ゆうきゅうのおわり

 ゲーム開始から5日目。セドナ中央部の丘陵地帯への探索。

 丘陵地帯の探索はほとんど行っていないが、その道中やりんねるとの出逢いを介して、いろいろと得るものは多かった。

 今回取得した技能や実績も、その1つだ。


 思い返してみれば、投擲以外、特に新しい技能を得るような経験はしていないと思っていたのだが。

 今回の探索で取得した技能は4つもあるようだ。なんか多いな?

 そのラインナップはこちら。

 ――――――――

 【 疾走 】new !!

 【 受け身 】new !!

 【 投擲 】new !!

 【 耐寒 】new !!

 ――――――――


 ……疾走? どこかで走ったかな。

 それに受け身……?

 もしかして、りんねるが川から流れてきたのを見て、崖から飛び降りたときか。

 たしかにそのあと全力疾走もしたし、受け身も……あれ、受け身なんてとったっけ。

 着地の衝撃を殺すのは基本的に跳躍技能の領分なのだが、受け身の経験でもあるのかもしれない。


 【疾走】。

 そういえば……思えばあれが、この世界ではじめての全力疾走なのか。

 俺たちはいまのところ平々凡々な暮らしをしているから、そもそも走る機会がなかった。

 子どもの頃は、特に理由もなく走り回っていたはずなのに。

 大人になると、全力疾走することなんてほとんどなくなる。

 下手すると一年に一度あるかないかくらいじゃないか。

 この世界でも同様に、特に理由もなく走ろうとは思わなかった。

 走るという単純な経験だが、ここまで取得されなかったのはそのためだ。

 テレポバグの経験がカウントされてたなら、真っ先に取得してただろうけど……。


 【受け身】。

 たしかに便利っちゃ便利なんだけど、これもなくてもなんとかなる類の技能だと思う。

 そもそも受け身が必要な状況に追い込まれてる時点で相当辛い。

 崖から落ちたら受け身もなにもないし。

 でも前作では、ちゃんと育てればけっこう面白い挙動もできたんだ。

 この技能が極まると、壁に叩きつけられたときに壁に着地とかできるぞ。


 【投擲】は目論見通りの取得。ようやく、まともな攻撃手段を得た。

 でも、別に日常的に好んで使うつもりはない。

 岩壁で遭遇したトンボモドキに再会することがあっても、特になにかを投げつけるつもりはない。

 相手がこちらに敵対していないのに、なぜわざわざ敵対行動を取らねばならんのか。

 この投擲がなにものかの命を奪うために使われるのは、相手がこちらの命を奪おうとしてきたときか、食材を確保するときだけだろう。


 【耐寒】は……川に入って雨に打たれて、身体が冷えたからだろうか。

 そんなんでいいのかと思わなくもないが、セドナはこれでも高地だ。

 身体機能が低下するほどではなかったので気にしていなかったけれども、たしかに身体は冷えていた。

 この技能をつけておけば、この身体はある程度寒さに強くなる。

 常時発動の単純強化なので、非常に便利だ。

 本格的に寒くなってきたら、頻繁にお世話になるだろう。

 育てるのも楽そうだしな。


 新規取得した技能についてはこのくらい。

 そして今回つけていった技能の成長度合いはこんな感じ。

 ――――――――――――――――――

 【旅歩き】   ―― Lv1 → Lv2

 【運搬】    ―― Lv2 

 【潜水】    ―― Lv1 → Lv2

 【摘草】    ―― Lv1

 【石工術】   ―― Lv1

 ――――――――――――――――――

 結局、草は摘まなかったし石も割らなかった。

 運搬と言えるほど重いものを運んだ記憶もない。

 旅歩きと潜水が無難に伸びてくれただけ僥倖だろう。


 取得した技能はこれで18個。

 メジャーどころもちょっとずつ埋まってきている。

 そろそろなにか狙って伸ばしに行く?

 まだ早いか。明確な目的があるわけでもない。

 いまのところは技能なくてもなんとでもなっているし……。



 続いて実績。

 ―――――――――――――――

 【カレドの旅人】

 条件:30km以上移動する。

 ―――――――――――――――

 【水にも潜れます】

 条件:1分以上潜水する。

 ―――――――――――――――

 【円環の中へ】

 条件:1匹以上の動物を捕食する。

 ―――――――――――――――


 初体験系の実績が2つを占めている。

 この世界も、30kmは歩いたか。そこそこ歩いてる。

 それでも人によっては1日目で取得できそうな距離に過ぎない。


 【円環の中へ】は……なんか嫌な予感する。

 これ、たぶん逆の実績もあるだろう。

 そっちの名前はなんだろう……。

 食物連鎖の底辺、とかやめてくれよ?



 *────



 ウナギモドキの実食関連の後片付けも終わり。

 いまはカノンと二人椅子に座って、取得した技能やら実績やらをネタに雑談している。


「こっち、投擲は無事に覚えられたよ。カノンはどう?」

「んっ。覚えてた。あと、旅歩きと危機感知、のびてた」

「危機感知って、どこではたらいてたんだ?」


 今回の探索道中では、危機感知がはたらくような危機がそもそもなかったように思うのだが。


「……フーガくんが、潜ってた、とき、かも」

「うん?」


 危機なんてあったっけ。

 ……なかったよな。なにかしら警戒してくれてたのかな。


「旅歩きは、伸ばしやすそう?」

「ほとんどパッシブ……常時発動してるようなもんだし、そうだな。

 それだけお世話になってるってことだし、伸びてくれるのはありがたい」


 序盤のつけっぱなし推奨技能の代表格だと言える。

 ポータルがない序盤は特に、伸ばしておいて損はない。


「そういや、耐寒がでたぞ」

「……やっぱり、川の水、冷たかった?」

「というより、帰りの後半サボって服着なかったのが原因かも」


 川の水に濡れた後、歩く端から雨に濡れるせいで、身体がまったく温まらなかった。

 流石に寒いと、身体がクレームを入れてきたのかもしれない。


「カノンは面白そうな実績出てた?」

「1つだけ。生き物を食べた、っていうのだけ」


 そうか、カノンはまだ30km歩いてないのか。

 俺、テレポバグ先の森でなんキロくらい走ったんだろ。

 カノンとの実績差を考えると5kmから10km程度……?


「そういや、りんねるからのメッセージって来てる?」

「んん。……まだ、来てないと思う」

「まぁ、『あとで送ったる』っていうのがいつかは言わなかったよな」


 あの人のことだ。

 調査に熱中して俺たちにメッセージを送るのを忘れている、なんていう可能性も大いにありうる。

 ……あれ、ってことはマキノさんへのメッセージも忘れてるんじゃないか。


「カノン。りんねるに期待するのはなんか怖い。

 俺たちの方でも、マキノさんにメッセージを送っておこう」

「そうしよっか。……なんて、送る?」

「りんねるに逢えたってのと、……りんねるの拠点の位置も教えておくか。

 マキノさんの拠点からでも行けないことはないだろうから」


 たぶん2時間くらい歩けば行けるはず。

 もしもりんねるがマキノさんにメッセージを送るのを忘れていても、マキノさん側から接触を試みることができるだろう。

 ……あの人、いつまでこの世界に入り浸ってるつもりだろう……。


「あ。モンターナさんにも、お礼しておいた方が、いいよね」

「おっと、そうだな。……じゃあ、モンターナには俺が送っとく。

 マキノさんへのメッセージは、カノンにお願いしていい?」

「んっ。いいよ」


 仮想端末から、フレンド登録してあるモンターナにメッセージを送る。

 拠点のなかにいるときは、仮想端末からメッセージを飛ばすことができる。

 当然だが、相手がメッセージを確認できるのは拠点にいるときだけだ。

 脱出ポッド間の無線通信を利用しているという設定だから、そういう仕様になっている。


 ……さて、モンターナへの文面はどうしよう。

 白衣の人物の目撃情報が云々という文面だったな。よし。


「『……ホシは確保した。情報協力感謝する』、と」

「……確保?」

「たしかに確保ではないか。接触にしとこう」


『ホシを確保した。感謝する』と書くと刑事ドラマかなにかのようだが。

『ホシに接触した。感謝する』と書くと、途端に闇取引っぽくなる。


「うん、おっけー。りんねるに出逢える確率はそこまで高くなかったと思うけど、今回逢えてよかったな」

「んっ。マキノさんとの約束も、これで果たせた、ね」

「元はと言えば、俺が引き受けようって言ったんだしな。

 なんとか早いうちに約束を果たせてよかった」


 片手間に引き受けるとは言ったが、引き受けておいて放り出すわけにもいかない。

 今回りんねるに逢うことができたのは僥倖だったと言えよう。



 *────



「……さて、これで今日のうちにやることはだいたい終わったかな」

「……。」


 椅子にもたれかかり、伸びをしながら脱力する。

 座面に据えたクッションの反発が心地いい。

 今日はよく歩いたし、身体も清潔にしたし、このまま眠ってしまいそうだ。


「なにかやり残したことある、カノン?」

「……、ん、と……。」


 時刻は深夜12時近い。

 明日は6時半起きで出勤だ。あまり粘ると差し支える。

 というか既に差し支えている気はする。6時間は寝られないだろう。

 だが、今日は時間を気にせずこの世界を味わうと決めた。

 カノンにも、それに付き合って貰ったのだ。

 少しくらいなら超過してもいいだろう。


「……、もう、ない。……かも」


 椅子の上で、膝を抱きこむようにして、カノンがそんな言葉を返す。

 なにやら考えていたようだが……なにを考えていたのかは、俺にはわからない。

 絞り出すようにして告げられた言葉の、背後に隠された想いも。


「カノン、今日は――いやちがうか。

 ……この5日間、ありがとな。

 休みを取ったときは、まさかここまでどっぷり漬かり続けるとは思わなかった」

「……。」


 金月火と3日分の有休申請自体はしておいたのだが、それはあくまで保険のため。

 初日にゲームが手に入らなかった場合の可能性とか、体調不良で何日か潰れる可能性とか。

 そういう場合に対応しやすいようにするための3日分だったのだ。

 それがまさか……連日、半日以上ダイブインし続けるとはな。


 カノンと一緒にプレイする関係上、深夜帯にプレイすることもなかったし。

 あまりに浸かりすぎるのを恐れて慣れないランニングなんかもしてみたし。

 結果的にはかなり健康な生活だったのではないか。


 ……えっ、さすがに健康的ではない?

 でも徹夜とか昼夜逆転よりは相当マシじゃない?


「この5日間は、カノンとずっと一緒に遊んでたけど。

 明日からは、ちょいちょい、ずれることもあるだろう。

 誰かがずっと傍にいるってのも、気疲れするだろうし。

 ずれてるときはまぁ、羽を伸ばす意味も込めて、気楽にやっていこう」


 気の置けない仲、とは言っても。

 それでもやはり、誰かと一緒にいるというのは気を遣うもの。

 ほとんど自然体であるとはいっても、ほとんどという時点で、完全な自然体ではない。

 親しき仲にも、礼儀はある。


「……ぃ、ゃ……」

「うん?」

「きづかれなんて、して……ない、」

「……。」

「わたしも、楽しかったから。

 こんなに長く、ゲームをやったのも。

 こんなに長く、誰かと一緒にいたのも。

 『いぬ』以来、だから」

「そっか。……俺もそうだし、一緒だな」


 『犬』で味わっていた刺激的な日々。

 その反動のように、満たされぬ日々。

 子どものように、なにか一つのゲームに熱中するなんて、いったいいつ振りか。

 そんなのは問うまでもない。

 『犬』を――『ワンダリング・ワンダラーズ!』を遊んでいたとき以来だ。


「……フーガくん」

「ん」

「明日、おしごと?」

「うん」


 カノンが、……現実の俺に言及するのは、はじめてかな。

 そこに言及することを、カノンは恐れていたように思う。


「じゃあ。早く寝たほうが……いいよ、ね」

「……。――カノン」


 俯く少女に声を掛ける。

 気遣いが嬉しい。彼女からの、無償の贈与が。

 この5日間、返しきれないほどの多くを、俺は彼女から受け取った。


「なにか、したいこととか、ある?」

「……っ」


 ゆえに、俺もなにかしらで報いたい。

 4年前から変わらぬ、優しい彼女に。


「……ぁ」

「……。」

「……ぁ、……ぁの……。」


 椅子の上まで膝を抱き込み、俯きながら紡がれる、

 くぐもった言葉を聞き逃さないように、耳を澄ませる。

 その囁きを聞き逃すことはない。聴覚には自信があるのだ。


「ぁ、―――、ぉ。 ――――ぁぃ。」

「いいぞ」


 抱きかかえた膝に額を落とし、椅子の上で丸くなる。

 そんな彼女の、細く艶やかな黒髪をくしけずる。

 手櫛は髪を痛めるそうなので、できるだけやさしく。

 触れるたびに小さな震えの走る、彼女の頭を撫でる。

 何度も。何度も。その震えが止まるまで。

 いつか、そうしたように。

 4年前にも、そうしたように。

 そして、


「……。」


 ――その続きを、彼女は言わなかった。


 彼女は、4年前から変わっていないけれど。

 変わったこともある。俺に見せなくなったものがある。


 それがなぜなのか。今どうなっているのかは、わからない。

 だが、それを俺があばくのは、ちがうと思う。

 それまでは、彼女の傍にいよう。

 もはや、逃げるつもりはない。

 俺は彼女に近づきすぎた。

 その覚悟を持って近づいたのだから、それで本望だ。


  ザァァアア――――


 音一つないこの空間に、雨の音が満ちる。

 少しずつ、雨の勢いは強まっているのかもしれない。


「……。」

「……んっ、ありが、と。」


 カノンが顔を起こし……なぜか、そっぽを向く。

 ……いや、なぜかもなにもないが。


「どう?」

「きもち、よかった、……です」

「お気に召したなら、延長コースもございますが」

「眠れなくなるから、いい」

「残念」


 カノンがそっぽを向いてくれて、俺も助かった。

 いまの俺の顔も、あまり見られたくはない。

 ひとえに精神力で理性を維持してはいるが、口調は既に壊れかけている。

 俺もカノンも、テンパったときの口調の壊れ方が似ていると思うのだが、カノンに気づかれているだろうか。

 気づかれていないと……いいのだけれど。


「明日は……何時になるかわからない。

 もしかすると、明日はこっちに来られないかも」

「……うん」


 仕事、溜まってるだろうからな。

 いろいろ解消してこないといけない。


「ダイブインするときは、カノンのデバイスの方にメッセージを送る。

 この世界に来ててもいいし、俺が来たあとで気が向いたら来てくれてもいい」

「……うん」


 果たしてカノンはどちらを選ぶだろうか。

 あるいは、カノンも明日は来られないということもあるだろう。

 休日に向けてパワーを溜めてもいいしな。それでも問題はない。


「まぁ、たぶん明日もやるからさ。

 だから――明日からも、宜しくな。カノン」

「……うんっ。フーガくん」


 今生の別れというわけではないのだ。

 というか一日空くかどうかすらもわからない。


 それなのに、カノンの様子を見ていると――

 どうしても、声を掛けたくなる。

 決して一人で置いていきはしないと。

 また明日、また逢おう、と。


 3日前、ダイブアウトをする俺を見送ったカノンのまなざし。

 そこに浮かんでいた色を、俺はいまでも覚えている。


「カノン、先にダイブアウトしててくれ。

 俺はもうちょっと、椅子の座り心地を堪能してから行く」


 だから、よくわからない言い訳をして、カノンのダイブアウトを見送ろうとする。

 だが、


「フーガくん、ちゃんと寝なきゃ、だめ」

「……なら、同時だな。一緒にダイブアウトしようか」


 これは言い訳がバレたのか、それともなにか別の心配をされたのかどちらだ。

 まぁ言い訳をごり押す理由もないので、カノンがそうするのを確認したあと、自分のダイブアウトの処理を始める。

 俺たちの身体を、光の粒子が包みだす。


「……おやすみ、カノン。いい夢を」

「……おやすみ、フーガくん。無理しないで、ね」


 無理をしているのはそちらではないか、という言葉をぐっと飲み込む。

 そう問われたところで、カノンには否定するしか選択肢はないだろう。


「しないよ。じゃ、また明日」

「んっ。また明日」



 そうして、俺たちはこの世界から離脱する。


 誰もいない空間に響く、静かな雨音だけを残して。



 *────



(……。)


 そうして――俺は現実世界に戻ってきた。

 帰還した俺を待っていたのは、優秀なメイドからのおかえりなさいませの言葉ではなく、『長時間ダイブの危険性』とかいう忠言だった。

 流石に、ここ最近のダイブイン時間は長すぎたか。

 いやでも、ランニングもしてましたし、食事もとっていましたし? 許して?

 あっ、今回は忠告だけですか、そうですか。

 でもあんまり度が過ぎると、強制ダイブアウトさせられるらしい。

 そのときはゲームやりすぎてコンセントを引っこ抜かれる子どもの気分を味わうことになるだろう。

 ほどほどに気を付けよう。


 ……強制ダイブアウトの判定って、デバイス側のオプションでちょっとだけ弄れるんだ。へー。

 でも完全にしなくなるようにはできないのね。当たり前か。


 夕食休憩のときに風呂も入ったし歯も磨いてある。

 あとは寝るだけ。さ、明日に備えて寝るとしよう。

 明かりを落として、寝台に寝転がる。


 ……。


 熱を持った右の手のひらが、じんわりと火照る。

 手のひらに触れた、やわらかな感触を思い出す。

 くそ、延長コースじゃなくても、寝付くまでちょっと時間掛かりそう。


 ……あ、カノンにもやい結び教えるの、忘れてる。







 *────







 光の消えた窓。


   は、それを、じっと見ていた。


 いつものように。


 いつもより、永く。

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