても、わざわざ特殊メイクで子供脅かす理由って言うのも思い至らないけど……」

「動画配信者かも。『口裂け女やってみた!』とか」

 メグが目をつぶると、

「迷惑防止条例に引っかかりそう」

 ルイもウィンクを返した。それから一同を見回し、

「もし生安から話が回ってきたら対応できるように、資料だけ集めておこうか」

「そうですね」

 アサが頷いた。本物の口裂け女にしても、口裂け女を真似ている人間にしても、「巷に流布する口裂け女の噂」と言う物は知っておく必要がある。


 都市伝説とは、消極的な「信仰」である。この「都市伝説対策室」では、「都市伝説」と言う物をその様に定義している。「こうだったら良いな」「こうだったら怖くて面白いな」と言う願いが具現化したものが怪異だという考え方だ。そうであるので、幽霊は扱わない。その場合は神社や仏閣に繋ぐ。

 なので、もし今回の口裂け女が、消極的な信仰──口裂け女が本当に出たら面白いのに──による具現化なら、この地域でどのような話が囁かれているのか、と言うことが対策のヒントになる。逆に人間が真似ているだけなら、元ネタを抑えておけば次の行動が読めたりするのだ。


 という事で、ルイたちが当たる資料は研究者の書いた本だけではない。インターネットの掲示板や、ネット辞書、小説なども含まれる。


「じゃあ、俺は図書館に行ってきます」

 アサが立ち上がった。ナツは書棚から一冊の本を抜き出すと、ルイに差し出す。

「口裂け女ならこれが一番わかりやすいかな」

「ありがと」

 ナツはインターネット掲示板を、メグはSNSを検索することになった。

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