きょーじゅの野草講義(1)

 りんねると再会し、マキノさんのことを伝えた。

 これでりんねるに逢おうとした目的は達成したわけだ。

 あとはもう一つの目的――食料探しを達成すれば、今回の探索は大成功となる。


「せや、拾って貰った恩返しってわけちゃうけど、なんぞ手伝おか?

 調査もひと区切りつけるつもりやったし、うち、いま暇やで」


 都合のいいことに、りんねるがそんな提案をしてくれる。

 たぶんそれは方便だ。りんねるの調査がそう簡単に終わるとは思わない。

 俺たちに付き合っている暇なんてないだろうが、そう言ってくれているのだろう。

 ……まぁ、せっかくの機会だ。ここで聞いてしまおう。


「マジで。実はりんねるに出逢えたら聞きたいと思ってことがあったんだ」

「おう、なんでも聞いてーや。うちに聞きたいってことは、たぶん草のことやろ?

 このあたりの草のことならそこそこわかるで」


 相変わらず話が早い。

 どうせ植物に関してはりんねるの方が詳しいんだ。

 トップダウンでザックリ聞いてしまおう。


「じつは、このあたりで持続可能な食料源を探しててな。

 序盤は狩猟採取生活に甘んじるとして、なにかしら食える植物でもないものかと」


 本当なら農耕、稲作、牧畜と行きたいところだが、現状では生憎どれもハードルが高い。

 そのうち手を出すことになるだろうが、当面は大自然の恵みを頂ければと思っている。


「なるほど、なるほど。そらそうや。

 じぶん、空腹誤魔化すために死に戻りとかしたない性やろしな」

「よくわかっていらっしゃる」


 りんねるの言う通り、空腹を誤魔化すために敢えて死に戻りするという手段もある。

 死に戻り直後の状態は、健康度合い100%だ。

 当然飢餓状態や脱水状態も直る。

 そうでなければ、それらの死因で死んだときに即死ループにハマってしまうからな。

 ゆえにどうしても食料が手に入らないなら、余命タイマーなどを使用して定期的に死ぬことで、食糧問題を誤魔化すという手段もある。

 人間は飲まず食わずでも2日くらいなら行動できる。

 この世界でも同様だ。2日ごとに死に続ければ、食糧問題は疑似的には解決する。

 まぁ、それだとそれ以上の長期間の探索ができなくなるから、あくまで一時しのぎなのだが。


 そしてりんねるの言う通り、俺はその手段を取らない。

 取れるけど取りたくない。単なるこだわりだ。


「ま、そんなわけで食糧問題は早めに解決したい。

 できれば脂質かタンパク質が確保できそうな球根植物……とくにデンプン質の鱗茎類でも見つかればいいと思ってたんだが、手当たり次第に引っこ抜くのも自然環境に悪い気がしてな」

「律義やねぇ」

「りんけいるい?」


 カノンが首をかしげるのも無理はない。

 日常生活ではほとんど聞かない単語だろう。

 俺も、そこに属する野菜について調べたときにたまたま知った程度だ。

 そこに属する植物自体は、スーパーでも普通に売っているのだが。


「馴染みのとこやと、たまねぎとか、ニンニクとかラッキョとかユリネとかその辺やな。

 ようは土の下に埋まっとる根っこ野菜の一部が属してるカテゴリや。

 で、フーガはんの言う球根ってのは、鱗茎りんけい、球茎、塊茎かいけい、根茎の四種の地下茎植物と、くきやのうて根が膨らんだ塊根、例外としての担根体たんこんたいからなる宿根草しゅっこんそう類の総称やな。

 ……ま、その辺のご高説が聞きたいわけでもないやろし、この辺で端折るで」

「たすかる」


 なにを端折ったんだろう。さっぱりわからん。

 すらすらと種別を言われたが、復唱しろと言われてもできそうにない。

 というかなに、「タンコンタイ」? 「シュッコンソウ」?

 聞いたことないし、頭の中で漢字変換すらできないんだけど。


「ジャガイモとかサトイモもこの球根カテゴリや。

 主食にするにも申し分なし、現実の食材としてはメジャーやな」

「でも、流石にそんな植物は都合よく見つからんだろうしなぁ」


 地球上に何万種類の植物が存在するのかは知らないが、その中で主食に適するような植物は0.01%にも満たないだろう。

 適当に引っこ抜いたところで、主食たりえるような植物を見つけられるとは到底思えない。


 俺の言葉に、なにかを思案した様子のりんねるは、やがて、ぽん、と一つ手を打つ。


「……せやな。見せたほうが早いかも知らん。ちょっと歩こか」

「うん?いいけど」


 見せたほうが早い?

 もしかして、りんねるは既にそのような植物を見つけているのだろうか。



 *────



 りんねるの後を追うように、セドナ川の川沿いを離れ、丘陵地帯の方へ向かう。

 足元の草花に目をやりながら、りんねるが語りだす。


「植物の分類ってのは、うちらが勝手にするもんやん?」

「うん? まぁ、そうだな」

「植物の名前を、人間が勝手につけるのと同じ。

 さっき言うた鱗茎やら球茎。

 その上の類の地下茎植物だの、その上の類の球根だの、その上の類の宿根草だの。

 それらもあくまで人間さまが勝手に呼んどるだけや。

 そっちの方が、探究するのに便利ってだけやな」

「そう、だね?」

「……やけど、いま問題にしたいのは食えるかどうかってことやろ?

 そうなると、そんな分類は、正直、役に立たんねん。

 なんなら先入見になるぶんかえって邪魔っけかもしれん。

 鱗茎の中にも食えるのと食えんのがあるし、なんならタマネギの中にも食えるのと食えんのもある。

 市場に出回っとるのは、人間さまが美味しく食べられるように品種改良された、ごく一部の品種だけやしな」


 ふいに立ち止まり、足元に生えている、細長い葉をつけた植物のねもとを掘り返しはじめる。

 その植物は、これまでも視界には入っていたが、目を止めて観察しようとは思わなかった、特徴の少ない草。

 太さ1cmほどの平たい葉が、地表付近からまとまって突き出すように生えている。

 茎や花は見えず、葉っぱ部分も硬質で、とても食べられそうには見えない。

 なんなら、現実でも同じような葉を見たことがありそうな、――雑草だ。

 いまだ名前を認識されていない草を、俺たちは雑草と総称する。

 それは、俺の中では今までたしかに雑草として認識されていた。


「ならどうするかって言うと、いっぺん食ってみるしかないねん。

 この世界には分析装置もあるし、製造装置もある。

 せやけど、未知の成分が出てきたらそこでお手上げや。

 食えるかどうかわからんもんは、食えん。

 それがまともな考え方や。ふつう、タマは一つしかないからな。

 せやけど――この世界では、そうやない」


 りんねるの手によって掘り出されたのは……その葉に似つかわしくない、巨大な白い根。

 葉っぱのすぐ下には、紡錘形をした1cmほどの小さな白い鱗が、まるで線香花火のように放射状にくっついている。

 その塊の直径は3cmか、4cmほどはあるだろうか。

 そしてそのとげとげした球根部分の下には、大根のような一本の太い根が延びている。

 その長さは10cmほど、太さは2cmほどに及ぶ。

 紡錘形の鱗が固まってできたとげとげの球根と、その下に伸びる根。

 体積で言えば明らかに、地中に埋まっていたものの方が大きい。


 りんねるは、その根についていた土を軽く払うと――


  ガジッ


「うぉッ!?」

「食べ、た?」

「……これは当たりやな。みずみずしいわ」

「……それ、食えるのか?」

「えっ、……でも……」

「食えるかどうかなんてもんは、人様が勝手に決めるもんや。

 こんにゃく芋みたいなどう考えても食えんもんに竈の灰を突っ込んで食えるようにするやん。 

 ナマコの内臓みたいなわけわからんもんでも食えるようにするやん。

 毒があっても毒抜きして食えるようにするやん。

 毒があっても毒抜きせずに食うこともあるやん?

 機械には、そういう人間さまの工夫がわからん。

 毒は毒として返しよるし、可食判定も融通がきかん」


 先端を齧った根っこを、こちらに差し出す。

 ……食えと、そういうことだろう。


「カノン、先にもらうぞ」

「……んっ、次、わたしもっ」


 差し出された白い根を、ガジリ、と齧る。

 ……なるほど、ほのかな甘みと、そのすべてを塗り潰すような辛みがあるな。

 だが、食える味だ。少なくとも青臭い雑草の味ではない。

 醤油と味醂で煮たらうまそうな……あれ、これ大根みたいなもんか?

 カノンに齧りさしを渡す。


「味はどうや?」

「……なんというか、辛くて、ちょっと甘いな。

 不味くはないが、うまいかと言われると……カノン的にはどう?」

「……ちょっと、味わい中」

「前作と違うて、この世界では味覚がある。

 それもただの味覚やない。人間の味覚や。

 これに頼らん手はないで」


 なるほど、なんとなくわかった気がする。

 この世界に降り立ったりんねるが、我を忘れるほどに熱中していたこと。

 俺がテレポバグ先で、触覚や嗅覚という新たな感覚を得て、その可能性に感動していたように。

 りんねるもまた、新たな感覚を使って調査ができることに感動していたのだろう。

 単に数値としてではなく、自分自身の感覚でこの世界を確かめることができる。

 それはフィールドワークを重んじる学者にとっては垂涎の時間だろう。


「お察しやと思うけど、それ、分析装置的には可食判定不明やで。

 イソチオシアネート類の未発見成分が入っとるせいや。

 すりおろした大根の辛味のもとになるやつが属する類やな。

 大根は細胞が壊れんとこれができんけど、この根っこには最初からよーけ入っとる。

 その理由は――まぁここでは端折るで。研究報告したいわけでもなし。

 で、その成分が人体に有毒かどうかは、わからん」

「でも……これ、普通に食えるよな」

「どうしてそう思うん? 毒かもしれへんで?」

「……なんというかな。身体が拒否ってない。

 腐ってるものとか、臭いがきつすぎるものとかは、飲み込むことすらきついけど。

 その点これは、無理なく食える。

 だから、食べること自体はできるんだ」


 長年の一人暮らしで培った知恵。

 身体に悪いものは、そもそも身体が受け付けない。

 嗅覚や味覚、視覚などで、全力で身体に入れるのを拒否してくる。


 俺の返答に一つ頷き、りんねるが続ける。


「不思議なもんでな。人間の身体は、だいたいのアカンもんは受け付けんのや。

 舌に載せたとたん吐き出す。喉を通らん。胃まで入れてもまだ吐き出す。

 天然毒も自然毒もいっしょくたの万能検知器、それが人間の人体や。

 ま、その辺はフーガはんもカノンはんも、前作で散々知っとるやろうけど――

 今作では、たぶん死ぬ前に分かるで。五感でな。

 だから、ガンガン口に入れてけばええんや。

 その辺の見極めは、それこそじぶんらの専売特許やろ?」



 いつのまにか、場の空気が変わっている。

 少しだけ沈黙を挟んで、……りんねるは、俺たちに問いかける。


「――こっちでも、変わらんの?」


 主語も、修飾語も欠いた問いかけ。

 奇しくもそれは、モンターナにも聞かれた問いで。

 だから、同じように返す。


「ああ。そのつもりだ」

「……んっ」

「だから、前作みたいに使ってくれていいぞ。

 感覚同調フルにしてあるし、検証には役立つだろ」

「だいじょうぶなん? 吐いたりするかもしれんけど」

「任せろ。死ぬつもりはないし死ななきゃ安い。

 人間の生命力を見せてやるぜ」

「……はぁ、よっぽどやで、ほんま」


 少なくとも俺は変わらない。

 カノンも、それを望んでいるのかは――正直、この頃わからなくなりつつある。

 カノンは、4年前と変わっていないように見えるけれど。

 そのままではないものも、ある。


 りんねるはまた、なにかを探すように、ふらふらと歩きはじめる。

 りんねるが歩き出すとともに、妙な空気も霧散する。


「……いま食わしたその植物は、現実のカタバミ科の根に似とる。

 やけど大きさも性状もちゃうし、似とることに大した意味はない。

 根っこから上に関しては完全に別もんや。匍匐茎ほふくけいもないしな」


 ホフクケイがなにを意味するのかはわからないが、りんねるがなにを言おうとしているのかは、なんとなくわかる気がする。

 一見現実の草花と似ているからといって、そこになにかの意味を見出しても仕方がないのだ。

 少なくとも、それが食べられるか否かという話においては意味がない。

 俺がこの草を、雑草として見落としていたように。

 一つ一つの植物を観察し、調べ、究めてみるまで、その全景は見えて来はしない。


「まぁ、ようするにや。

 、なんて最初から思わんほうがいいっちゅう話や。

 そんなもん、食ってみるまでわからん。

 現実のうちらの常識なんて、この星のモンにはあてはまらんからな。

 食えるようで食えないもの、食えないようで食えるもの。ぎょーさんや。

 それに、野苺だの果実だの、そういういかにもなのが見つかればええけど、そういうのは得てしてすぐに誰か……この星の先住種も含めた他者に採り尽されてしまうしな。

 採取で食料を賄っていきたいなら、食えるもんを探すより、身の回りにあるものを食えるようにした方が早いおもうで」


 ……確かに。

 そのあたりは分かっているつもりだったが……

 いつの間にか、どこか甘えていたのかもしれない。

 工夫しなくても美味しく食べられるものを、とか。

 鱗茎類のような、現実の食材に似ているものを、とか。

 そういうものを望んでいた。


 すべては先入見だ。

 美味しい食事がしたいからと言って、美味しい食材を探す必要はない。

 りんねるは、実際に食べられる食材を見せることで、そのことを教えようとしてくれたのだろう。


 ふらふらと歩いていたりんねるは、やがて断層の岩陰付近、日当たりの悪そうな茂みの方に向かい、しゃがみ込む。


「ま、それはそれとして。最初から美味しく食えるもんもある。――見てみ?」



 ……あれ、なんか甘酸っぱい香りがするな。


 もしかして、これはあれか。

 待望のあれが、そこにあるのか?

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