森の底 04

「そういえば」


 二人の荷袋を木にしばりつけ終えるのを見計らって、メリーは口を開いた。

 ラトスの顔色をうかがうように、のぞき込んでくる。


「ラトスさんは、行商人、なのですか?」

「行商人だって? まさか」

「旅慣れてるみたいなので、そうなのかと」


 森を歩く速度は、まあ少し速かったかもしれないなとラトスは思った。しかしすぐに、頭を横にふってみせる。それを見てメリーは、そうなのですかと首をかしげた。不思議そうな顔をする彼女を横目に、ラトスはロープを取りだす。荷袋を縛り付けた木とは別の、少しはなれたところにある手頃な木を選び、その間にロープをはりはじめた。


「俺はラングシーブだ」

「ラングシーブ……。それって盗賊の?」


 メリーはラトスの言葉に驚いて、上体を少し後ろへひかせた。ラトスから目線をはずし、瞳を左右に泳がせはじめる。王族、貴族の一般常識に漏れず、メリーもラングシーブを犯罪者の集団だと思っているようだった。


「すべて否定はしないが」


 彼女の様子を見て、ラトスは無表情に応えた。

 こういうときは感情的に否定しても誤解を増長させるだけだ。ラトスは、二本の木の間にはったロープに布をかぶせ、両端をしばって固定し、少し考えるそぶりをして見せた。


「そうだな。盗賊ギリギリのことをすることは、あるかもしれない」

「ギリギリ、ですか?」

「ああ。ギリギリだ」


 ラトスは困った表情を作ると、自分のほうを向いたメリーに手招きしてみせる。びくりと肩をふるわせた彼女に、簡易的に作った布のシェルターを手のひらで指してみせた。

 メリーは小さくうなずき、ほっとしたように肩を落とす。シェルターのそばにそっと座り、ラトスを見上げた。いつの間にか彼女の顔からは、悔しそうな表情がきれいに消えていた。釈然としない気持ちがわずかにこみ上げたが、ラトスは困った顔を作ったままその気持ちを飲み込んだ。



 盗賊ではないという説明は、今までにいたるところで、何度もしてきた。何度も説明していると、言い訳をしているような気持ちになる。だが誤解をしている者は後を絶たないのだ。これもまた必要なことだと自分に言い聞かせ、ラトスはメリーから少し距離を取って座った。

 そして、至るところで何度もしてきた話をメリーに話しはじめた。



 メリーは良くも悪くも純粋だった。

 聞けば、歳は十九だという。

 まだ若いうえ、貴族としてせまい世界を生きてきたのだろう。思考や知識にかたよりがあるのは仕方のないことかもしれなかった。メリーは、最初は訝し気にラトスの話を聞いていたが、次第に興味を持ったらしい。あれやこれやと質問してくる彼女の表情は、少し面白いものがあった。


「商売人という感じですね」


 ラングシーブが契約以外で得た副収入は、依頼主が後からどんなに欲しがっても、自分の懐に入れてから売る。という話をしたところで、メリーは困った顔をしながらそう言った。そうだなとラトスも困った顔をして見せると、彼女は小さく笑った。


 仕える主がいて、主にたいして忠誠を尽くす人間にとっては、商人の駆け引きのような話は別の世界のようなのだろう。いつの間にか、メリーの目から軽蔑のような色は消えていた。


 やがて深まる夜の森に、焚火の明かりが温かくこぼれだす。


 森が夜の静けさを取りもどすのは、しばらく時がかかった。

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