第12話 眉間を穿つ

 2台の車に分乗した。レンの運転する車にメグが乗り、他3人を乗せた車はアサが運転した。レンは前回、万が一自分が運転できる状態ではなくなってしまった場合に備えて電車で行っていた。そのため、車でのルートはよくわからず、アサが先導する。

 南雲邸に車を入れると、すぐに南雲本人が飛びだしてきた。泣きそうな顔である。

「えーと、あのー、その節は申し訳なく」

「ぶっ壊して良いんですよね?」

 ナツが勢い込んで尋ねる。彼女がライフル(電動ガンだが)を背負っているのを見て、彼は気圧されるように頷く。

「はい」

「お邪魔します」

 ナツはすたすたと上がり込んだ。ルイも慌てて後を追う

「佐崎さん、活き活きしてるなぁ」

「トリガーハッピーなんですよ、あの女。いつも撃ちたくてうずうずしてる」

 アサは呆れた様に応じた。

 その気持ちはわからなくもない。何しろ、ナツの撃った弾丸は怪異にしか当たらない。そのため、捜査一課では持て余されていたそうだ。いざと言う時に、拳銃が使えないのだから。誤射の可能性も低いが、それで容疑者を取り逃がしては本末転倒になる。

 だから、撃てば結果が出る怪異相手の射撃にやりがいを感じているのだろう。

「三脚も持ってたよ、ナツ」

 後ろから付いてきたメグがぼそりと付け足した。


 寝室に行くと、メグの言った通り、三脚をセットしてその上にライフルを乗せているナツがいた。壁を見ると、あの面が血まみれの壁に貼り付いている。凄絶で恍惚とした笑みにも見えた。

「室長、あたしマシンガンも欲しいな」

 ルイの到着に気付いたナツが無邪気に言う。

「経費で買って良いよ。良いよね?」

 アサを見上げると、

「室長がよろしいなら俺は何も言いません」

 彼は肩を竦めて笑った。

「南雲、佐崎が撃っても、原型を留める場合はある。例えば、ただの市松人形に『髪が伸びる』という怪異だけが具現化した場合だ」

 レンが説明している。

「だが、この面の場合は、面そのものが怪異だ。跡形もなく破壊されるだろう。それで良いな?」

「か、構わないよ。壁の染みは」

「そこまでは知ったこっちゃないよ」

 ナツがぴしゃりとはね除けた。彼女は簡単に狙いをつけると引き金を引いた。BB弾は頬を貫く。空いた穴から血のような粘性の高い液体がでろりと流れた。

 ふと、メグを見ると、叔父の背中に隠れている。腕を掴んでそこから覗いていた。見ているルイに気付くと、眉を寄せて気まずそうにしているので、ルイは微笑んで首を横に振った。

「僕も怖いよ」

「やっぱ額かな……ビリー・ザ・キッドみたいに眉間に3発」

 ナツが狙いを調整していた。

「撃てねぇだろ。ていうかお前はウィリアム・テルじゃなかったのか」

 やはりアサは辛辣だ。ナツは狙いをつけると、引き金を引いた。流石に3発は撃たなかったが、その一射は正確に額を貫いた。

「あ!」

 メグが驚いた様に声を上げた。額を貫かれた面はそこから全体にヒビを入れ……バラバラになって床の間に落ちた。そうかと思えば、壁一面にぶちまけられていた血のような汚れも消失する。

「やった!」

 ルイが歓声を上げた。ナツはふう、と息を吐くと、

「終わりました!」

「ありがとうございます!」

 南雲は平身低頭と言った有様だ。レンは苦笑して友人の様子を見下ろす。ルイたちに視線を寄越し、

「お前さんら、メグ連れて先に帰ってもらってて良いか? 俺ぁ、こいつとちょっとばかし話があるもんでね」

「わかりました。面の残骸だけ押収します」

 アサが手袋とポリ袋を取り出した。ルイも手伝って面の欠片を全て回収する。それが終わると、メグとナツを連れて南雲家を辞した。この後、家主は友人から釘を刺されるのだろう。


「いやー、今回みたいなケースもあるんだねぇ」

 助手席でシートベルトを締めながら、ルイは唸った。アサは苦笑して、

「たまにありますがね。今回みたいなのは極端ですよ。それこそ、怪異を友達だと思い込む子供もいますし。ずっと持っていたものだから手放したくない、壊したくないと拒否されることもあります。科学的に証明できるものじゃない。だからこそ、どうやって納得してもらうかっていうことには骨を折ることもありますね」

「今までがラッキー過ぎたんだよね」

 ルイは頷いた。

「室長」

 ナツが不意にスマホを差し出してきた。何事かと思うと、マシンガンの写真が表示されている。電動ガンの通販サイトらしい。

「これ欲しい」

「電動ガンって結構安いんだね。室長としては許可するけど、今までのエアガンとかも経費で落ちてるの?」

「落ちました」

 アサが頷く。

「そもそも、佐崎の異動もだいぶ無茶で色々憶測が立っていますからね。彼女が電動ガンを経費で買うくらい、どうってことないでしょう。多分、レンさんも根回ししてくれているでしょうし」

「なるほどね。じゃあ帰ったら注文しな」

「やった! これで多少すばしっこい怪異が出ても蜂の巣にできるね」

 ナツは少女の様ににこにこしている。欲しいものが買って貰える子供の顔だ。人間はいくつになっても、望みが叶えばこう笑うのだと思う。


 怪異の解決という、1人の都民が望んだことを叶えた都市伝説対策室の車は、千代田区への道をゆったりと走った。

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