第5話 マジでヘラる五秒前③

「同じ……能力だと……?」


俺は狼狽えながらも状況を整理しようと試みた。

だが頬を赤く染め、モジモジしながら変な動きをしている姿を見ると考える気が失せる。


「わたしの能力は呪い。さっきのケダモノ達がわたしの元に来たのも、わたし自身に呪いを掛け、誘き寄せたの」


メアリーは微笑みながら語る。

その姿は見た者を魅了させるような振る舞いだが、俺は性格を知っているのでどうにも気分が乗らない。


「あなた…望んでその力を手に入れたわけじゃないのよね?」


メアリーが不意に俺に尋ねた。


「だったらなんだ?」


たしかに、俺はよこせなんて言ってない。

気がついたら既に見えていて、常人とは違う価値観で生きてきた。

ただ霊が見える、それだけの能力だった。

俺は普通の人間と違う視界だったから、理解してもらえなかったり、馬鹿にされたりしたものだ。


「わたしもあなたと同じ思いを抱えて生きてきたわ……人に蔑まれたり、自分を理解してもらえなかったり、シャンプーを使おうと思っても空だったり、本を貸すと指紋がベタベタについて返ってきたりなど……あなたも同じでしょう?」


前半は同じだが後半はただの個人的に嫌なことだな。


「わたしとあなたは同じ……さぁ!ここに婚姻届があります!わたしは既にサインしたので次はあなたの番ですよ!さあさあさあさあ!!」

「待て待て待て。なんでそうなる!?」


本当に勢いが凄い女だ。

だが俺はまだ高校生……結婚は出来ない。

とりあえずそれで切り抜けよう。


「あぁ〜悪いけど、俺まだ結婚出来ない年齢なんだ。俺も本当は君と結婚したいよ!だけど法律がなぁ〜………」


どうだ、さすがのお前も法律という壁には勝てまい。

俺はチラリとメアリーの顔を見てみると……


「法律がなんだというのですか?わたしたちの前にはそんなものは不要、それも含めて一緒に乗り越えていきましょう!」


あっダメだコイツ。

頭まで呪われているのだろうか。


「さすがにそれは……」

「わたしが法になりますわ!」


アウトローか何か?


なかなか諦めないメアリーに俺は呆れながら何かこの場を切り抜ける方法がないかと考えていると、彼女の懐から振動音が鳴った。


「なぁ、何か鳴ってるぞ?」


俺がそういうとメアリーは一瞬、一瞬だったが眉間にシワを寄せ、悲しそうな表情になった。


「ごめんなさい……もう行かないと………」


メアリーはポケットから俺と同じようなスマートフォンを取り出した。


先程までハイテンションで婚姻届を書くよう要求してきた人間とは思えないほどのテンションの低さに、俺はかなりの違和感を感じた。


「…大丈夫か?」


俺は気休めの言葉を彼女に掛けたが、彼女の表情には陰りがあった。

憂鬱そうにも感じ取れる彼女の表情は、あまり思ってはいけないとわかっているが、かなりの絵になった。


「……わたしの力を必要としている人がいるみたい。だからわたしは行かなきゃいけない。………さよなら、愛しい人。また会えたら、今度こそ結婚してもらいますからね?」


そう言って、彼女は俺の元から去っていった。


…なんだこのモヤモヤ感は……?


鬱陶しいと思っていたはずなのに、魚の小骨が喉に突っかかってあるような、そんな気持ちが俺の心の中で渦巻いていた。


「なんでこんなこと考えてんだ?アイツは消えて、万々歳!一人で行動することができるってのに……


どうも気にかかる。


会ってまだ一日くらいしか経っていないのに……なんだこの気持ちは……?


「…いいんですか。放っておいて?」


天使が不意にそんなことを聞いてきた。

天使の考えていることくらい分かる。

だがアイツを追いかけてどうなる?

今度は向こうが俺を好きと勘違いし、面倒なことになるだけだ。

そうだ、いいに決まってる。

俺はアイツが鬱陶しいと思ってたんだ。

だから……


「あの……ちょっといいですか…?」


突然男が俺に声をかけて来た。

見た目は小太りで口髭を生やし、顔にそれなりのシワがあったことから中年にも見える。


そして、壁から首を出してこちらを見ていた。

なんで幽霊という奴らはわざわざ首だけ出すんだ、普通に出てこればいいだろ。


「なんだ、俺に何か用か?」

「いえ、あなたと一緒にいた、あの子の事なんですが……」


男は言いよどむように言葉を詰まらせる。

この幽霊はメアリーを知っているのか。


「あの女の事を知っているのか?」


俺がそう聞くと、男は言おうかどうか迷っているか数秒悩む。


なんだ、言うなら早く言ってくれ。


「実はあの子、人に呪いを掛けてるんだ」


男は観念したように白状した。


「人に呪いを……?なんで?」

「俺はロイっていうんだが、見ての通り暇でな、毎日いろんな人の日常を見ているんだ。あの子もそのうちの一人だった。俺はあの子…メアリーと言ったか、彼女が人に呪いを掛けている所を見てしまった」


ロイは複雑そうに言う。


「あの子は、親が残した借金を返す為に暗い噂のある組織に自分の力を貸して闇の仕事をしていたんだよ」


なるほどな……アイツは能力者で、借金があって、闇の組織に利用されていたのか。


「俺は幽霊だから、あの子になにもしてやれない。ただ見る事しか出来ない。でも、君は違うだろ?」


ロイは俺にそう言って来た。


俺にどうしろというんだ?

俺は霊能力以外に隠された力なんか無い。

ただの霊が見える人間だ。


「悪いけど、俺はただの一般人だよ。勇者の血脈でも、神から授けられた武器も無い」

「あるじゃないか!君の、君だけの力が!」


ロイは俺を説得するように言う。


やめてくれ。

なんでどの幽霊も俺を放っておいてくれないんだ。

うんざりだ、何もかも。


「ミエイさん。さっき言ったこと、覚えてますか?」


天使が俺に言ってくる。

俺がこれからやろうとしていることを見透かすように、見通すかのように。


「頼む!君しかいないんだ!俺達の声を聞いてくれるのは!あの子を救ってやれるのは!どうかこの通り……!」


ロイは地面に頭を擦り付けて土下座をした。

幽霊なので地面に擦り付けても透けて顔がめり込んでいるが。


ああ、面倒くさい。

本当に面倒くさい。


だが……コイツの願いを断って祟られるのはごめんだからな、仕方がない。


ああ、やってやるよ。


「お前に少し頼みがある」


俺はロイにある頼み事をした。











****************************************










薄暗い倉庫の中で、黒服の男達が一人の少女を囲っていた。

見るからにただの集会では無いことが分かる。


少女は陰鬱そうに彼等を見据えると彼女が先に口を開いた。


「次の仕事はなに?」


少女メアリーがそういうと黒服の男の一人がスマートフォンの画面を見せた。


「この男を始末してもらいたい。名はダイアン・ディノーリ。ディノーリ商会の社長で我々の提案を拒んだ。我々に逆らえばどうなるか見せしめにせねばならん」

「…この人はなにをしたの?」


彼女の表情はさらに陰った。


「お前は知る必要なぞ無いが……まぁいいだろう。ソイツは我々が売るよう言った商品を売らず、法に頼ろうとしている。派手にやってもらって構わない。二度と逆らえないようにな」


黒服の男が冷淡にいうと、メアリーはゆっくりと顔を俯かせ、ポツリと一言呟いた。


「もう……こんな仕事辞めさせてよッ……!もう人を呪うのは嫌なの!普通に働いて、普通にご飯を食べて、普通の恋をしたいの!!」


ポツリと呟いた言葉は次第に強くなり叫びへと変わる。


「人を何人も呪っておいて今さらなにを言っている?それにお前の借金はまだたんまりと残っているんだぞ?その力は、我々の為に使い続けろ」


黒服の男は彼女の願いを残酷に聞き入れなかった。

倉庫の中の灯りがチカチカと光ったり消えたりと繰り返していた。


「もう嫌だ……やっと好きな人が出来たのに……」


また自分は人を習い続けるのかと諦め掛けたその時、倉庫の中の灯りがフッと消えた。


「…なんだ?なぜ灯りが………」


光が消え、疑問に思った黒服達は辺りを警戒する。


「それに寒気が……」


黒服の一人が急激な寒気を感じた。

季節は寒くも暑くも無い春だ、だから急に寒くなることなど普通はありえない。


「誰だ!?そこにいるのは!?」


黒服の一人がメアリーと自分達以外に一人いることに気づく。

そこにいたのはボロボロの赤茶色の布を深々と被る正体不明の人間。

その容姿がさらに男達を不気味にさせた。


「貴様一体どうやってここが…!?」


黒服は疑問をぶつけたがフードを被った男は答えず、その場から動くことも無かった。


「見られたからには生かしてはおかない。ここで死んでもらう!」


黒服の一人がフード男に殺すべく、右足を踏み出そうとした。


だが、足が動かない。

何かに掴まれているような気がした。

なにか、冷たい手が黒服の足をきつく掴んでいるような……


「ア…ギィィィィィィィィィ!!!」

「うわァァァァァァァァァァァァ!?」


薄汚れた白い服を来た長髪の女が、彼の足を掴んでいた。


黒服は半狂乱で地面をジタバタと動き回る。


「おい!どうした!?」


異変に気づいた他の黒服が発狂している男に近寄る。


「おいしっかりしろ!いきなり何が……」

「お、お前……」


発狂している黒服は急に落ち着きを取り戻し、駆け寄った黒服の肩に人差し指で


「肩…」

「肩がどうした?」

「肩に…乗ってる手はなんだ……?」


正気を保っていた男は恐る恐る肩を見た。

錆びた機械のようにギチギチとゆっくりと肩を見た。


肩には、皮膚や髪が崩れ落ち、目玉が無い男の姿があった。


「ディ…アアアアアア……!」

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


他の黒服も大人げの無い奇声を上げながら転げ回った。


「ビャアアアアアアアアアアアアアアアア!?なんで俺の腹に人間の首がァァァァァァァァァァァァ!?」

「ば化け物ォォォォォォ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


他にも黒服の男達は正気を失い、周りは混沌の釜鍋と化していた。


「なんだ…?なんなんだ一体…!?」


全員が発狂する中、ただ一人自体を受け入れられない正気を保った最後の黒服は当たりを見回す。


彼の目の前には、フードを被った男が立っていた。


「お、お前は一体なんなんだ…!?」


黒服は問い掛けるがフードの男は何も喋らない。ただ代わりに、右手を彼の目の前に突き出す。


「お前、あの女の子に借金を返させてるんだって?」

「アイツはすでに返済を終了させてる!俺達はそれを知らせずに利用してただけだよ!もう許してくれ!!」


黒服は目と鼻から水を垂らし、恐怖に顔を歪ませている。


「二度とあの女の子と関わるな。もし関わったら……」

「か、関わったら…?」


そう言った瞬間、男の右腕から大量の亡者の顔が映し出された。


「お前の魂を喰ってやろうかなァァァァ!!!」

「ヒ……ヒィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


黒服達はその瞬間気を失った。









**************************************










まぁ、こんな感じか。


俺は泡を吹いてピクピク痙攣している黒服の男達を見下ろしながら一呼吸置いた。


俺はなぜか急激に霊視の他に能力が使えるようになった。

霊視の解像度設定、シェア、そして新たに開花した能力……


それは霊障だ。


幽霊を人間に干渉させ、害を及ぼす能力。

過剰に使い過ぎれば、病気や死などの良くない物を引き起こす。


これは今までで一番強力で危険な力かもしれない。

使うなら慎重に使わなければ………


「人を驚かせるってこんなに最高だったんだなぁ!」

「あ、あたし、自分の髪に自信が無かったけどこれを機にもっともっと髪を伸ばそうかしら…!」

「なぁ見たかよアイツらの顔!ありゃあ傑作だったぜェ!」


やり終えた幽霊達は皆満足そうに話す。

これが原因で幽霊騒動が増えなければいいのだが。


「あ、あの………」


メアリーがおずおずと前に出てきた。


ほったらかしにしてしまったからか、何が起きたのか理解できなかったのか。

だとしたら少しかわいそうなことをしたかもしれんな。


「なんで助けてくれたの…?あなたわたしのことあんなに煙たがってたのに……」


自覚があるのならあんな誘い方はしないでほしい。

ムードというものがあるだろうが。


「まぁ、放っておこうとも思ったけど…俺の見える幽霊の一人がお前を助けてほしいっていうものだから仕方なく、だ。断じて俺から助けに行こうと言ったわけではない」


俺は念を押すように言った。


「もしかしたらお父さんがわたしのことをあなたに伝えたのかも……」


残念だが、お前を助けて欲しいって言ったのは見ず知らずのおっさん……


「良かった…!良かった……メアリー…!」


ううん?


「お前に借金を残して死んじまってすまない…!俺がもっとしっかりしてれば……!」


ううん……?


「ありがとうな、君!君のおかげで娘は借金地獄から解放された。もう思い残すことはない……」


そうか。

ロイはメアリーの父親だったのか。

だからこの男は彼女を過剰に心配し、霊の見える俺に頼み込んできた。


俺が考え事をしていると、彼の身体が薄くなっていた。

周りには穏やかな光で満たされ、彼の表情も朗らかになっていた。


幽霊が成仏する瞬間は何回か見たことがあるが、皆とても満足そうな表情をしながら天へと召されていった。

コイツも長年の未練が解消され、満足したのだろう。


「これからも、娘の事をよろしく頼む……」


そう言って、ロイは完全に消えた。


まったく、娘を助けさせただけじゃなく任せるとは………


「良かったな。晴れて借金は無くなったぞ」


俺はそう言って、倉庫から出ていった。


「惚れた……完全に惚れたわ………」


彼女が危険な瞳を俺に向けていたことはまったく知らなかった。


知らなかったんだ………彼女の執念深さを。


「開けてくださいよぉ〜〜〜何もしませんから〜〜〜ただあなたとわたしでチルドレンを作ってキセイジジツを作るだけですから〜〜〜〜!」


ドアノブをガチャガチャと回しながらメアリーは一日中ずっと俺の部屋の前にいた。





人助けなんて、自分からするものじゃない、つくづくそう思う。



俺は少しの自己満足と大いなる後悔を抱きながら、布団の中へと潜り続けた。

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