13:幕間 -悠久を生きる者-
「最高に可愛い……」
ダイニングテーブルの上を歩き回る雛鳥を見つめ、椅子に座ったミオは感嘆の吐息を漏らす。
喫茶・ノードの傍らに置かれていた卵からセキセイインコ・スケルトンが誕生して一週間。
クロスが『ユキ』と名付けた性別不明の雛鳥は、至って元気に存在していた。まだ飛べないものの人懐っこく、ピュイと元気に鳴いてはクロスやミオに甘えたがるのだ。
(ミオもすっかり夢中だなあ)
卵を拾った当初は「もしドラゴンだったら処分しなければならない」という想いからか生まれてくる雛に極力興味を持たないように振る舞っていたミオも卵が孵って以来その可愛さにすっかり魅了されてしまい、今では「ユキは異世界一可愛いセキセイインコ・スケルトンだから」と公言するに至っている。
(でも、良いことだよね)
少々親馬鹿のきらいはあるが、良い傾向だとクロスは考えていた。
ミオは一人ぼっちの〝神様〟だ。元居た世界で存在を忘れられ、行く当てもなく異世界交差地点に逃げ込んだ身寄りのない神様。
クロスは、ミオを哀れんでいるわけではなかった。ただ、ミオには夢中になれるものを見つけてほしいと密かに思っていた。自分にとっての生き甲斐が異世界交差地点での喫茶店経営であるように、生き甲斐と呼べるものが見つかれば今より楽しい人生になるだろうからと。
そんな折に現れたのが、セキセイインコ・スケルトンのユキだ。
スケルトンながら人懐っこく、見た目も可愛らしいユキにすっかり魅了されたミオは、クロスから見ても活き活きしていた。以前に比べて表情が明るくなっただけでなく、「今日はこういうことがあった」「今度こうしてみたい」とミオから話しかけられる機会が随分と増えたのだ。ユキと過ごすことでミオに積極性が芽生えたらしい。
「ユキ、おいで。リン酸カルシウムだよー」
「ピュイ!」
内心ユキに感謝したクロスが容器を持ちながら近付くと、ユキは嬉しそうに鳴いてテーブルの上を駆けた。たたた、と軽やかに移動する仕草は実に可愛らしく、ミオでなくてもつい口元が緩んでしまう。
「ユキは砂浴びが好きだね。砂じゃないけど」
布の上に置かれた透明な容器を嘴でつつき、ご機嫌に頭を上下させるユキを見遣り、目を細めたミオが呟く。
クロスが持ってきたのは、砂浴びならぬ『リン酸カルシウム浴び』用に使う蓋付きボックスだ。小さいパウンドケーキ型サイズのそれには試薬グレードのリン酸三カルシウムが六分目まで詰められており、中心部はユキが埋もれやすいよう窪ませてある。
ユキにリン酸カルシウム浴びをさせるようになったのは、クロスの友人でありセキセイインコ・スケルトンに詳しいノーヴァがクロスに「健康に育つらしいですよ」と勧めたからだ。ノーヴァが暮らす惑星・ギルノアーツではセキセイインコ・スケルトンがペットとして多数飼育されており、その多くがリン酸カルシウム浴びを楽しんでいるとのことだった。――アンデッドに対し
「さあ、好きなだけ浴びていいからね」
「ピュイピュイ!」
ご機嫌なユキを骨の指に留まらせ、リン酸カルシウムの上に下ろしてから蓋を閉めると、ユキは嬉しくて堪らないと言いたげに穴を掘り、周囲のリン酸カルシウムに身体を擦りつけ始めた。
「あー……本当に可愛い……」
「ミオはそればっかりだね」
「仕方ないでしょ。実際可愛いんだから」
口を開けば「可愛い」としか言わないミオに声を掛けると、ミオはテーブルに突っ伏して答えた。黒い瞳はリン酸カルシウムに埋もれるユキに向けられている。
「セキセイインコ・スケルトンは世界を超えた宝だと思わない? 下手したらセキセイインコより可愛い可能性あるよ」
「そうかな……」
セキセイインコにはセキセイインコの良さがあると思うのだが、クロスは実物を見たことがない。そもそも実物を見たことのあるミオがそう言うのだから、もしかしたらスケルトン化しているユキのほうが可愛いのでは――と、クロスは首を傾げた。接客面に関しては毅然としているクロスも、そうでない事柄に関しては押し負けてしまうこともあるのである。
「……でもさあ、ユキがスケルトンで良かったよね」
「どうして?」
価値観は世界によって様々ながら、大抵の世界では「生きていること」が尊ばれる。寿命が長いだけならともかく、スケルトンのように不死に類する存在や死を連想させる存在は好まれないのだ。セキセイインコ・スケルトンは見た目が可愛らしいから例外なのかもしれないが……。
「だって……スケルトンならずっと一緒にいられるでしょ」
ユキを見つめたまま、ミオは呟く。「スケルトンなら失わずに済むかもしれない」と。
(……そっか)
ミオもクロスも不死ではない。状況によってはいつか消えるかもしれない存在だ。
それでも――他の生き物より長い時を生き、大切な者を失っていくことは避けられない。
「……ずっと一緒にいる為に、ユキを大事に育てないとね」
ご機嫌に鳴いているユキを見つめ、クロスは答える。
「スケルトンは骨が剥き出しだからね。もし骨折でもしたら一大事だよ。僕と同じで多分痛覚はないと思うけど、スケルトンを治療出来る人は――」
心当たりはある。だが、連絡が取れない以上、期待を持たせるべきではないだろう。
「……多分、少ないだろうから」
「そうだよね。だったら絶対骨折させないようにしなきゃ。ユキが痛くなくても見てる俺が痛くなるし、もしギルノアーツの獣医でも治せないなら治療出来る医者を探して異世界を旅することになるから」
「そうだね。……気を付けないと」
至って真面目な表情で言うミオに、クロスは優しい声で返事をした。
クロスの視界には一人と一匹が映っていたが、脳裏に映るのは不機嫌そうな表情の少年だった。
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