硝子のホール(2)
セドナ周縁の断崖絶壁から突き出すようにして生えている、ガラス化したコンクリートブロック。
その内部を探索しているが……往時の痕跡のようなものはほとんど残されていない。
この建物がガラス化した際の温度は、モンターナの推測によれば1,000度を上回るだろうとのこと。
資料や調度品はもちろん、なにかの骨すらも残っていない可能性すらあるらしい。
それだけの異常な温度にかつて見舞われたのだ、この建物は。
(……。)
開口部から見て右手側の壁沿いを進み、ついに奥側の壁にまで到達する。
このエントランスホールのような空間の中では、ここが開口部から最も遠い場所になる。
ここまでには、このホールの壁の向こう側に行けるような場所は特に見当たらなかった。
エレベーターの入り口らしき扉はあったが……ガラス化して溶接されたその扉を破壊したところで、その向こうにあるのは恐らくは暗い縦穴だけだ。
「む」
「どうした、モンターナ」
「ここだ。この――地面に落ちている」
「……暗くて、……よく見えないな」
モンターナの指し示すあたりを見ると、たしかになにか薄い半透明の建材のようなものが落ちているように見える。
どこかから剥離したらしきその建材も、ガラス化して地面と一体化している。
だが――このあたりは開口部から遠い上に、崖に埋まっている側ということもあって、光はほとんど届かない。
地面に手をつき目を眇めて、目が慣れてくればやっとそのようなものがあるのがわかる、といったところだ。
それは……横幅1m20cmほど、縦幅1mほどの、長方形の薄いプレートのように見える。
床面のガラスとは、少しだけ色がちがう……ような気がする。
さきにみた、恐らくはエレベーターの扉の色ともちがう……ような気がする。
となると、これは天井や壁面から剥離した建材ではないのかもしれない。
「フーガは【夜目】はつけてきていないか」
「そりゃ昼間の探索だし」
「……すまない。暗所を探索する可能性がある、と言っておくべきだったな。
だが、冒険する場所についてはできるだけネタバレしないようにしたくてな……」
そういやモンターナは、もともと俺たちと一緒にこのガラス化したコンクリートブロックの内部を探検したかったんだっけ。
だから暗所にも備えて【夜目】を付けてきたらしい。
「いやいや、別に構わんぞ。行き先不明で、ミステリーツアーみたいな楽しさもあったしな。
それにこんなこともあろうかと、夜目はカノンに受け持ってもらってるし」
「んっ。わたしは、けっこう見える」
「そっ、そうか……また、言われたか……」
おっと、本日2度目の「こんなこともあろうかと」を言ってしまった。
……今回で2回目のネタだし、これ以上は言わないようにしよう。
天丼が許されるのは一度までだ。3回目はりんねるに怒られそう。
だが、今回は本当に「こんなこともあろうかと」だ。
モンターナが連れて行ってくれる場所が洞窟という可能性もあったから、カノンと技能分担する際に受け持ってもらったのだ。
今回、俺とカノンの技能被りは1つもないようにしている。
うまいこと、役割を分担していきたいところだ。
「……なにか、模様がある?」
「ああ。カノン。このプレートには、なにか……刻まれているようだ」
「なにかって、まさか文字かっ?」
意味を見出せる痕跡なんて見つからないかもしれないと思っていたところにこれだ。
もしそうなら大発見じゃないか。
「……んん、読めない、かも……」
「ああ。溶けて滲んでしまっているし、紋様の形も……よく……。
だが、これは――たしかに、なにかの文字のようにも……」
モンターナが地面に這いつくばり、プレートに目を近づける。
懐中電灯かなにかがあれば照らしてやりたいところだが、生憎持ち合わせがない。
「……。……ぃゃ、……、……?」
モンターナが、なにごとかをもごもごと呟きながらプレートを注視する。
5秒、
10秒、
……30秒。
……いや、長いな、おい。
「……なぁ、モンターナ。いったん後回しにしないか?
先にひと通り見て回ってから、だろ?」
「……う、む。そう、だな……」
名残惜しそうに身体を起こすモンターナの眼は、いまだにプレートに釘付けられたまま。
よほど気になるらしい。その気持ちはわかる。
「暗号にせよ、未知の言語にせよ、解読せずにはいられないか、冒険家?」
「自称冒険家だからね。……よし、スクショだけ撮らせてくれ。
これは、ちょっと……腰を据えて、研究したい物品だ」
「おっ、いいじゃん」
こういう時に便利だよな、スクリーンショット機能。
モンターナが、地面に張り付いたプレートに仮想ウィンドウを構え……そのまま、しばし硬直する。
構図を決めかねているのかと思ったが……なにやら腕がぷるぷるし始めた。
「どうした?」
「三脚が欲しい……」
よくわからず、カノンと顔を見合わせる。
どうやら、暗すぎて写真を撮るのに手間取っているらしい。
そういえばフラッシュ機能とかはないんだよな、このゲームのスクショ機能。
あったら悪用し放題だろうから仕方ないけど。
「……ウィンドウを、空中に固定とか、できない?」
「あっ、そうか!『犬』と同じならできるかもしれないっ」
モンターナは、ぽちぽちとウィンドウの枠を叩き始める。
そうして再びプレートに向けて仮想ウィンドウを構え、今度は空間に固定されたらしきウィンドウを見守る。
どうやらできたようだ。
……そんな機能があるのか。知らなかった。
というか「前作と同じならできるかも」ってことは、前作ではその固定機能を使ってたんだよな。
それを失念している当たり、モンターナは現実でも写真撮影をしていて、そっちの癖が残っていたのかもしれない。
「……けっこう、時間、かかる?」
「このくらいの暗さなら、30秒くらいかな。
感度を上げてもいいけど、そのぶん荒くなっちゃうからね。
今回はあんまりやりたくないんだ。待たせて悪いね」
「そんなに掛かるのか」
「天体写真とか取るときは数時間かかるし、こんなもんだよ。
……あ、この世界の天体写真とか撮りたいよね。そういえば」
モンターナは写真家でもあったのかもしれない。
そろそろ彼の
*────
モンターナの興味を引いたプレートが落ちているあたりを通り過ぎ、開口部とは反対側の壁面を右手に進む。
そのまま、開口部から見て左手側の壁面まで辿り着く。
これで、このエントランスホールをだいたい3/4周することになるのだが……。
「――っ!」
「……ま、当然、あるだろうね」
「これ、階段……?」
開口部から見て、正面のあたり。
建材の山に隠れて見えなかった、このホールの奥側の壁面の左手側。
そこには、正方形にくりぬかれた空間があった。
その空間の右正面には、上部へ続いていると思しき階段がある。
その空間の左手には、時計回りに回り込むようにして、下へと向かう階段がある。
誰がどう見ても――階段だ。
「エレベーターがあるなら、そりゃ階段もある、か」
「……でも」
カノンが、少し残念そうな声音で言う。
うん、俺もそんな気分だ。
「……崩落してる、よな」
「……うむ」
上側へと続く階段は、一つ目の踊り場の時点で、上部から崩落したと思しき建材の山に埋もれてしまっている。
そうして崩れたままガラス化してしまっており、上階への階段は完全に塞がってしまっている。
これではどうあがいても、ここからは上へと行けそうにはない。
「……土砂を撤去、ってレベルじゃあねぇよなぁ」
「そもそもガラス化して溶接されたコンクリートの塊だしね。
私たちが触れてもビクともしないだろう。
それこそフンドウ……鉄球クレーン車でも持って来ないと壊せないかもしれない。
これはもう、上への階段は使えないと見るべきだろう」
「マジか……」
せっかく階段があったというのに、上の階には行けないとは。
とんだ生殺しだ。
……上階へ行こうと思ったら、ホールの中央に積もっている建材の山の上から、崩落したと思しき渡り廊下のところまで行く方法を考えるしかないのか。
それは、かなり難しいぞ。
鉤縄でもあれば話は変わるかもしれないが……。
「とりあえず、行けない場所のことは置いておいて、行ける場所のことを考えよう。
……地下が、あるみたいだね。この建物には」
「……そりゃ、そうか」
先ほど、エレベーターの扉らしき壁の向こう側に反響した音。
あれは、縦穴があるらしき音だった。
縦穴とはつまり、上と、下に伸びている穴だということだ。
つまり、昇降機はこの高さから下へも向かうということだ。
この建物唯一の開口部があり、応対カウンターらしきものがあるこの階層は、恐らくは1階部分。
となれば、ここから下へと続く階段の先にあるのは、当然地下階だろう。
そもそも、この建物の開口部にロープ降下する際に見たように、この建物の開口部の下には、さらに5mほどの高さがあったのだ。
建物の基部にしては、いくらなんでも深すぎるだろう。……たぶん。
だから外観からでも、この建物に地下階があるというのは自明のことだったのかもしれない。
「……こっちは、塞がってないといいんだがな」
「上階に比べれば、地下階の方が崩落の可能性は……いや、そうとも言えないか。
それに、どこかの扉ごとガラス化してしまえば、通れないことには変わりはないな」
「この廃墟、探索難易度高いなぁ……」
なんというか、通れそうにないところが多すぎる。
ゲーム的な都合で通れないとかじゃなくて、物理的に遮断されている場所が多すぎるのだ。
ガラス化した際に周囲の壁ごと溶接されてしまうから、扉があっても通れない。
行く手を塞ぐのはガラス化したコンクリートの塊だから、力づくでなんとかするというプランも建てられない。
いくらなんでも、ガラス化したコンクリートを破砕するなんて現実的じゃないからな。
そう考えると、この建物の開口部がちゃんと開いていたのは運がよかった。
金属製の扉だったのか、あるいはガラス張りかなにかだったのだろうか。
少なくとも、石材やコンクリートの扉でなかったことは確かだ。
「……地下、行ってみようか」
「おお」
……地下階へ続く階段は、背後のホールと同じくらいの仄暗さ。
つまり、特別暗くはない。
やはりこの建物全体に微小な亀裂が入っており、そこから外の光が反射して入ってきているのだろう。
となれば、地下階だけが特別暗いということはないだろう。
夜目をつけてきていないから、ありがたいところだ。
モンターナを先頭に、カノン、俺の順番で、地下階へと続く階段に足を踏み入れる。
……地下へ向かう、というだけで、なにか緊張する。
ハリウッド映画なら、黒幕がいるのは大抵一番高いところだけど。
ホラー映画なら、なにかが隠されているのは大抵地下だ。
さて、今回の映画のジャンルは果たしてどちらかな?
トッ トタッ
トッ トッ
……スッ ……スッ
狭い空間に、3人分の足音が響く。
俺たちの動作の音以外には、なにも聞こえない。
なにかが起こるのではないかと警戒して、思わず足音を殺してしまう。
正直に言おう。
なんか、こわい。
なんか、でそう。
左手から時計回りに回り込むようにして下部へと向かう階段は、狭い通路を、1度、2度、3度と小さく折れ曲がり……って、なんか多いな、まるで螺旋階段だ。
そうして四度目を折れ曲がったところで、これまでよりも更に暗い、少し開けた空間に出る。
いま俺たちが向いている方角は……開口部から入って右手の方だ。
そして、その暗い空間の、正面にあるもの。
その空間を、そこで遮断しているもの。
そこにあったのは――
「うわぁ……」
「これは……いかにも……」
「おもた、そう」
焼けつき、錆び付き、歪み果てた――鋼鉄の扉。
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