3章

終わってしまうその前に

 病室。

 そのベッドの傍ら。

 俺たちは暗い顔をして彼を見つめていた。

「ロージさん……」

 俺はベッドで眠っている彼の名前を呟いた。

 その声は当然彼に届かず、虚しく静寂に飲み込まれる。

 彼の眠りは深い。

 もう目覚めることはないと思ってしまうほど……。

「どうして……。どうして、こんなことに……」

 隣にいるテッサが顔を覆って言った。

 自分の親がこんな状態になってしまったのだ。

 彼女の気持ちは計り知れない。

「テッサ……」

 だから俺は彼女の肩に手を置いて、言ってやった。

「お前のせいでこうなったわけだが、そのセリフはどんな気持ちで吐いているんだ?」

 俺の一言で妙な雰囲気の茶番は終了した。

 テッサがムッとした表情になる。

「あのねえ。せっかくシリアスな雰囲気で始められたのにぶち壊さないでよね。タツルにはムードってものがないわけ?」

「今までの文脈からしてシリアスなシーンなんて無理だろ! なんで目指しちゃったんだよ!」

「深刻な表情で被害者面をしていれば、少しは責任が回避できるかと思って……」

「ひでえ理由だった!」

 はい、と言うわけで前回の続きです。

 テッサが10億エンスの借金をしていると聞いて倒れてしまったロージさん。そのあと彼は、俺たちが今いるこの病院に救急搬送された。検査をした医者によると、ロージさんは強い精神的ショックから心を守るために気絶したらしく、肉体的な異常は見当たらないことからそのうち勝手に目覚めるだろう、とのこと。ただし、それがいつになるのかは分からない。それで今現在も、ロージさんは病院のベッドで静かに眠り続けているのだった。

 ちなみに今は、ロージさんが倒れた日の翌日の朝

 俺とテッサが見舞いにやって来て、この病室のシーンというわけだった。

「言っておくけど、ガチャのために10億エンスの借金とか情状酌量の余地はまったくないからな」

 責任を回避するつもりのテッサに俺は言ってやった。

「う、うるさいわね。魔王を倒せば済む話だったのに予定が狂っちゃったんだから、しょうがないじゃない」

「まだそんなことを……。今にして思えば、手段も目的もすべてがめちゃくちゃだったな……」

 俺は独り言のように心情を吐露した。

 手っ取り早く金儲けをするために魔王討伐をしようとし、そのための準備として10億エンスの借金をしたテッサ。それで実際に魔王が討伐できるのならよかったんだがそんなうまい話があるわけがなく、今は10億エンスの借金だけが残っている。これで金儲けの理由が、病気の弟に手術を受けさせるためだとか、自分が育った孤児院を閉鎖の危機から救うためだとか、そういうのだったら救いがあったのだが……。

 テッサの金儲けの理由は、ガチャを引くためだった。

 小さいうえに欲望丸出しでさすがにどん引きだ。

 そりゃあロージさんも倒れるわ。

「はぁ……」

 俺は何度目かも分からないため息をついた。

 だが、過去の話ばかりしていても仕方がない。前に進むために後ろを見直すのならいざ知らず、嘆くばかりでは何にもならない。

 俺はため息と一緒に後ろ向きの感情を押し流し、未来に向けた建設的な話をすることにした。

「で、テッサはこれからどうするんだ?」

「学校に戻ることになると思うけど、とりあえずパパが目覚めるまではこの星にいるわ。こんな状態で置いて行くわけにもいかないし」

「……」その言葉を聞いて俺はテッサをじっと見つめた。

「何よその目は。何か変なこと言った?」

「昨日も思ったけど、テッサってロージさんのことをパパって呼ぶんだな」

「それが何?」

「解釈違いなんだけど」

「は?」

「いやなんて言うか、もうちょっとギャルっぽいキャラがパパ呼びするならいいんだけど、テッサって見た目は清楚な美少女じゃん。しかも性格的には、多少ツンデレが入っていて気難しい感じの口が悪いキャラ。そんなキャラがだよ? 例えば何かの拍子にパパ呼びしちゃって恥ずかしがるみたいなのならいいんだけど、普段から恥ずかしげもなくパパ呼びっていうのはちょっとねえ……。そのへんちゃんと考えてキャラに合った言動をしてくれないと。そうだなあ、テッサのキャラならやっぱり『お父さん』あたりが妥当なんじゃないかな? 読者もきっとそう思っている」

「いったい何目線なのよ……。それに呼び方なんて私の勝手でしょう?」

「おまっ……!」俺は焦りと驚きを込めて言った。「キャラの解釈違いは戦争にも発展するんだぞ!? あまりに酷いとそれが原因で公式が炎上したりするんだから、ちゃんとしなくちゃダメでしょうが!!」

「何それ怖い……。でも、それじゃあ何? 私たちはみんなが思うキャラ通りの言動を永遠にしなくちゃいけないわけ? それこそおかしいじゃない。キャラって言うのは過去の言動から判断して貼ったレッテルでしかないのよ? もしもその人がキャラじゃないことをしたのなら、レッテルのほうを変えなさいよ」

「テッサがまともなことを言っている……。解釈違いだ……」

「もともと私はまともだけど?」

「自分のことをまともだと言い張るのは解釈通りだ」

「……どうやらタツルは死にたいらしいわね。自害するなら解釈してあげるわよ?」

「切腹のやつを言っているのなら介錯違いだ!」

 分かりにくい言葉遊びをするなよ。

 いろんな意味で怖いだろうが。

「でも、確かにテッサの言う通りだな」俺はしみじみと頷いて言った。「俺はキャラに捕われすぎていたみたいだ。ついこのあいだ固定観念が崩れるのを経験したと言うのに、また同じような過ちを犯すところだったよ」

 異世界転移してこの世界にやって来た俺。しかし、異世界もの=ファンタジーのテンプレ通りだと思っていたらこの世界はSFだった。それと同じようにキャラからの逸脱はいくらでもあり得るのだ。他者は自分の思い通りにはならない。それを受け入れられるかどうかは別問題だろうけれど、少なくともキャラの通りに動けと縛り付けるのはお門違いだろう。

「どうやら分かってくれたようね」

「ああ。テッサのパパ呼びは俺からしたら解釈違いだけど、その呼び方をやめろとは言わない。テッサの自由に呼んでくれ」

「言われなくても最初からそのつもりだけど」

「なんなら俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれてもいいぜ。解釈違いだけど、テッサがそう呼びたいのなら俺は止めないよ」

「は……?」

「そんな嫌そうな顔をするなよ。照れるじゃないか」

 ほっぺたを思いっきりつねられた。

 いひゃい……。

「話を戻すけど」俺は痛めつけられた頬をさすりながら言った。「学校に戻るってことは、テッサはスペースランナーをやめるんだよな。じゃあやっぱり、俺はまた就職先を探さなくちゃいけないのか……」

「なんならタツルが私のクランを継いでもいいのよ?」

「え? テッサに代わって俺が『グランオール』のリーダーに……?」

「そう。そしたらタツルは一国一城の主。男らしく一旗揚げられるわよ」

「おお……。って騙されないぞ! テッサの借金はクラン名義だろ! クランと一緒に借金も継がせる気だな!」

「ちぇ、知らないと思ったのに……」

「お前は俺を地獄に落としたいのか?」

「まあそれは冗談として、もう一つ現実的な提案があるわ」

「ほう。それは?」

「私がスペースランナーでいられる今のうちに、依頼をこなしてお金を稼いでおくのよ」

「なるほど、確かにお金があれば安心だ。でもいいのか? 俺としてはテッサが協力してくれるのは大助かりだけど」

「そこはほら、私だって少しは借金を返しておきたいしね。それに、このままだとパパの入院費が払えなさそうだし……」

「へ?」俺は首をかしげた。「借りたぶんのお金が残っているから、むしろ余裕があるって言ってなかったっけ?」

「そんなもの、昨日のガチャで使い切っちゃったわよ」

「ひぃあ!?」思わず変な声が出た。「き、昨日のガチャって、推しを引こうとして爆死したあのガチャ!?」

「フッ……。推しのために全力を尽くしたのだから、後悔はないわ……」

「清々しい顔で何言ってんの!?」

 マジでいくら使ったんだよ。

 しかもそれで爆死とか、どんだけ不運なんだよ。

 ピックアップ仕事しろ。

「ってちょっと待て。それじゃあ俺たちの宿代とかももうないってことか?」

「そうよ。だから何としても、今日中に依頼をこなさなくちゃいけないわ!」

「なんてこったい!」

 俺は頭を抱えた。

 しかしテッサはむしろ自信満々だった。

「ふふん。安心しなさいタツル。こういう時のために、手っ取り早く高額報酬が貰える依頼を事前に見つけておいたわ!」

「おお、そんなものが! ……でも難易度がお高いんでしょう?」

「それが何と、今なら大変お得な難易度となっております!」

「ええ!? そんなに簡単でいいんですか?」

「はい、決して損はさせません!」

「こんなチャンスは滅多にありません。さあ、今すぐ依頼に向かいましょう!」

 気がつくと途中からショッピングな茶番になっていた。

 それが終わったところで俺は冷静に訊ねる。

「で、本当に大丈夫なの、その依頼」

「急に冷めないでよ。恥ずかしくなってくるじゃない」

 テッサの顔が少し赤く染まった。

 ノリノリでやっていたくせにあとから恥ずかしがるの、ちょっと可愛いな。

 照れ隠しの咳払いをしてから、テッサは話を続けた。

「まあ、高額報酬なだけあって確かに難易度は高いわね。でもそれは凡人の場合。オド使いの私からしたら難易度はぐっと下がるわ。しかもね、依頼のための素晴らしい作戦もすでに考えてあるのよ。だから今回ばかりは絶対にうまく行くわ!」

「本当かよ……」

「私に任せなさい」

 自信満々に言う姿は失敗フラグにしか見えない。

 しかし、テッサの戦闘力は確かに本物だ。

 それに対し、俺は口出ししかできない無能。

 俺はテッサを信じて進むことにした。

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