ウェルカムバック・ワンダラー(1)

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 母星アースから飛び立ったあなたたちの移民船は、

 宇宙航行中のトラブルに見舞われた。

 あなたたちが緊急用脱出ポッドに移動した直後、移民船は大破した。

 これよりあなたたちは、それぞれの脱出ポッドで、惑星カレドに不時着する。

 あなたたちは母星からの救助を待つ間、この星の上で生き延びなければならない。

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 「これから最寄りの惑星に不時着するから生き延びてね!」という物語ストーリーをあっさり味で装飾したナレーションを聞きながら、おや、と疑問を抱く。


(この導入イントロ、聞き覚えがあるぞ?)



 *────



 ときは8月30日。『犬2』の発売当日。

 ところは我が家においで下さったフルダイブシステム「ニューロノーツ」の中。

 午後のいい時間からサービスを開始した『犬2』に満を持して飛び込んだ俺は今、白い光の中で、機械音声によるストーリー・テリングを聞いている。


 自分の身体の輪郭がはっきりしない。

 そこにあるはずのものがないような、奇妙な感覚。

 耳も目もまだ形作られていないはずなのに、その機械の声は俺の脳に滔々と、現在の俺たちの状況と、これから待ち受ける過酷な運命を伝えてくる。


(この、ストーリーラインは――)


 細部こそ違えど、『犬』の導入でもまったく同じような経緯を聞かされた気がする。

 となると、『犬2』は『犬』の完全フルリメイク作品なのか?

 そのようなことはテザーサイトには書かれていなかったはずだけど……。


 しかし、視覚聴覚同調限定のVRからフルダイブVRへの移行だ、それ自体はまったく拒否感はない。

 むしろそうだったら最高だ。

 当時ヘッドマウントディスプレイを媒介とした視覚と聴覚だけでも十分すぎるほどに俺はあの世界に感動させられていたのだ。

 その感動を、今度は味覚や嗅覚、触覚も加わった五感で味わえるのかもしれない。

 そう考えると、無際限に期待が高まっていく。

 わくわくしてきたぞぉ。


 ……クール、俺。ビィクール。

 期待はしてもいいが、それが失望につながらないように。

 新しいゲームをやるときの鉄則だ。

 ナンバリングタイトルは、特にな……。


 やがて機械音声さんによる、最後まで聞き覚えのあるストーリーテリングが終わると、まっしろだった視界が切り替わり、やや手狭な白亜の空間が現れる。

 無数の計器がはめ込まれた白亜の壁。

 身体を固定するいかめしいベルトと簡素なチェア。

 脱出ポッドに備えられた各種機器類――


 なるほど、今から惑星カレドにパートをやるらしい。

 この演出も、前作と同じだ。

 やはり今作の導入は、前作の導入を意図的に踏襲しているようだ。


 視線を墜とし、自分の手を確認し――しかし、そこに俺の腕はない。

 そこには、ぼんやりと人間の腕の形状を象った、白い光だけがある。

 脱出ポットの中に、先ほどよりも硬質で鮮明な、機械音声が響く。



 *────



『はじめに搭乗者の生体探査バイタルスキャニングシーケンスを開始します。

 少々お待ちください――』


 つまり、ここからキャラメイクが始まるわけだ。

 いいね、いい演出だ。

 この演出も『犬』のときのそのままなんだが、いいものはいい。

 お約束に高ぶるってやつだ。


 となると、最初に来るのはアバターの外見設定だろう、任せろ!

 中学時代に鍛え挙げられた俺の粘土加工技術が火を吹くぜ!

 高校時代に鍛え抜かれた美術もな!


『生体探査が完了しました。

 ――該当IDが存在します。

 移民船『ニア』乗員『フーガ』。

 この情報に誤りはございませんか。』


 ――。


 ――――。


 ―――――――― は?




『これより目の前に表示される仮想スクリーンの情報に誤りがない場合は、

  [ 確認 ] ボタンをタッチしてください。

 情報に誤りがある場合は、情報の一部修正、または新規ID登録を行うことができます。

 情報に誤りがある場合は [ 情報の修正 ] または [ 新規ID登録 ] をタッチしてください。』



 茫然自失のまま、眼前に投影された仮想スクリーンを見る。



 そこに、がいた。



 仮想スクリーンに、無数の情報が浮かび上がる。

 頭にWを冠する八桁のシリアルナンバー。移民船『ニア』乗員。人物名『フーガ』。

 出身惑星『アース』。性別『男性』。配偶者『なし』。


 そしてその横にある、身体のスキャンデータと、正面からの顔をアップに映した小窓。

 中肉中背。身長は172.4cmで取り立てて高くも低くもない。

 体重62.4kg。同じく平凡。部位の不能・欠損無し。

 焦げ茶色、ダークブラウンの短髪。これも普通。

 淡い黄褐色の瞳と併せて、やや浮ついた印象の顔。

 そして、鼻梁――鼻先から眉間までの鼻筋――を横に細く横断する浅い裂傷。


 見間違いようもない。

 『犬』における俺のアバター「フーガ」が、そこにいた。


(マジかよ……)


 震える指で――指の形をしたぼんやりとした光の塊で――仮想スクリーンに映った「俺」を撫でる。

 それは4年前までは、それこそ毎日のように見慣れていた姿。

 かつて設定した身長や体重も、肌の色も、瞳の色も、髪の長さまでもが変わらない。

 迷わず [ 確認 ] を押下する。

 再度確認が求められたのでもう一度 [ 確認 ] 。


『搭乗者の生体探査バイタルスキャニングシーケンスが完了しました。

 続いて生体検査バイタルチェックシーケンスを開始します。』


 そんな機械音声と共に、光の塊でしかなかった俺の身体が「フーガ」として構成されていく。

 形作られた指は、俺の意志に対応してぴくりと動く。

 親指と人差し指をすり合わせれば、現実とまったく遜色ない触覚がそこにある。

 足元から返ってくる、脱出ポットの硬い金属床の感触。

 頭部の形成が完了すると、舌を動かすことができる

 渇いた口内を潤さんとする唾液の感触。

 ひくひくと鼻を引くつかせれば、

 なにか機械が擦り合わさったような金属のにおい。

 摩擦熱で溶けた塗装の異臭。

 酸素ボンベから供給される空気にわずかに含まれた湿気。

 においがある。

 それだけで、この世界は、こんなにもリアルだ。


(マジかよ……いや、それしか言えねぇ。

 はー。マジかー……)


 ここまで来ているのか、昨今のフルダイブVR技術は。

 この驚きに比べれば、『犬』の俺のアバターデータが残っていたことなど驚くに値しない。


 ……いや、そんなことはないか。

 そちらも十分びっくりだ。



 *────



 俺にとって、「フーガ」は4年前に止まったキャラクターだった。

 どんなに愛着があっても、ゲームのキャラクターというものは、そのゲームが終わった瞬間に、ともに止まってしまうものだ。

 死ぬわけではない。

 ただ、どうしようもなくその瞬間で止まってしまう。


 だから別のゲームで同じ名前、同じような造形で、同じようなキャラクターを作っても、それはもっとも根源的なところで、同じキャラクターではない。

 同じ存在ではない。


 だが、この身体はどうだ。

 『犬』のアバター・データが残されており。

 そのデータに基づいて再現されたのがこの「フーガ」ならば。

 間違いなく同じ「フーガ」であると言ってよいのではないか。

 俺は、『犬』の「フーガ」であり続けるのではないか。


 あの世界で、俺は「フーガ」だった。

 キャラクターとして気に入っているとかじゃない。

 『犬』の世界における、俺のもう一つの写し身アバター

 それが「フーガ」なんだ。


(――なんだよ、最高か?)


 かつての『犬』のアバター・データを用いた、アバターの自動再現。

 VRゲームお決まりの、各種生体データを読み取られることに同意しているからこそできるサプライズミラクル。

 のっけからやってくれる。

 こんなもん引き継ぐに決まってるだろう。


 同時に、遅ればせながら理解する。

 ゲーム開始時のストーリーラインが、『犬』を準えたものだった意味。

 俺は『犬2』のテザーサイトに銘打たれたキャッチコピーを思い出す。


  90分ナインティ・ミニッツ心の旅をワンダリング・トラベル今 再びリ・ダイブ


 90分ナインティ・ミニッツ心の旅ワンダリング・トラベル

 それが『犬』のキャッチコピーだった。

 『犬2』のキャッチコピーは、前作である『犬』への単なるオマージュではなかった。

 

 『犬2』は『犬』のリメイクではない。

 『犬2』は『犬』へのリダイブなのだ。


 前作プレイヤーには、より完全な形での『犬』へのダイブを。

 今作からのプレイヤーには、魅力あふれる『犬』という新世界のダイブを。

 そんな想いを込められた気遣いが、既にここまでのわずかな間にも張り巡らされている。


(はー、神ゲー……)


 このあとに何の脈絡もなく宇宙海賊が出てきてドンパチやらかす別ゲーにげ変わったりしない限り、この評価が容易に変わることはないだろう。

 まだキャラメイクも終わっていないというのに、はやくも評価サイトに最高評価を投下しに行きたくなる。


  『ゲームが始まってないけど星5です!』


 この手のコメントを見るたび、冗談も大概にしろと思っていたが。

 いまや俺はその気持ちが理解できてしまう。

 決めつけてすまんな、名も知らぬコメンター。

 今の俺も「まだキャラメイクの途中だけど神ゲーなんで星5」と書き込みたい気分だ。



 *────



 やがて、生体検査バイタルチェックの名のもとに行われていたアバターの構成が完了する。

 手を見る。足を見る。

 鼻梁をなぞれば、そこには浅い傷痕。

 その感触が、指先から確かに伝わってくる。

 きめ細かな肌の質感。

 頬肉の下にある、硬い骨の感触。

 頬に爪を立てれば――鈍い痛み。


(これは――すごいな)


 フルダイブ型のVRゲームは「ちがう」と聞いていたが、確かにこれは

 なにがどう違うかと言えば

 なにもかもがリアルだ。


 仮想現実感バーチャルリアリティ

 その言葉はこの感覚をこそ指すのだと、俺は生まれてはじめて実感した。


 ……でも、『犬』も十分すごかったけどなッ!

 ヘッドマウントディスプレイと手元の専用コントローラーを用いる旧式のVRゲームなのに、まるでその場にいるかのように錯覚する領域にまで達していたから。


(だけど、これは――)


 これは『犬』とは

 まるでその場にいるかのように錯覚するのではない。

 俺は確かにこの場にいる。

 この場で世界を感じている。

 それは錯覚にすぎない?

 それは脳を走る電気信号が見せるまぼろしにすぎない?

 水槽の中の脳。胡蝶の夢。

 そうだとも。

 そうであっても。

 俺は俺がここにいると信じられる。

 それだけで、十分なのだ。


(『戯言だけどね』――ってか?)


 さて、そろそろ思索に沈むのはやめて戻ってこよう。

 「はじめてのばーちゃるりありてぃ」がすごすぎて脳内の小宇宙が高まってしまった。

 機械音声さんをいたずらにお待たせし続けるのも申し訳ない。


 そろそろ、キャラメイクに戻るとしようか。

 まだまだキャラメイクは終わっていない。

 恐らく次に来るのは、『犬』を神ゲー足らしめたあの要素。

 そう、お待ちかねの初期「技能」選択だ。

 ふふ、盛り上がってき――



『(ザッ、ザザッ――)

 現在、当機は惑星カレドの静止軌道上に到達しました。

 生体能力バイタルアビリティの確認シーケンスを順延し、

 一時的に着陸地点決定シーケンスに移行します。』



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