第五話 出会い 

 宝山市、青州の中では中級都市であり、比較的に栄えていた。この都市は関門がなく、出入りが自由で、外から商売をしに来る者が多く、中規模な都市のわりに珍しい物が出回っている。鉄魚町から仕入れる魚介類は内陸から来た者たちに重宝されて、たまにこの辺りでは見当たらない物と物々交換を持ちかけられることもある。


 そんな中、聖と李墨は物売り通りを観光していた。昨日馬車で一日揺られ、夜に辿り着き、そのまま李家の本家ほんけで一晩泊まった。鳳来山の入門日にゅうもんびは明日からになっていて、一日予定が空いてしまった、なので二人は町を回ることにした。

 

 聖は初めての宝山市に興奮していた、見渡す限りの建物や露店、その露店に並ぶ見たことも聞いたこともない商品、さらにそれらの商品を手に取り値段を値切る客達。そんな光景は聖の好奇心を刺激し、各店舗に並んでいる商品を見て「へー」、「ほーう」と感心した声を漏らす。彼は十三歳と言う年相応のはしゃぎようだった。


 李家はここでは多大な影響力を持つ名家だ、さらに李墨はこの町の生まれで、二年前に引っ越したとはいえ、ちょくちょくこっちには帰っていた。なので別に街の光景は珍しくはなかったが、興奮剤を盛られたような聖を見るのが面白かった。

  

 「ふふ、可愛い奴」と小さく漏らす李墨。


 「え?! なんか言ったか?」李墨の小言に反応する聖。

 

 「ん?別に何も」しらを切る李墨。


 「いいや、なんか言ったよな?!」問い詰める聖。


 返事の代わりに李墨はにっこりと笑顔を見せた。その笑顔を向けられた聖は苛正しくも、心にほんわり温かみを感じて言葉を失う。最後は「フンッ」と吐き捨て諦めた。


 そうこうしているうちにある旗が目に入った、その白い旗には『手紙代書、一文字ひともじ二文にもん』と書かれていた。


 「一文字二文は安いな」


 「ええ、本来なら、一文字五文ぐらいよ」


 一般人は読み書きができず、そのため遠くに住んでいる親せきや、出稼ぎに行っている者に連絡を取る時はこうやって代書してくれる人に頼むのだ。なので手紙代書をしている者は珍しくはないが、一文字二文は安すぎた。ついついその破格な値段に興味を持った二人は一体誰がこんな安いお金で代書しているのか見たくなり旗に近づいて行った。

 

 旗の下には粗雑そざつで小さな机が設けられていた。その机に前のめりしながら字を書いていたのは年頃が聖達と変わらない少年だった。その少年は奇麗な身なりをしていて、いかにも教育を受けたことのある坊ちゃんといった印象を人に与える。傍には依頼をしたらしいがっちりした農家のおばちゃんが手紙の完成を待っていた。


 二人は興味本位に自分と同じ年頃の代書人だいしょにんの手がけている手紙を覗き込んだ。


 「ん?」と手紙に書かれている内容を見て思わず声を出した聖。


 聖の声に反応したように、少年は手紙を早々と折りたたみ、隠すように封筒に入れた。

 

 「はい、終わりましたよ、三十五文字で七十文です。」


 「七十文かぁ、やっぱりお手紙は高いのね」


 依頼主はそう呟きながら、お金を出した。


 「おばちゃん、ちょっと待って」


 お金を渡そうとするおばちゃんを聖は呼び止めた。


 「その手紙、ちょっと見せてくれないか?」


 そう言うなり、聖は少年の手から封筒を奪った。


 「な?! 何するんだよ! 返せよ!!」


 聖は少年の不満を無視して手紙を取り出して改めて内容を読み返す。そして依頼主のおばちゃんに向かって、

 「おばちゃん、息子さんにはなんて伝えようとしたの?」


 二人のやり取りを見ていたおばさんも少し動揺しながら、


 「え?ええっと、弟が最近お嫁さんを貰った事と早く帰ってきてほしいってそう伝えたかったけど、なにか別の事が書いてあるの?」


 「別の事なんて書いてないだろ!ほら早く手紙返せよ!」と少年。


 「ああ、確かに内容的にはそうかもしれないけど、無駄に字が多いんだよ」と手紙を依頼主に見せながら、

 「おばちゃん、この手紙は―」と聖は手紙の内容を読み上げる。


 「你好吗。我们这面非常好。我的二儿子,也就是你的弟弟最近结婚了,希望你能尽早回来」

 (お元気ですか。私たちは元気にしています、私の第二の息子、つまりあなたの弟は最近結婚しました、あなたが早く帰ってくることを願っています)

 

 「―って書かれていて明らかに文字数もじすう稼ぎしてる!そうだろ?!」


 聖は憤慨しながらその手紙を少年に突き付け、


 「大体、なんだよ『私の第二の息子、つまりあなたの弟』って、あからさまにも程があるだろ?!」


 聖に言われたことが図星らしく、悔しそうな顔をして聖を睨み返しながらも、言い逃れができない少年は言葉を失った。手紙の内容を聞いたおばちゃんも少年に向かって、


 「ちょっと、あんたそんな事書いてたの?!ちゃんと書き直してちょうだい、もしまた変に文字数増やしてお金をだまし取ろうとするならただじゃおかないよ」


 おばちゃんは袖をめくりあげ、がっちりした両腕を組み、どしっとした体形で少年の前に立った。その様はまるで金棒を持たない鬼のような風格だった。


 おばちゃんの気迫きはくに臆したのか、少年は、「も、勿論ですよ、ははは」と苦笑いして、すぐさま新しい手紙に取り掛かった。


 「お、終わりましたよ、これでどうです?」


 おばちゃんは渡された手紙を手に取り、


 「あんたたち、またずるしてないか見てくれないかい」と手紙を聖にわたした。


 手紙には、同じ内容をさっきより簡潔に書かれていた。


 「你好吗。我们很好。弟弟结婚了,望早日回来」

 (お元気ですか。こっちは元気です。弟が結婚しました、早く帰ってきてほしい)


 「はい、これで問題はないです」


 「そうかい、それは良かった」


 聖から手紙を受け取り、少年の方にまた険しい顔を向けるおばちゃん。


 「で?今度のこれはいくらだい?」


 「十、十七文字で三十四文です」

 

 少年はしぶしぶそう答えた。


 「半分以下じゃないか、まったく、あんたみたいな年頃からもう悪知恵わるぢえを働かせて人様をだまし取ろうなんて、将来どんなろくでなしになるのか分かったもんじゃないよ」

 

 おばちゃんはお金を取り出しながら、少年に対して雑言ぞうごんを浴びせた。少年は無言でお金を受けとった。


 「それに比べて、あなたはきっと立派な大人になるわね。今回は本当にありがとうね」


 聖にそう言い残し、おばちゃんは去っていた。その後ろ姿が遠くなるやいなや、少年は怪訝な顔を聖達に向け、


 「なんなんだよあんたら!商売の邪魔しやがって、これで俺の評判が悪くなったらどうしてくれんだよ?!」

 

 「はぁ?人だまししてるのはお前自身だろ、それで評判が悪くなっても自業自得だ!」


 「人だまし?伝えたいことをちょっと多めに書いただけじゃねーか、それが何で人だましになるんだよ?!」


 「その分のお金取ってるじゃねーか」


 「あのなぁ、その分のお金を取っても他のとこより安いだろ、ちゃんと計算してみろよ。俺が最初に書いた内容で七十文だ、他の人に頼んだら、二回目に書いた内容でも八十五文はするだろ?!」


 「そう言う事を言ってんじゃねー、お前が変に文字数を増やしてインチキしてるのが悪いって言ってるんだよ!」


 「はあ??なんだそりゃ、文字を増やそうが増やさまいが結果的に他のとこより安いんだからいいじゃねーか」


 「だから!安いとか高とか値段と関係ないんだよ、お前の不正が問題なんだよ! なあ、そうだろ李墨?」

 

 傍で二人の討論を無言で聞いていた李墨は聖の突然の問いかけに戸惑った。


 「え? えっと、そうだね、確かに不正は悪い」と李墨。


 「もういい!! もういいよ、あんたらどっか行ってくれよ。こっちは生活かかってんだよ」

 

 「またインチキする気か?」と聞き返す聖。


 「インチキなんてしねーよ、もういいだろ、帰ってくれよ」


 「この町の李家は知ってるよな?もしお前がインチキしてるとわかったら、その李家が黙っちゃいないぞ? 分かったか」


 聖はこのずる賢い少年がまたインチキまがいなことをしないように李家の名前を出して脅した。李家と聞いた少年は皮肉な表情を浮かべ、


 「なんだよ、いいとこのお嬢さんとお坊ちゃんかよ、暇つぶしで正義の味方ごっこかよ、庶民をいじめていい気なもんだな」


 「おい、言っておくが俺は李家の人間じゃないぞ、漁師の息子だ」


 「ああ??じゃあ、なにか?お前はただの鬱陶しい奴なのか?こっちの事情も知らないで首突っ込んでさ。お前、俺の家に病弱な老人がいて、俺の稼ぎで薬代をまかなえてる事も知らないだろ?」


 「え??母親が病気なのか?」


 少年の家庭事情を知り、罪悪感と同情心が同時に沸き起こり、本能的に、そして反応的にそう口にする聖。

 

 聖を見つめる少年の顔はみるみる「まじかこいつ?!」的な表情になり、同時に疲れた口調で、


 「いねーよ、俺が言いたいのはそういう人の事情も分からないで首を突っ込むなってこと。そもそも、母親が病気って早とちりしすぎだろ?いつ俺が母親が病気って言ったんだ?ただ病弱な老人がいるってだけで、勝手に母親って決めつけんなよ。思い込み激しすぎだろ?それについさっきまでインチキ呼ばわりしてた俺の話をそのまま鵜呑みにするのもおかしいだろ、お前は単純バカか?頭の中はお花畑でいっぱいか?」

 

 「んだとコラァ!」


 「やめなさい、聖」


 単純と悪口を言われて、少年にとっつかみかける聖を李墨が止めた。少年も自分より一回り大きい聖に圧倒されたのか、さっきまでの威勢はなかった。


 「はぁ、もう疲れた、今日は店じまいだ、とんだ疫病神にあったもんだ」


 と机にあった筆と紙をささっとたたみ、足元にある木箱に入れた。その木箱を背負って、空いた両手で『手紙代書、一文字ひともじ二文にもん』の旗を担ぎ、聖に向けて、


 「そこの脳筋のうきん単純バカ、人様の事に首を突っ込むのもたいがいにしろよ」


 と吐き捨て、机を残したままその場を去っていた。


 「お前も今度インチキしてるところ見つけたら覚悟しとけよ」


 聖も去っていく少年に向かって叫んだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 翌朝、朝早くから聖と李墨は宝山市の西に面してる鳳来山に向かっていた。二人は道中、同じ方向に向かう多種多様な恰好をした人々を見かけた。酒が入っているであろうつぼを両手に持っている中年男や、卵が入っているわらの籠をもっていた老婆や、両手に生きたにわとりをつるしている者まで見かけた。聖はみな鳳来山に弟子入するのだろうかとそう内心不思議に思った。聖の考えを察したように李墨が口を開いた。


「みんな多分、鳳来山に参拝しに行ったんだよ」


「参拝?」


「ええ、今日は本当は弟子入りの日じゃなくて鳳来山開放日なの、鳳来山で仙人修行をしている場所は日頃出入り禁止で、年にこの開放日にだけ一般人が入ることができるの、で、みんな仙人様に会えると思って参拝ついでに手土産も持っていくの」


 「じゃあ、俺らも今日は参拝に来たのか」


 「あ、そうじゃなくて、弟子入り願望がある人もこの開放日に入門するから、だんだんとみんなに入門日と呼ばれるようになったの」


 「ふーん、そうか。なあ李墨、仙人修行って何するか知ってる?鉄魚じゃあここはただ働かされるだけって噂は聞いたことあるだろ」


 「うん、でも私も詳しいことは知らないの、父上が行って直に仙人修行経験してみろって言うから、修行内容については何も教えてくれなかったの」


 「そっか、でもまあ、何があろうと仙人修行では絶対お前に負けないからな!」


 「ははは、そうね、砂相撲では十七敗してるもんねぇ~。仙人修行で一回ぐらい勝たせてあげてもいいけど~」


 宝山市に来る前の一か月の間に聖は李墨に挑戦し、自分の連敗記録をさらに高める結果を出した。


 「今度は俺が勝つ!」


 「はいはい、それを聞くのも十七回目。あんたは力任せに動きすぎ、技ってものを全然意識してないんだから、このままじゃあ、あと十年経ってもわたしに勝てないよ」


 「うるせーな、俺には俺流のやり方があるんだよ」


 「父上も言ってたよ、聖は武術を習えばすごく強くなれるのに勿体ないって」


 「お、おい、あの人だまりが目的地じゃないのか?」


 前方には開けた場所に白い塀が横に伸びていた、その塀には人が二人横並びで通れそうな広さの門が設けられており、鉄製の両開き扉がその門を固く塞いでいた。その門の前にがやがやと人たちが集まっていた。どうやら扉が開くのを待っている様子っだった。聖達もその集団に近づいていった。近くまで来た時、会話をしている二人の少年の後ろ姿が見えた、一人は全身つぎはぎだらけの服を着ていて、背丈が隣の少年より頭半分ぐらい高かった。もう片方の少年は小奇麗な身なりと見たことがあるような木箱を背負っていた。


 「ん?」と思わず声に出す聖。


  聖の声に反応したかのように振り向く二人の少年。


 「ああああ!!!」聖と木箱を背負った少年が同時に叫ぶ。


 その少年は昨日街で出会った手紙代書の少年だった、今日はさすがに商売看板替わりの旗は持っていない。


 「お前、昨日の脳筋単純バカ!」


 「この野郎、今度インチキしてたらただじゃ済まさねーって言ったよな?!」

 

 聖はそういうなり少年の胸倉むなぐらを掴んだ。


 「ちょ、やめろよ!」

 「やめなさい聖!」


 隣にいたつぎはぎの少年と李墨が同時に聖に呼びかけ、二人の間に入り、両者を分離させた。


 「大丈夫かこう、あいつなんなんだ、インチキってなんだよ?」


 つぎはぎ少年は晧にそう問いかけた。


 「ああ、大丈夫だ多米おおごめ、気にするな、話せば長くなる。あいつはただのバカだ」

 

 「おい、李墨、分かったから放せよ」分離させた後、暴れる聖を李墨は後ろに回り、慣れた手先で裸絞はだかじめをかけて、聖を制していた。李墨から解放された聖を見て晧は続けた。


 「お前も弟子入りしにきたのかよ脳筋単純バカ」


 「ああ、そうだよ、お前もかよインチキ野郎」


 その時ギィっと音がして、鉄門が開いた。とたん中から人々が流れ出すように出てきた。出てきた人たちは口々に、


 「やっと一年か~、ながかった~」

 「これで帰れるぜ、もう仙人修行なんてまっぴらだ」

 「おい、みろよ、また今年も仙人修行に来た奴らがいるぜ」


 と言いながら足も止めず宝山市の方へ向かって行った。


 二百人前後の人出てきては去り、最後に出てきたのは、大人二人と長身痩躯ちょうしんそうくな少年だった。彼らは去る様子はなく、門の前にいる人々を見渡し、大人二人が左右に分かれて、人々に呼び掛けた。


 一人が、「参拝される方はこっちへどうぞ」と、


 もう一人が「弟子入り志願の人はこっちですよ」と叫んだ。


 こうして、門の前でたむろっていた集団は二手に分かれた、圧倒的に弟子入り志願の方が多い、三百人なくも近い数の人数だった。声を出した男は弟子入り志願集団をそれほど奇麗ではない列にさせて、先頭でみなを率いて門に入った、晧は列の最後の方にならんだ。


 二人と一緒に出てきた少年は最後まで残って、誰も取り残されなかった事を確認して、列の最後尾に加わった。晧は後ろに立つ彼に対し笑顔で会釈をし、その際にごく自然に、そして素早く彼を観察した。彼は長身で顔が整っており、雪のような色白な肌をしいた。第一印象は美形男子だが、その双眸はまるで焦点が泳いでるように精魂がなく、どことなくぼーっとしているように見える、そして何より一番際立つ特徴は彼の左手にあった。その手は親指以外の指がなかった。






 


 

 

 

 



 


 

 

 

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