それは幕引きではなく(2)

「ねえ……フーガ、カノン。僕、思うんだけどさ。

 それって、実はけっこう単純な話なんじゃないか?」

「え?」


 唐突に、口調を崩したモンターナを見る。

 彼が口調を崩すのは、モンターナとしてではなく、ちょっとメタな話をする時だ。


「1週間前。『ワンダリング・ワンダラーズ!!つー』の発売日。

 僕たち前作プレイヤーは、喜び勇んでこのゲームに手を出した。

 発売日当日にゲームを買って、稼働直後にゲームを始めた。

 キャラメイクをして、前作のアバターを引き継げることに歓喜した。

 そして着陸地点の仮称の中に1つだけ紛れ込んでいる、懐かしい名前を見た。

 かつての思い出に引き寄せられるようにして、その場所を選んだ。

 そして、このセドナの外側にあるものを見て、悟った。

 この世界が、あの世界の続きであるということに。

 この場所が、あの世界にもあった場所であるということに。

 ……その一連の出来過ぎた流れってさ、こう言い換えることもできるんじゃないかな」

「……それは?」

「前作プレイヤーへの、ファンサービス」

「――っ!」


 あ、あー……。

 なるほ、ど?

 なんか、モンターナの考えてることがわかってきた気がするぞ?


「前作プレイヤーに与えられているのは、アバターの引継ぎの権利だけじゃなかったんだ。

 このゲームの " 舞台設定 " を、誰よりも早く知ることができる権利。

 セドナという懐かしい名前を通して、その権利も与えられていたんだ。

 前作プレイヤーなら、気づくことができるはずだ。 

 セドナの外側に見える光景が意味するものを。

 『犬』のリメイクではない、『犬2』の世界の意味を。

 この世界が、あの世界の続きだということを。

 それを、一番早く、しかも正しく理解してくれる人々――すなわち前作プレイヤーを、この地に誘うために用意された特別な仮称。

 それが―― " セドナ " なんじゃないかな。」


 お、おお……。

 なんか、すごい、いろんなものがつながってきた気がする。


「更に言えば、カノン。君の疑問ももっともだよね。

 『それって、ばらしちゃってよかったのか』、って。

 こんなことを、最初の最初に開示してしまっていいのか。

 この世界があの世界の続きであるという事実は、プレイヤーがゆっくりと解き明かしていくべき、今作のゲームの目標の一つではないのか、と。」

「う、ん。あんまり、言わない方が、よさそう?」

「たしかになぁ」


 実は、さっきから俺もちょっとだけ気になっている。

 ぶっちゃけ俺たち、既にこのゲームをクリアしてしまったのでは?

 この世界で一番大きな謎を、既に解き明かしてしまったのでは?

 そう考えると、ちょっとだけもやもやする。

 公式に線路を引かれるんじゃなくて、自分でその答えに辿り着きたかった、と。


「……ここまでも、そしてここからも、僕の妄想だけどね。

 セドナという場所が、用意された理由。

 それは――

 この世界の意味を知ることが。

 この世界があの世界の続きであると知ることが。

 このゲームの幕引きエンディングではなく、幕開けオープニングだということを、伝えたかったからじゃないかな」

「え――」


 幕引きではなく、幕開け?

 終わりではなく――はじまり。


「僕たちは、一つの確からしい仮説に辿り着いた。

 この世界は、あの世界の続きである、と。

 この世界は、あの世界の未来の話なんだ、と。

 でも、それがわかったからって――?」

「――っ」

「それがわかったところで、僕たちのこのゲームの楽しみ方って、なにか変わるのかな」

「……変わらな、い?」

「少なくとも、狭まりはしないんじゃないかな。

 なにせこの星からは、ほとんどかつての名残が消え去っているんだ。

 未開の惑星同然の混沌とした大自然が、プレイヤーを呑み込もうと口を開けている。

 だから、かつてのことなんて気にせず、自由に冒険すればいい。

 それができるくらいには、あの世界から時が流れている。

 それができるように、時計の針が進められている。」

「……かつての痕跡が、消え去るまで、か」

「むしろそれを知ることで、前作よりも楽しみ方は広がるんじゃないかな。

 前作は、完全に未開の惑星だったから、ひたすら自然との闘いだったけど。

 今作には、たぶんいろんなところに遺跡がある。廃墟がある。

 セドナのように分かりやすい場所にはないだろうけれど。

 海の底とか、深い山の中に、そうした遺跡が見つかるかもしれない。

 その中には、遺物とか、オーパーツとかあるかもしれない。

 もしかしたら、僕たちが遺したなにものかが見つかるかもしれない。

 もしかしたら、僕たちが知らないなにかが見つかるかもしれない。

 それを調査するっていうプレイスタイルも……かなり面白そうじゃない?」


 それこそ、冒険家・モンターナにはうってつけだろう。

 冒険家の活躍がもっとも描かれるのは、遺跡だろうから。

 大いなる謎に満ちた、冒険の舞台。

 遺跡という新たな舞台が加わったことで、彼の冒険は更に多様になるだろう。


「遺跡じゃなくてもさ。

 この世界の真実を知ったうえで、『紅マグロ樹林帯』や『ディープ・ブルー・ホール』がまた見つかったら、前作プレイヤーはテンション上がるんじゃない?

 『こっちにも似たような場所があった』ってのより、『この世界にもあの場所が残っていた』って方が、衝撃的じゃない?

 幾千幾万幾億の夜を越えて、故郷に戻ってきたような気分になれるかも?」


 俺たちが、『セドナ・ブルー』を見て感じたような。

 あの懐かしい感情を、ほかにも味わうことができるかもしれない。

 それは、この世界があの世界の遥か未来だと知っているからこその感動。

 変わらないものに対する、愛着と郷愁と畏敬の念。


「だからさ、この世界があの世界の続きであることなんて、公式的には最初っから喧伝してもよかったんじゃないかな。

 むしろ、そうしたほうがいろんなプレイヤーを呼び込めるよね。

 前作プレイヤーは懐かしんで来てくれるかもしれないし。

 新規プレイヤーにも、前作にはなかった楽しみ方を呈示できる。

 ――でも、そうしなかった。

 公式は、セドナという名前を誘蛾灯にして、前作プレイヤーをこの地に呼び込んで、このゲームの " 舞台設定 " を、最初に知ることができる権利を彼らに与えた。

 そうして、ほかのプレイヤーにそれを喧伝する権利を与えた。

 この事実は僕らが開示しなくても、遠からず世間に広まるだろう。

 だけどその開示の権利は、この事実に辿り着くことができた前作プレイヤーの手に委ねられた。

 それってようするに、前作プレイヤーへのファンサービスだと思うんだよね」


 俺たちがこうして、驚きを以てその事実に辿り着いたこと。

 その道のりこそが、公式からの、メッセージだったのかもしれない。

 

 『 前作から引き続き、今作も遊んでくれてありがとう。

   今作の世界設定はこういう感じなんで、よろしく。

   ……あ、別にほかのプレイヤーに言ってもいいからね。

   むしろ積極的に言ってくれてもいいのよ。      』


 それを知ることは、決してこのゲームの幕引きエンディングではない。

 モンターナの言う通り、ここが幕開けオープニングなのだ。

 このゲーム――『ワンダリング・ワンダラーズ!!』の。


「……朽ち果てた自由の女神像を見て、くずおれるのはプレイヤーの自由だけど。

 でも映画とちがって、僕らのゲームはそこで終わらない。

 むしろそのシーンこそが、はじまりなんじゃないか。

 この世界が前作の世界の続きだということを知ったとき、本当の意味で、

 僕たちの『ワンダリング・ワンダラーズ!!つー』は始まるんじゃないか。

 ――僕は、そう思う。

 この世界の意味を知った僕たちは、ようやく、このゲームの始まりに立ったんだ」



 *────


 

「……というわけで、今回の『カレドリアン・シャーズ』号外はここまでにしよう。

 以上が、フーガとカノンの知見も交えて考えた、私の " セドナ仮説 " になる。

 これまでに私が見てきた中で考えた、この地とこの世界についての見解。

 亀裂を通る前に言っていた、今の私の考えているすべてのことが、これだ。

 これ以上の情報は、もう出せない。」


 そうしてモンターナは、いつのまにか外していた帽子を被りなおす。

 そこにいるのは、冒険家・モンターナ。

 このゲームに込められた意図を解説してくれた、中の人ではない。


「長い話になってしまったが、聞いてくれてありがとう、フーガ、カノン。」

「いや……面白かった。面白かったぞ、モンターナ」

「うん……なんていうか、壮大だった……」


 壮大……うん、壮大だ。

 なんというか 、よくそこまで……ことばにまとめきれるな。

 なんとなくそう思う、こう感じるとか。

 たぶんそうなんじゃないか、くらいは俺にも言えるかもしれんが。

 そのすべてを論理的整合性のもとに並び変えて、しかも理路整然と説明するとか、正気じゃない。

 そもそも『セドナ・ブルー』とかの話をしたのはついさっきだぞ。

 いったいいつ自説に組み込む暇があったというんだ。

 話しながら論理を組み立ててんのか、この人。

 あたまがおかしい。


 ……というか、さ。


「なぁ……モンターナ」

「なにかね、フーガ」


 俺、思ってしまうんだけども。


「すげぇわかりやすかったし、納得したし、感心したんだけど。

 ……もう、なんも残ってなくない?」

「フーガ、くん?」

「今日、モンターナが俺たちをここに呼んだ理由。

 俺たちに、なにか見せたいものがあると言ったけど。

 それはこの台地そのもの、白い岩山のことだと言っていたけれど。

 それも含めて、神秘は――もう全部、モンターナが解説しちゃったんじゃないか?」


 セドナの謎も。

 白い岩山の謎も。

 この世界の謎も。

 すべて、モンターナが解き明かしてしまったように思う。


「現時点で、これまでの疑問の大部分は既に氷解してしまったぞ」

「……たし、かに?」


 モンターナは、俺たちの疑問に丁寧に答えてくれた。

 岩壁から見た、あの白い岩山は、なんなのか。

 あの光景の意味は、なんなのか。

 この世界の正体。

 この地が、セドナの名を冠する理由。

 それらを知ることが、このゲームのはじまりであるということ。

 それこそが、公式から俺たちのメッセージであるということ。

 その結論に辿り着きたかったのなら、欠いてもいい情報などなかっただろう。

 だから、解説してくれたモンターナには感謝しこそすれ、恨んでなどいない。


 だが先ほどから俺の中では、とあるいやな予感が浮上しているのだ。


「――ぶっちゃけ、俺たちが出る幕、もうなくない?」

「……ぁ」


 ちょっとだけ、僻むような口調になってしまったかもしれん。

 有能な人が近くにいると、非力さを実感するよな……。



 *────



 モンターナの鮮やかな解説を聞き、少し落ち込んでいる俺に、モンターナは――


 ――にやり、と、強い笑みを浮かべて告げる。


「そんなことはないさ。フーガ。

 決して、そんなことはないとも。

 言っただろう、それを知るのは、幕引きではなく、幕開けであると。」


 モンターナの口調で、俺に向けられる、強い否定の言葉。

 彼の目は、まっすぐに俺を射抜いている。

 そうして、ずびしっ、と。

 まるで探偵のように、俺に指をつきつけて言う。


「なぁ、フーガ。敢えてもう一度言おうか。

 この世界は、あの世界の続きである、と。

 この世界は、あの世界の未来の話なのだ、と。

 でも、それがわかったからって――だから、なんだ?」

「なんだ――って」

「私たちはまだ、なに一つ、解き明かしてなどいない。

 ただ、ものの見方が変わっただけだ。

 ものを見る立ち位置が変わっただけだ。

 この世界が、あの世界の後だと知っただけ。

 ただそれだけで――この星の神秘は、いまだ神秘として、そこにある」


 真剣なまなざしで、俺を見る。

 なにかを、期待するような色で。


「出逢い、語らい、私たちはこの世界の意味を知った。

 ようやく私たちは、スタートラインに立ったんだ。

 この世界における私の冒険もまた、いまここより始まる。」

「……」

「フーガ、カノン。先に言った通りだ。

 私は、君たちと冒険がしたい。

 だから、君たちを呼んだんだ。

 この『ワンダリング・ワンダラーズ!!』の世界における、

 私のはじめての冒険に、付き合って欲しい。」

「はじめての……」

「冒、険?」


 危険を、冒すこと。

 なにか、あるのか。

 この先に、まだ……なにかの危険が。


 モンターナは、とんとん、と、革のブーツの爪先で、地面を叩く。

 その下にあるのは、地面の台地。白い岩山。

 ――ガラス化した、コンクリート・ブロック。


「フーガ、これは、なんだ?」

「なにって、……ガラス化したコンクリートって話だろ?」

?」

「……? ……、……っ!」

「なんで、そんなことになった?」

「……それ、は……」

「先ほどフーガは、岩壁との境目を観察していたようだが――既に気づいているのだろう?

 私たちの足元にあるこのガラス化砦は、ガラス化した後に、このセドナ台地に飲み込まれたようだ。

 高さ10m超のコンクリート・ブロックをガラス化させ、この地に、大規模な火山活動と、それに伴う地殻変動、岩盤の異常隆起を生じさせるほどの、なにかとてつもない出来事が、かつてこの地には起きたはずなんだ。

 それらが同時に起こったかどうかは、わからないけれど。

 少なくとも、私たちの足元にあるガラス化砦は、このセドナが高地になる前に、既にガラス化していたようだな。」


 その原因は、現実でも解明されていない。

 解明不可能な――神秘。


「――さて、フーガ、カノン。

 君たちは、その原因を、いったいなんだと考える?

 核戦争か、人工的な加工か、それとも恒星フレアによるプラズマか。

 かつて海に面していたはずのセドナは、なぜかいまは高地になってしまっている。

 かつてこの地で、いったいなにが起こったのだと思う?」


 すたすたと台地の端の方に歩いていく、モンターナの後を追う。

 俺たちがロープで降下してきた方から見て、左手側。

 10度ほど、緩やかに傾いた台地の上方へ向かっていく。

 そちらには――なにもない。ただ、崖があるだけだ。


「このコンクリートの構造物を作った存在は。

 かつてこの星の上にいたはずの、私たちのは。

 かつてこの星の上にいたはずの、私たちのは。

 いったいどこへ行ってしまったんだろうな?」


 台地の頂点となる崖に足を掛けるようにして、崖の傍で立ち止まったモンターナは、その視線を下方に落とす。

 釣られるようにして、モンターナの横から覗き込む。

 そこには、遥か眼下まで延び落ちる断崖絶壁――ではなく。

 75度から80度ほど斜めにかしいだ、白い急斜面。

 そして、その下方には――


 岩壁の側面にぽっかりと空いた、暗いがある。


「――なぜ、あの世界は滅びたのか。

 今回は、それを探ってみようじゃないか。

 この星に刻まれた、この古い傷痕の中で。」


 その空洞のさらに下方、白い急斜面の下方には、なにもない。

 ただ、宙があるだけだ。

 ちょっとでも足を踏み外せば、まちがいなく――




「――死ぬかもしれんが、死ぬなよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る