第2話 幼少期

 東京都千代田区、警視庁本部庁舎地下。都市伝説対策室。

 久遠ルイ警視は過去の報告書を読みながらコーヒーを飲んでいた。彼はキャリアの警視で、年齢は三十歳。先日、この存在自体が都市伝説みたいな部署の室長に任命された。都市伝説対策って何? と言うことで、まずは過去の報告書を読みあさっていると言うわけである。

 実際に、配属当日から髪の伸びる人形の案件が持ち込まれ、部下の桜木アサと当事者の家に行き、同じく部下の佐崎ナツとコンサルタントの五条メグの尽力もあって事件はものの数時間で解決した。

 そこで、ルイは怪奇現象が実在することを認めざるを得なくなったのである。もっとも、ルイ自身は怪奇現象を頭から否定するわけではない。ものを粗末に扱ったらバチが当たると思っているし、お墓参りにはちゃんと行くし、神社仏閣ではちゃんと手を合わせる。試験の前にカツ丼を食べるくらいの験担ぎはする。「あったら良いな」くらいの迷信だ。

 だが、アサによれば、都市伝説とは「あったら良いな」の様な漠然としたいわば「信仰」とも言える迷信がカタチになったものだと言う。

「そんなこと言ったら、恨み辛みも全部カタチになっちゃうじゃない」

 ルイは生まれつきウェーブのかかった髪の毛をくしゃくしゃにかき回しながら唸った。

「そうですよ」

 アサは肩を竦める。同性のルイでもぽーっと見とれてしまうような美形だが、どこか憂いのあるアンニュイな表情のせいで地味に見える。

「聞いたことありませんか? メリーさん。人形を捨てたら電話が掛かってくるって言う話」

「知ってるよ」

 引っ越しのためにメリーという人形を捨てると、電話が掛かって来る。「私メリーさん。今どこどこにいるの」と言うような電話で、どこどこ、と言うのがどんどん自分の近くの場所になっていく、と言うものだ。最終的には「あなたの後ろにいる」と言うことになり、多くの話はそこで終わる。その先のバリエーションはそれこそ大喜利のごとく生み出されている。

「あれはどちらかと言うと罪悪感だと俺は思いますね」

「捨てた自分を罰してほしいってこと?」

「ええ。恨み辛みとしたら、捨てざるを得なくした家族かな。人間が作る話ですから。恨んでいるのは人形ではなくて人間ですよ」

「それもそうかぁ」

「最近の家は人形供養に持っていかないのかねぇ」

 あくびをしながら言ったのはナツだ。肩まで無造作に伸ばした髪の毛を

「あたしなんか、怖くて捨てられないよ人形なんて。絶対供養してもらわなきゃ」

「そもそも人形をあんまり捨てたくない」

 と、パソコンから顔を上げるのは五条メグ。コンサルタントと言うが、実際には十七歳の現役高校生で、通信制高校に通っているため普段は割と時間の自由が利くのだそうだ。赤く染めたショートボブの髪の毛が、比較的に外見も自由にできる彼女の立場を物語っている。

「俺は人形は持たねぇな」

 アサが言った。「お前たち、案外可愛い趣味してるな」

「女の子は買い与えられるの。あたしだって女児の頃があったんだから」

「違いねぇ」

「アサの男児時代ってあんま想像できないけど」

「鍬の似合う美男子だったよ」

 と言って微笑むアサは今でも美青年と言って差し支えない。ルイも、自分の容姿は平均以上だと思っているクチだが、アサは造型だけではない物憂げな魅力がある。

「鍬って、ご実家は農家?」

 ルイが首を傾げて尋ねると、

「岐阜の山奥出身でしてね」

 彼は肩を竦める。この美青年が鍬を担いで農作業か。いや、美形は何でも似合うと言うから多分似合うんだろう。

「じゃあ今度鍬で戦って!」

 メグが勢い良くリクエストする。

「馬鹿、警察官が町中で鍬振り回したら懲戒もんだろ」

 アサは苦笑した。その時、ドアがノックされる。

「どーぞ」

 ナツが気の抜けた返事をした。

「どーも」

 と、それに応えるように入ってきたのは、長身で体格の良い五十代の男性。白髪交じりの頭髪をオールバックにしている。その姿を見た瞬間、ルイの背筋が伸びた。

「蛇岩警視正!」

 蛇岩レン警視正。何を隠そう、この都市伝説対策室の前の室長、つまりルイの前任者だ。ルイを任命した張本人でもある。

「どうされたんですか?」

 ナツが「どーぞ」などと応じたことにお咎めがあったら庇わないと……と身構えているが、レンは全く気にした様子はない。それどころか、「ようなっちゃん」などと言って手を振っている。

「悪いな室長殿。室長交代のお知らせがちゃんと回りきって無くてな。俺の所に事件が持ち込まれたんだ」

 蛇岩は謎の人脈で都市伝説対策室の案件を集めていた。室長が交代になったのはつい最近であるため、完全にその人事異動が周知されていないらしい。しばらくは続くだろうが、仕方ない。

「いえ、大丈夫です。それで、今日のはどんな事件なんですか?」

「練馬区の小学校で、教員がメリーさんに追い掛けられて転倒した、らしい。どうも、同じ日に児童にもメリーさんの電話が掛かってきたってことで、都伝案件の可能性ありだ」

「メリーさん?」

 ルイとアサは顔を見合わせた。

「噂をすれば影ってやつ?」

 ナツが片目をつむって見せる。

「なんだなんだ?メリーさんの話でもしてたのか?」

「もののたとえでね。別に予知していたわけじゃありませんよ、レンさん。しかしメリーさんに追い掛けられたって言うのは……」

「どうだろうな。メリーさんは追い掛けてくるって言うか、安全だと思ってるところに来るって感じだからな」

 確かに、死に物狂いで追い掛けてくるイメージはない。引っ越して、メリーさんのことなんて忘れたというところに、ひょっこりと過去が姿を現すから怖いのだ。

「まあ、今あなたの後ろにいるのって言われて振り返ってほんとにいたら、逃げ出したとしても、追い掛けられてるような気にはなるかもしれねぇな」

「だって後ろにいるんだもん。意味深だよね」

 メグは早々に出掛ける支度を始めている。ルイは戸惑ってアサを見た。

「五条さんも来るの?」

「むしろ今回は俺が別行動した方が良いかもしれませんね。小学校にあんまり大人の男が行くと警戒されそうだ。佐崎、五条と室長を頼む。俺は件の教師に話を聞きに行く」

「あいよ」

 ナツは頼もしい返事をすると、立ち上がって支度を始めた。二人ともびっくりするほど小さな荷物だ。一番荷物が多いのはルイかもしれない。

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