第七話 宿舎

 修行ができるがその対価として一年の労働を強いげられることを聞いた群衆は騒然しだした。


 「おい、お前はどうする?俺は此処に残るぜ」

 「私は残るわ、絶対仙人様の弟子入りして村中のやつらをぎゃふんっといわせてやるんだから」

 「俺も残ろうかな、実家に戻ったって貧しい生活が待ってるだけだからな」

 「俺様は残るぜ、父上には立派な術師じゅつしになって帰るって約束したからな」

 「でも、若、仕事なんてしたことないでしょ、それに一年もこんな山の中に閉じこもっても大丈夫ですかね?」 


 がやがやと交差する会話のほとんどは残ることを考慮した内容だった。


 「はい、じゃあ此処に残りたい人は俺についてきてね、帰りたい人はさっき入ってきた門から出てね」


 趙さんはそう告げて、独自、山中に向かって歩き出した。少し歩いて、思い出したように李墨達の方を向いて、


 「何してんの? 君らは合格したんだから、ついてきて」


 と呼びかけ、そしてまた李墨達の反応を待たずに歩き出した。李墨達三人はお互いに視線を交換して、急いで彼の後を追いかける。

 

 李墨は振り返り聖に向かって「聖、何してんの、仙人修行で私に勝つんでしょ?」と呼び掛けた。

 

 「お、おう、今行く」 

 

 そう返事した聖が走り出そうとした時、彼より一足先に晧が木箱を鳴らしながら李墨達の後を追いかけた。


 「あ、あいつ?!」と悪態をついて聖も走り出した。


 彼らの動きがきっかけになったのか、さっきまで討論していた者たちも相次いで後を追う。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


趙さんの後を追って山道を少しの間歩くと、目前に現れたのは小さな村の様な所に着いた。竹製の住処らしき建物がずらりと並び、運動場らしき場所も設けてあり、鶏小屋とさらに畑も有った。農家仕事をしている者や、薪を背負っている者、牛と馬などの動物を連れて道を行き来している者もいた。


 趙さんは歩行をやめて、後からついて来た者たちの方に振り返り、両手は交互に衣服の中に入れてポリポリ掻きながら、


 「えーっと、此処が正式に君らがこれから一年間生活する場所になる『竹の里』だ。あの竹の小屋全部が宿舎ね、だいたい三、四人で一つの小屋を使ってね。誰と誰が一緒になるかは自分たちで決めていいし、空いてる所見つければ勝手に住んでいいから、でも明日は正式に登録するから今日中に決めといて、俺はこの三人を鳳来山の本堂に連れてくから、明日の六時に此処で集合な」

 

 と大雑把おおざっぱな説明をして李墨、多米、そして大牛を連れて行こうとする趙さん。大牛がそれを聞いて口を開いた。


 「あの、趙さん、僕は...」


 「おおっとそうだった、お前を此処で一年間学問を習わせろと詩月しずきに言われてたんだ。ああそれと...」


 趙さんはまたな何か思い出したように顔を皆に向けて口を開いた、

 

 「言い忘れてたことが二つほど。まず、宿舎は男女別々な、ここに見えるのは全部男子用、女子用の宿舎に案内するから女子は全員俺についてきてね」


 弟子入り志願者は男性と比べて圧倒的女性が少なかったが、四十人近くの女性たちが人混みから出てきて趙さんの前に集まった。


 「あと、もう一つは、読み書きができる者も全員こっちに来て」


 聖、晧、そして先ほど偉そうな口調で話をしていた少年とその世話役らしき少年が出てきた。高そうなきぬでできた服を着ており、付き人は大きな荷物袋にもつぶくろを背負っていた。一目でお坊ちゃんだとわかる恰好だった。年齢は晧たちよりやや年上に見えた。


 「おお、四人とも子供か、ちょうどいい」趙はそう呟き、試験合格者の李墨達に、


 「君たちは読み書きできるよね?」と、問いかけた。

 

 「はい、私はできます」と李墨。


 「俺は、できねぇ」と多米。


 「君は出来ないのか、じゃあそうだなぁ、君も一年ぐらいはは大牛と一緒に此処で学問を習うといい」


 趙さんは晧たち四人に顔を向けると、


 「君たち四人に任務を与える、大牛とこの..えっと、名前なんだっけ君?」


 「多米っす」

 

 趙さんは多米の名前を聞いてまた四人の方を向いて、 


 「大牛と多米と一緒の宿舎に住んで、空いてる時間に彼らに読み書きを教えてもらう。理想は三人ずつ住んでほしい、大牛と多米を別々にしてね」


 晧と聖が反応する前に「ちょっと待ってください」と言ったのはお坊ちゃんだった。


 「ん?、どうした?」


 聞き返す趙さん。


 お坊ちゃんは礼儀正しく拱手して、


 「小生しょうせい張元ちょうげんと言います、この度は此処での修行を許していただいて、心から感謝申し上げます。ですが宿舎については小さなお願いがありまして、どうか小生と小生の付き人だけで一つの宿舎を使える事を許可していただきたいのです」


 「うーん、そう言われてもなあ」


 「無茶を申しているのは存じております。これはそのお詫びの気持ちです、是非とも受け取ってください」

 

 張元ちょうげんは付き人に眼くばせをした、付き人は慣れた手つきで懐から小さな巾着袋きんちゃくぶくろを取り出した。「ジャラジャラ」と重金属が擦りあう音がしたその巾着袋を趙に渡した。


 趙さんは巾着袋の重みを手中で確かめて 「ふぅん~」と小さく声を漏らし、ニヤリと狡猾そうな笑みを浮かべて袋を懐に入て、


 「そうか、仕方ないな、そこまで誠意を見せてくれたんだ、特別に許可する」


 「有難うございます」と拱手をして礼を述べる張元。


 「じゃあ、君たち四人で一つの宿舎使ってね」


 趙さんはあからさまな賄賂を目前に唖然となっている晧たちにそう告げた。


 「ちょっと待ってくれ!、あんた今のは賄賂じゃねーか」聖が憤慨した口調で反論した。

 

 「うん?だから?」少し不機嫌な顔つきで聞き返す趙さん。


 「だ、だから、それは不正で卑怯なことだろ。それに俺はあんなインチキ野郎と一緒に住みたくねーよ」

 

 そう訴えながら晧を横目で睨む聖。晧もインチキ野郎は自分の事だと悟り憤慨した。


 「こっちだってお前みたいなやつ願い下げだ!」


 「え?なに君たち仲悪いの?、別々にしてもいいけど、『誠意』を見せてくんないと」そう言いながら「スッ」っと掌を出す。賄賂の要求を隠す意図など微塵もなかった。


 「なっ?!金なんてやんねーぞ」憤激ふんげきする聖。


 「あ、そう? はいじゃあ君ら四人で一つの宿舎決定ね、大牛、君が住んでる所があったね、あそこに彼らを案内してあげて」


 そう断言するなり趙さんは李墨の方を見て,


「じゃあ君だけだね今から本堂に行くのは、俺についてきて、女子たちも一緒に来て、女性用宿舎はもうちょっと行った所だから。男性陣はさっき言ったように各々住むところと同居人を決めておくように、そして明朝六時に此処で集合」

 

 「ちょっと待てよ」


 立ち去ろうとする趙さんに食いつく聖。


 趙さんは「はぁ」とため息をついて、不愉快な語気ごきで、


 「君ねぇ、それ以上しつこいと今すぐ帰ってもらうよ」と脅した。


 「グっ」


 脅しが聞いたのか聖はそれ以上食いつこうとしなかった。おとなしくなった聖を置いて、趙さんは李墨と女性たちを連れて去って行った。


 「ははは、バカが怒られてやんの」


 趙さんたちが去ったあと、晧が聖を嘲笑った。

 

 「てーめーっ、やっぱしばく!」


 「もういいだろ二人とも、いい加減いがみ合うのはやめろ。これから一つの屋根の下で住むんだから」


 晧にとびかかろうとする聖を多米が止めに入ってひとまずその場は落ち着いた。そうこうしている間に群衆はそれぞれ話の合うものと三人、または四人で集まり、各々宿舎の方に向かった。張元と彼の付き人もいつの間にか消えていた。


 「ねえ、みんなもう行こうよ。僕についてきて」そう言ったのは大牛だった。


 四人はいがみ合う聖と晧を止める多米を中心に大牛が先頭になって彼らの宿舎に向かった。




 

 

 


 


 



 

 




 






 

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