オルゴンリザード討伐作戦

 深き森の中、俺はパワードスーツを身にまとい、一人静かに佇んでいた。

 森の木々は天に向かって高く伸び、空を枝や葉で完全に覆っている。それゆえ太陽光は遮られているが、一部の植物が不思議と光を放っているので森の中は意外と暗くはない。しかもパワードスーツの効果で俺の視覚は強化されているから、周囲の様子はよく分かった。

 張りつめた空気の中、俺は辺りに気を配った。

 何かの鳴き声がけたたましく響き、俺は慌ててその方角に目をやった。だが、その何かは確認できない。姿が見えないことにじんわりとした恐怖を感じて、俺は唾を飲み込む。

 今度は視界の片隅で何かが動いた気がして振り向いた。鹿のような生き物がゆっくりと歩いているだけだった。俺と目が合ったその生き物は音もなく駆け出し、森の奥へと姿を消した。

 今度も違った。

 俺はじりじりと精神が削られて行くのを感じた。

 討伐対象、オルゴンリザード。

 20メートルもの大きさを持ち、人をも丸呑みにするという巨大トカゲ。

 そのクリーチャーが現れるのを、俺はこうして待ち続けている。

 いったいいつになったら現れるのか。

 今か今かと待っているほうが疲れてしまう。

 いっそのこと早く現れて欲しい。

 早く、終わらせて欲しい。

 その願いが通じたのだろうか。

 ヤツがとうとう、現れた。

 薄暗い森の中で、オルゴナイトの光が揺らめく。

 大きな丸い目が俺を捉える。

 やがてその全容が俺の前に姿を現した。

 オルゴンリザードを前にした俺の感想は、至ってシンプルなものだった。

 大きい——、だ。

 しかしそれは自然の摂理を表した一言でもある。

 大きいものが、より小さいものを食う。

 それが一般的な自然界の構図だ。

 つまり「大きい」という感想は、自分が食われる側だと認識したということに他ならなかった。

 その日、人類は思い出した。

 トカゲに支配されていた恐怖を……。

「って、パロっている場合じゃねえ!」

 俺はオルゴンリザードに背を向けて走り始めた。

 つまり、逃げた。

 すると、オルゴンリザードはものすごい勢いで俺を追いかけて来た。

 どうやら向こうも俺を捕食対象として認めたらしい。

 予想以上の速さに俺はスピードを上げる。

 ここで追いつかれるわけにはいかない。

 一度木の根に足を引っ掛けて転びそうになったが、片手をついて飛び跳ね、宙を舞い、着地してそのまま走り続けた。

 制御システム様々だ。

 パワードスーツを使えば映画顔負けのアクションが俺にもできる。

 だが俺に課せられた使命は、そんなかっこいいものじゃなかった。

 走り続けること数秒、俺は目標地点に到達した。

 そして、盛大にこけた。

 上半身を起こして振り返ると、オルゴンリザードはもうすぐそこだった。

 南無三!

 俺は心の中でそう叫び、目をつむった。

 次の瞬間、オルゴンリザードが俺の頭にかぶりついた。

 俺はそのまま持ち上げられ、ぶらぶらと体を揺すられる。

 もう何も怖くない!

 いや、ウソ。めっちゃ怖い!

 俺は少しずつ飲み込まれていき、今や上半身がすっぽりと覆われてしまった。

 口の中の感触が伝わって来てゾッとする。

 おいおい、このままじゃ完全に飲み込まれちまうぞ。

 何をしているんですか、テッサさん?

 テッサさーん!?

 と思ったその時だった。

 ブゥンというレイアームズの独特な音と肉の焼き切れる音が聞こえた。

 それと同時に、俺はオルゴンリザードの頭ごと地面に落ちる。

「ぐえ!」

 と言ってもパワードスーツを着ているので大したダメージじゃない。

 その衝撃で事が済んだのだと判断した俺は、オルゴンリザードの口内から自力で脱出した。

 どうなったのかを確認すると、オルゴンリザードの首が切断されて頭と胴体が離ればなれになっていた。

 まさに一刀両断。

 オルゴンリザードは一瞬で、完全に、息絶えたようだった。

「遅かったじゃないか……」

 俺は近くに立っていたテッサに言った。

 彼女の手には光り輝くレイアームズが握られていた。

「トカゲの口の中という貴重な体験をなるべく長くさせてあげようと思ってね」とテッサは軽口を叩いた。「で、どうだった?」

「最高だよ。食に対する考え方が変わりそうだ」

 俺は頭についたオルゴンリザードの唾液を手で拭いながら言った。

 パワードスーツ越しとは言え、その感触は気持ちが悪かった。

 と言うわけでネタばらし。

 俺がすることになった大役とは、オルゴンリザードのエサだった。

 作戦の全容はこうだ。

 危険を察知されることなくオルゴンリザードを一撃でしとめるには、油断している隙を突くのがよい。

 その隙としてテッサが考えたのが食事中だった。

 食事に夢中になっている時、生き物は油断する。

 それで俺がオルゴンリザードのエサとして大抜擢されることになった。

 テッサが頑丈なパワードスーツを選んだのは、俺が食われても平気なように。

 パワードスーツにオドを流し込んだのは、オルゴンリザードがオドを好むから。

 こうして活きのいいエサになった俺は、木の上に潜んでいるテッサの場所までオルゴンリザードをおびき寄せ、わざと食われる。

 あとは食事に夢中になっているところにテッサが木の上から飛び降り、レイアームズで首を一刀両断。

 オルゴンリザードは危険を察知する暇もなく、体の宝石はその輝きを保ったまま、一瞬で事切れる

 これがテッサの考えた作戦だった。

「まったく、なんつう作戦だよ。パワードスーツに大喜びしていた俺の気持ちを返せ」

「でもうまく行ったでしょう?」

「まあな……」

 テッサのドヤ顔を見ると悔しい気持ちになるが、確かにその通りだった。

 オルゴンリザード、討伐完了だ。

「しかしかなりの大物が獲れたわね。オルゴナイトもかなりの蓄えがあるみたいだし、一気に数千万の報酬が貰えるかもしれないわ」

「マジで? そんな貰えんの!?」

「だから言ったでしょう、手っ取り早く稼げるって」

「いきなり報酬金額のインフレが起きているんだけど、今後の展開は大丈夫か?」

「そんなものないわよ。私はスペースランナーをやめちゃうもん」

「ああ、そういえばそうだった……。ってことはあれか。残り少ない話数で借金返済エンドにするために、報酬金額に調整が入ったのか」

「それいいわね。じゃあ借金返済エンドの流れに乗っかって、もうひと狩り行くわよ!」

「えっ? もう一回やるの? 同じ事を?」

「そりゃそうでしょう」

「お前なあ……。食われるほうの身にもなってくれよ。絶望感はんぱねえぞ」

「でもそれだけで数千万もの報酬が貰えるのよ? それくらい我慢しなさいよ」

「じゃあ役割交代しようぜ。お前エサな!」

「ふっ……」テッサは嘲笑してから言った。「タツルがオルゴンリザードを一撃でしとめられるのなら私がエサをやってもよかったんだけどねぇ〜。いやあ、残念」

「くっ……!」

 俺は言い返したかったが何も思い浮かばず、結局エサ役になるしかないと悟った。

 悔しいので、せめて捨て台詞を吐いてから持ち場に向かうことにする。

「覚えていろよ。次はテッサがエサ役になれるように一撃必殺の技を身につけておくからな! オルゴンリザードの口の中に入れる日を楽しみにしておけ!」

「はいはい、期待して待っているわ。そんな日は来ないでしょうけどね!」

 しかしその日は、予想よりもずっと早く訪れた。

 テッサの背後に巨大な何かがドスンッと降って来た。

 突然のことにテッサは振り返りながら「ふぇ?」と間抜けな声を発した。

 彼女の振り返った先にいたのはオルゴンリザードだった。

 そしてそいつは迷う事なくテッサの頭にかぶりついた。

 パクリッ。

 テッサ待望、オルゴンリザード口内体験会が始まった。

「く、食われたー!?」

 オルゴンリザードが突然降って来たうえにテッサが食べられたことで、俺は大いに慌てた。

 ヤ、ヤバイ。急いで助けないと! でもどうする? エサ役だったから武器なんてひとつも持っていない。パワードスーツのおかげで素手でもそれなりに威力はあるだろうが、こんな大きいやつに通用するとは思えない。そうだ、テッサのレイアームズを使おう! テッサは食われた拍子にレイアームズを落としている。あれを拾って攻撃すればダメージを与えられるはずだ。ってダメだ! あれはオドを流し込んで使うって言っていたじゃないか! 俺じゃあ使えない! こんなことを忘れるなんてパニクっているぞ! とにかくこのままじゃテッサが飲み込まれるのを待つだけだ。一か八かよくある弱点、目玉にパンチでもお見舞いしてみるか!?

 とにかく、やってみるしかない。

「くっ……、くっそおおおおおお!!」

 俺は半ばヤケになりながら、オルゴンリザードに突進した。

 その時だった。

 俺の横を閃光が駆け抜けて行った。

 閃光は一瞬にしてオルゴンリザードのもとに辿り着き、やつの首を通過する。

 ブゥンという音。

 肉の焼き切れる音。

 テッサを丸呑みにしようとしていた頭が胴体から離れ、地面に落ちる。

 それは、俺の時もこんな感じだったのだろうと想像ができる光景だった。

 閃光の正体はレイアームズ。

 それを操っていたのは女の子だった。

「あはっ。なんとか間に合ったみたいですね」

 女の子の言う通りテッサは無事なようだった。

 テッサはもぞもぞと体を動かし、自力でオルゴンリザードの口から頭を引き抜いた。

 唾液まみれになって不快そうな顔をしていたが、やがて女の子の存在に気がつき驚いた表情で言う。

「エ、エリーユ? どうしてここに?」

「やっと会えました、テッサちゃん!」

 女の子は天真爛漫な笑顔でそう言うと、唾液など気にすることなくテッサに抱きついた。

 どうやら二人は、お友達のようだった。

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