石斧を作ろう

 セドナ南の岩場で採取してきた4つの岩石のうち、2つの玄武岩の分析は終わった。

 普通の玄武岩は石材として、岩塩交じりの方は塩の抽出に使うとしよう。

 しかし、まさか塩とはな……。


 気を取り直して、残った2つを調べてみよう。

 俺の予測では花崗岩とみているが、如何に。

 採取用の革袋から、やはり5kgほどはありそうな岩塊を取り出して分析装置に入れる。

 ざらついた手触りを返す、重たい岩塊。

 下手にぶつけて分析装置を傷つけないように、慎重に――


「……。」

「……フーガ、くん?」


 ……そういや分析装置って破壊できるのかな。

 誤って壊したら詰みそうだし、ふしぎなちからで守られているのだろうか。

 ここはカノンの脱出ポッドだから、俺はぜったいに試すつもりはないが。

 だけど、検証勢の誰かしらがもう試してるんだろうなぁ。

 あいつら基本的に頭おかしいしなぁ……。


 花崗岩の分析結果はこちら。


 ――――――――――――

 ■鑑定結果

 I型花崗岩(岩石類)


 ■計測結果

 質量:5.00 kg

 容積:1871.55 cm^3

 密度:2.67 g/cm^3

 温度:――


 ■化学組成(%)

 SiO276.83

 Al2O312.47

 K2O4.71

 Na2O3.54

 Fe2O30.33

 FeO0.57

 CaO0.70

 TiO20.044

 MgO0.037

 MnO0.016

 P2O50.002


 ■適正評価

 【石材適正】優良 【※詳細】

 ――――――――――――


 どうやら花崗岩であっていたようだ。

 ひと通りいろいろ見てみようか。


「名前の『あいがた』ってなんだ……?」

「なんのI、だろうね?」


 あいがたかこうがん。

 ……駄目だ、ボケるにしてもネタが思いつかん。


「玄武岩よりちょっと軽い、ね?」

「うむ。密度が小さいな。だいたい……20%カットくらいか」


 石斧とかに使うならこっちで作ったほうが良いな。

 強度が同じなら、軽いほうが良い。


「玄武岩より二酸化ケイ素の比率が多いんだな」

「……多いと、どうなるの?」

「……ゴメンナサイ」


 岩石中の二酸化ケイ素の比率が多いとどうなるんですか?

 夏休みこども相談室に聞いてみよう。

 ……駄目だ、夏休みはちょうど昨日で終わったんだった。


「こっちにも、アルミニウム、あるね?」

「アルミナってやつだ。簡単にはアルミニウムとして取り出せん」

「製造装置、でも?」

「製造装置でも」


 製造装置にだってできないことくらい……ある。あった。らしい。

 アルミニウム合金は、まさに人類の執念の結晶だ。


「おっ、マンガンだってよ」

「それも、チタンみたいな?」

「うむ、レアメタル。のはず。……でも、流石に量が少なすぎる、か?

 えーっと酸化マンガンで……0.8gか」

「少ない? 多い?」

「5kg中の0.8gってあれぞ、小さじ1/5以下だぞ。

 ……いや、酸化マンガンの密度によってはそれよりもっと小さいのか」


 マンガンは前作のどこに使われてたっけなぁ。

 確かバッテリー系列だったような気がする。

 ……二酸化マンガン、か?マンガン電池ってやつ。

 でもこれに入ってるのは酸化マンガンなんだよな。

 酸化マンガンから二酸化マンガン行けるか?

 なんか簡単に行けそうじゃない?

 酸化マンガンと二酸化マンガンってどっちが安定するんだろ。


「リン酸は……肥料とか……?」

「でも、なんかすっごく少ないけど……」

「気持ちだけ受け取っとくか」


 そろそろきつくなってきた。

 ……花崗岩の分析結果についてはこのあたりにしておこう。


 結論、石材適正ヨシ!

 もう一つの花崗岩塊についても、だいたい同じ結果だった。


「いやぁ、単なる石材として拾ってきただけだったけど、いろいろ入ってるもんだな」

「んっ。わたし、あんまり詳しくわからなかったけど……」

「安心しろカノン、俺もさっぱりだ。なんだよI型って……」


 しかし、塩とレアメタルか。

 前者は完全に不意打ちだったが、後者はそりゃあ手に入ってもおかしくないか。

 地中で形成された岩石だもんな。

 これは計器類や電子機器類にも、意外と早く手が伸ばせるかもしれん。

 ……たぶんまだ、製造装置先生の経験が足りないけど。

 シリコンバレーまで一足飛びに、とはいかないのがこのゲームの技術ツリーだ。

 地道にゆっくりとものづくりを積み重ねていこう。

 この分なら、たぶん懐中電灯くらいなら遠からず作れるようになるはずだ。


 そんなことより今は斧作りたいよ斧。

 木材の採取は喫緊の問題だよ。



 *────



 最後にもう一つだけ分析しておこう。

 岩壁で俺たちがもしゃった、やわらかな葉っぱについてだ。

 既に食って、今のところ特に身体に変調はないから、たぶん可食だと思うんだが……


 ――――――――――――

 ■鑑定結果

 未登録(草木類)


 ■計測結果

 質量:6.06g

 容積:――

 密度:――

 温度:――


 ■抽出可能成分

 グリコシド類 ベルゲニン

 グリコシド類 アルブチン

 ラクトン エスクレチン

 酸化マグネシウム

 塩化カリウム

 硝酸カリウム

 ……

 ……


【未発見の成分が*8件*検出されました】

 フラボノイド類

 フラボノイド類

 フラボノイド類

 フラボノイド類

 ……

 ……


 ■適正評価

 【食材適正】不明

 【薬材適正】不明

 ――――――――――――――――――――



「駄目じゃん。不明じゃん」

「毒判定じゃない、から、セーフ、かも……?」


 でも大抵の図鑑における不明ってあれだよ。


 『不思議なことに味を知ってるやつはいないんだ』

 『へぇ、どうしてだい、ジョージ?』

 『死人に口なしってやつさ!(HAHAHA』


 ってやつだよ。

 今回はたぶんこの……フラボノイド類の毒性がわからんから不明になってるだけだと思うが。

 でも化学物質の中には「少量なら薬になるけど摂りすぎると死ぬ」みたいなやつもある。

 それゆえに、一概には評価できない。

 この葉に含まれる不明成分についても、そんな感じなのかもしれない。


「あ、でも塩化カリウムと硝酸カリウムあるな」

「食べていい、感じ?」

「塩化カリウムってたしか市販の食塩の成分表に混じってなかったっけ。

 ……それに、そもそもこいつらが人体に毒なら、適正評価も少なくとも有毒判定になるだろうから、この2つに関してはたぶん大丈夫だぞ」


 量を取りすぎたらわからんが。

 なにごとも摂りすぎは死につながる。

 そういやこの葉っぱ食べたとき、カノンが苦味と酸味があるような、と言っていたな。

 塩化カリウムとか硝酸カリウムあたりがその理由?

 それとも他の成分が味の原因?

 バニラっぽいフレーバーもある気がするんだが……やはりそれも、どの成分に起因するのかはぱっと見ではわからないな。

 ……バニラっぽい香りの成分があるなら香料になるかも?


「……うん、この葉っぱに関してはしばらくの間は『可食』としておこう。

 俺たちが食ってその身で試すのだ」


 カリウム分採れそうだしな。

 茹でて塩振って食べたらそれなりに美味しそうだし。

 ――あ、そうか、この草。

 どこか見覚えがあると思ったら、あれだ、ユキノシタっぽいんだ。

 俄然てんぷらにして食いたくなってきた。

 素揚げでもいい。


「ん、任せて」

「食べ過ぎは駄目だぞ?」



 *────



「よし、これで一通り調べ終えたな」

「ん、昨日採ってきたのは、ぜんぶ」


 成分を眺めてあれこれ言っていたら、けっこう時間が経ってしまった。

 今日のうちに斧つくってカオリマツ伐採して家具作りまで行きたい。

 さっそく斧づくりに移行しよう。


「んっ、じゃあ、製造装置、使う?」

「おう。まずは石斧つくるぞ」

「……石斧って、どういう?」

「作ってみたほうが早いな」


 製造装置を起動する。

 予想通り、石材を使った大量のレシピがアンロックされている。

 とはいえ、俺たちが採ってきた石材はもっとも長い部分でも20cm程度しかないわけで。

 石製の家具や、「石の剣」なんていうレトロな武器も作ることはできない。

 代わりに道具類や小物はなかなかよさげなものが揃っている。

 石の鍬、石の鉈、石の槌、石のおさら、石の器……


「ん、これだな。石斧」

「……なんか、原始時代、みたいな?」

「原始林業のアイテムだしな」


 参考図として表示されているのは、縦8cm横20cmほどの岩塊を、木の枝から削りだした柄にとりつけた道具。

 石を柄に括りつけるための紐は……あれ、紐使ってない。

 参考図ではよくわからないが、石刃がそのまま木に埋め込まれているような感じだ。

 現実では一度木を割らないとできない構造だが……柄が割られている様子はない。

 空間圧縮技術的なサムシングを用いた製造装置先生の不思議テクニックが発揮されているのだろう。


「……これ、木、倒せ……る?」


 カノンが訝しげな様子で問いを発する。

 こんな縦8cmほどしかない刃部分でどうやって、という意味だろう。

 確かにこれを使って樹を伐採するというのは、ちょっとイメージし辛いかもしれない。


「カノンの伐採のイメージって、どんな感じ?」

「えっと……チェーンソーで、水平に、ばっさり」


 うん、まあそうなるな。

 現代林業の伐採のイメージだとそうなるだろう。


「カノン、石斧を使った伐採では、木を削るんだ」

「削る?」

「ああ、木の側面を尖った石で打つと、幹に傷がつくだろ。

 そこを何度も叩けば、当然どんどん抉れていくだろ。

 何度も何度も抉っていくと、木の幹は横V字型に抉れるわけだ」


 文字で言うなら「 しょうなり 」って感じ。


「それで、倒れるまで、叩き続ける?」

「いや、木の中心部は硬いし、ささくれ立って抉りにくくなってくるからな。

 真ん中くらいまで抉ったら、今度は反対方向から同じように抉る。

 両側から、木の幹の中心に向かって抉るんだ」


 文字で言うなら「 ><だいなりしょうなり 」って感じに木の幹を抉るわけだ。


「……で、木が自分の重さに耐えられなくなるくらいまで抉れば、あとは木が勝手に倒れてくれるわけだな」

「そんなにうまく、いく?」

「できる。できた。……まあ、現実でやると下手すると丸一日とか掛かるけど。

 あと、これ打製石器を使った原始林業的な方法だからな。

 安全性とかまったく考慮しとらんぞ」



 *────



 「原始林業を体験してみよう」といった主旨の講義に参加したときに、実際にやったことがある。

 原始林業と言えば打製石器だよね、とか言って渡された石斧はそりゃもう酷いものだった。

 ひたすら打ち付けてる間に石刃が欠けるわ柄から外れるわで、結局何度も補修する羽目になった。

 おまけにあのとき切り倒した……折り倒した幹は横幅80cmはあったのだ。

 当然そう簡単に終わるはずもなく。手のひらもぼろぼろだ。二度とやりたくない。

 恐ろしいことにその講義はそれだけでは終わらなかったのだが……その話は今は良いか。



 *────



「こっちでも、そのくらい掛かる?」

「いや、製造装置が作ってくれる石斧の性能が、たぶん現実のそれと比較にならないくらいよさそうってのと……それに、こっちには技能があるだろ?」

「あっ……【伐採】?」

「そうそう。一本切り倒す前に技能採っちゃえば、そこからはかなり楽になると思う」


 ゲームの中で、現実と同じような労力をかけて木こりするのはさすがに大変すぎる。

 だからその辺の苦労は技能が緩和してくれる。……はず。

 前作では【伐採】が育ってくると、鉄斧を三、四回振るうだけで50cm幅の樹木を切り倒せるという実にへいへいほーな光景が散見されたのだ。


「要するにまあ、このくらい小さな刃の石の斧でも木を切り倒す方法はあるから大丈夫ってこと。

 時間を掛けていいなら現実でもできたんだし、ゲーム内でできんことはないだろ、たぶん」

「ん、わかった。じゃあ、作ってみる?」

「作ってみよう」


 使う石材は、既に圧縮ストレージに放り込んである。

 というわけで製造装置先生、お願いします。

 柄の素材は、余ってるカオリマツの枝の中で一番太い奴。

 石刃には……花崗岩の方の石材にしようか。できるだけ軽いほうが良い。

 これだけ決めれば、あとはそのままポチっても参考図のような石斧は作ってくれる。

 だが、今回は用途がはっきりしているからな。

 カノンの服を作ったときにも用いた3Ⅾモデリング機能で、さらに細部の形状や仕様を修正していく。

 柄と石刃それぞれについて、だいたいの大きさを整える

 刃先は0.5mmほどになるように少しだけ丸めてもらおう。

 鋭すぎてもすぐに刃こぼれするのがオチだしな。

 そして全体をしっかり研磨してもらう。強度の確保のためだ。

 あと持ち手の部分に革を追加。ついでにカオリマツの樹脂でグリップ部分に滑り止めを。

 うん、こんなもんでいいかな。


「仕様確定、ではゴー」


 ポチっとな。


  ウィーン――


 目の前の製造装置から、低い稼働音が聞こえ始める。


「……なぁ、カノン」

「ん。なに?」

「……これ、3Ⅾプリンター関係ないよな」

「石材を切り出して、木の枝を削って、差し込んで……?」

「……うむ」


 あれだ、加工プロセスについては深く考えないようにしよう。

 透過レーザーとかで加工しているのかもしれん。



  ――パッ



 1分ほど待つと、製造装置のランプが緑に変わる。

 完成したらしい。取り出し口は側面の方のようだ。


「どれどれ」


 取り出してみると……


「おっ……おう……」

「わっ、なんか、きれい、だね?」


 削り出したばかりの1mほどの長さの木製の柄から漂う、さわやかなマツの木の香り。

 直径2cmほどのその柄はまっすぐで、握りの部分には革が巻き付けられている。

 石刃が取り付けられたヘッド部分は、まるで空間を無視して木の中に石を埋め込んだかのように綺麗に接合されている。

 そして肝心の石刃は、


「すっごく、きれい……」

「……これ、あれだよな。

 公共施設とかの入り口によくある、施設名が彫られたでっかい石碑」

「あ、わかる。つるつるしてるやつ。学校の校門とかにも、ある」


 花崗岩、すなわち御影石。

 それを工業的に研磨し加工すると、こんなにも美しい白灰色の石刃になるわけだ。

 なんか、すごいもったいないことしてる気分になる。

 これで作るべきは石の斧じゃなくて工芸品だったのでは?

 これでコップとか食器作ったら美しいのでは?


 ま、まぁ今はいいか。それらもおいおい作ろう。

 しかしこの石刃の刃先、ほんの少し丸めてはあるけどそれでも鋭いな……。

 たぶん、重力に任せて振り下ろせばそれだけで人の頭蓋骨を割れる。

 腕や脚に振り下ろせば当然のように皮膚を破り裂くだろう。

 さいわいこのゲームではプレイヤーがプレイヤーを殺傷できないので、たぶん見えない大気の壁に阻まれて終わるだろう。

 お子様にも安心だ。年齢制限的に無理だけど。


「実際に見てみると、これはあれだな、間違いなく原始林業の道具ではないな。

 現代人が機械使って本気で花崗岩の石斧作るとこうなるって感じの斧だ」


 名前も、あれだ、「花崗岩の斧グラナイト・アクス」とかの方がしっくりくるかもしれん。

 なんかかっこいいぞ。


「これなら、行けそう?」

「耐久度も高そうだし、割かし軽いしな」


 5kg程度の石塊から切り出したわけで、石刃は軽い。

 横面積自体はそう変わっていないが、薄さが違う。ヘッド部分は1kg程度といったところか。

 爪先で石刃の先の薄い部分を弾いてみれば、カチカチと硬質な音を返す。

 もはや金属製と言われても納得できてしまいそう。


 ……これなら、原始林業めいた、危険なやり方をする必要はないかもしれんな。

 現代林業で行われているような、ちゃんとした倒し方ができるかもしれない。

 カノンもいることだし、できるならより安全な方法で倒したいところだ。



「……よし、早速するか」

「こり?」

「試しに木こりする、の意」


 盛大に木こってやろうじゃないか。

 セドナは夜中だけどな!


「あっ、木くずが飛ぶだろうし、カノンもいったん探索着に着替えたほうが良いぞ」

「……ん、わかった」


 近隣住民には夜間の騒音についてご迷惑をお掛けします。

 何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る