チートガチャと物欲センサー

 と言うわけで俺とテッサはショップに行き、さっそく情報端末を購入した。

「ありがとうございましたー」と店員に見送られながらショップを出て、今は休憩にとカフェでお茶をしている。

「これがスマートノートか」

 情報端末を眺めながら俺は言った。

 俺が買ってもらったのはスマートノートという携帯情報端末だ。ぶっちゃけ、名称が少し違うだけでどう見てもスマートフォン。機能や技術はもちろん進歩しているが、基本的な操作感も同じなようだった。

 世界が違っていてもこの形に辿り着くとは。

 これも収斂進化というやつなのか。

 まあ、そんなことを言ったらこの街が中世ヨーロッパ風なのもおかしな話だ。同じ世界の中でさえ国や地域によって街並は違うのに、完全に無関係な歴史を辿って来たはずの異世界でどうして似たような建築様式が使われているんだよ。

 まあ、そういうところに疑問を持ったら世界が崩壊するか俺の頭がおかしくなりそうなので、深くは考えないでおこうね。

 ともかくだ。

 似ているおかげで使い方が分かるのはありがたい。

「どう、使いこなせそう?」

 だからテッサにそう訊ねられた時も俺は意気揚々と答えた。

「まあ大丈夫だろ。似たようなものなら扱ったことがあるしな」

「ふーん。だったらランナーズにアクセスして依頼を検索してみなさいよ」

「よし来た! ……と言いたいところだが、一つだけ問題があったわ」

「何?」

「文字が読めねえ」

 ブラウザを起動するところまではなんとかなった。

 しかし画面に表示された文字列を見て行き詰まった。

 そう言えば俺、この世界の文字読めないじゃん。

 これじゃあ依頼の検索、できないじゃん。

「え? あんたユニオン語が読めないの?」

「残念ながら……」

「他に読み書きができる言語は?」

「日本語ならできるぞ」

「どこの言語よそれ。言語設定を変えればいいと思ったけれど、マイナーすぎるせいか対応してないじゃない」

「だろうね!」

「と言うことはタツルって、依頼探しすらできない……?」

「お、おっと? つまり何が言いたいのかな……?」

「べ、別にあんたのこと、役立たずだなんて思ってないんだからね!」

「ツンデレ風にディスるのはやめろぉ!」

 恥ずかしそうに言うから一瞬かわいいと思っちまったじゃねえか。

「でも真面目な話、読み書きはできたほうがいいわよ。今からでも勉強しておいたほうがいいんじゃない?」

「そりゃまあ、そうだろうな。でも勉強なんてどうしたら……」

「私にいい考えがあるわ」

「その言い方は悪い予感しかないが、言ってみろ」

「ソシャゲをしたらいいんじゃないかしら?」

「は? なぜに?」

 話を飲み込めない俺にテッサは説明を続けた。

「タツルは話したり聞いたりは出来るんだから、あとは音声と文字を対応させるだけでしょう? だったらソシャゲでボイス付きの文章を読んでいれば、その対応が分かって読めるようになるんじゃない?」

「ああ、なるほど。一理あるような……?」

「そりゃもうありまくりよ。と言うわけでタツルもソシャゲをやりなさい。ちなみに私のオススメは『スターライトファンタジー』よ。このソシャゲは美麗グラフィックと個性豊かなキャラクターたちによって紡がれる重厚なストーリーが人気の作品でね、なんと全銀河で1000億ダウンロードもされているの。しかも今なら最大200連ガチャ無料! これは今すぐ始めるしかない!」

「さてはお前……、そのソシャゲを布教したいだけだな?」

「べ、別に招待特典が欲しいだなんて思ってないんだからね!」

「本音はそっちか!」

「招待メールを送ったから登録しておいてよね!」

「強引に来たな……」

 しかし、実際のところゲームを通じて勉強するのは悪くないかもしれない。

 外国人の恋人ができると語学が上達するという話を聞いたことがある。恋人のことを理解したい、コミュニケーションを取りたいという気持ちが上達を促すのだとか。それと似たようなことがゲームで起きても不思議ではないだろう。ゲームをより楽しみたいから、ゲームの文章を理解したくなる。すると自然に読み書きの勉強をするようになり、身に付くようになる。

 まあ、実際の効果がどうなのかは知らないが……。

 少なくともゲームは楽しめるんだし、まったくの無駄にはならないだろう。

「まあ、別にやるぶんには構わないか。暇つぶしにもなりそうだし」俺はテッサに言った。「で、どうすりゃ始められるんだ?」

「そうこなくっちゃ」

 テッサの助けを借りて俺はソーシャルゲーム『スターライトファンタジー』をインストールした。アプリを起動してさっそくゲームを始める。まずは各種設定。続いてチュートリアル。もちろん文字は分からないが、テッサの助言のおかげでスムーズに進むことができた。

「なるほどなあ」チュートリアルが終わったところで俺は一息ついて言った。「ファンタジーな世界観のRPGか。たくさんの人がやっているだけあって結構面白そうだな」

「そうでしょう? でもねタツル。チュートリアルが終わったらやることがあるわよ。とっても重要なことがね」

「ほう、それはいったい?」

「ガチャよ!」

「まあそんなことだろうと思ったよ」俺は冷めた態度で言った。

「反応が薄いわね。いい? 最初の10連は特別に無料なのよ? しかもここで何を引くかで序盤の難易度が全然変わって来るんだから、最高レアであるSSRをしっかり引かなくちゃダメよ!」

「おいおい。まさかリセマラでもしろって言うのか?」

「その通り! と凡人なら言うところだけどその必要はないわ。私にかかれば一発でSSRが引けるからね」

「はあ?」

「いいからそれを貸しなさい」

 テッサは俺からスマートノートを奪い取ると、ゲームを操作してガチャの画面に移動した。それからスマートノートをテーブルに置き、占いでもするかのように手をかざして目を閉じる。

「何それ。ガチャの儀式?」

「うるさい。気が散るから静かにして」

「……」

 本気で怒られてしまったので俺は黙ることにした。

 しばしの沈黙。

 そしてテッサは、目を見開いた。

「ここよ!」

 テッサがガシャを引くボタンをタップした。

 画面が切り替わりガチャを引く演出が始まる。

 このゲームのSSR排出率は3%だ。確かに可能性はあるけれど、一発で引けたらかなり運がいいほうだろう。それなのに、どうしてテッサはこんなに自信満々なのか。

 俺は特に期待もせずにガチャの結果を見た。

 そして目を見開いた。

「SSRが、5枚……!?」

 テッサが引いたガチャの10枚中5枚が最高レアのSSRだった。

 信じられない結果に俺は驚き恐怖した。

「ふぅー。うまくいったわー」テッサがひと仕事終えたかのように言った。

「いやいやいや、ちょっと待て! なんだこの結果は! 排出率3%のSSRが一回の10連で5枚出るってどんな確率だよ! いったい何をした!?」

「え? また私何かやっちゃいました?」

「なろう系の主人公か! って、まさか不正を働いたんじゃないだろうな?」

「失礼ね。私はただ、出るという予感に従ってボタンを押しただけよ」

「それで出るんだったら誰も苦労しないぞ!」

「それが私の予感は普通の人とは違うのよね。なぜなら私は、オドの使い手だからね!」テッサはドヤ顔で言った。

「なん……、だと……? と驚いてあげたいところだが、オドの使い手って何だ?」

「タツルは本当に何も知らないのね……」思っていた反応と違ったせいかテッサは不満そうに言った。「いい? この宇宙にはオドという未知のエネルギーがあまねく存在しているの。空気中にも、このテーブルにも、もちろん私たちの体内にもね。そのオドを感じたり操ったりして様々な能力を発揮するのがオドの使い手よ。まあ、とりあえず超能力が使える人とでも覚えておけばいいわ。実際、主な能力は未来視と念動力だからね」

「マジかよ。この世界にはそんな特殊能力があるのか!」

「そうよ」思っていた反応が返って来たからかテッサはご機嫌になった。「昨日の私の戦闘を見ていたでしょう? 私がブラスターの光弾を見切れたのもそれを弾くだけの素早い動作ができたのも、オドの能力によるものよ。見切るのは未来視で、素早い動きは念動力で実現していたってわけ」

「はぁー、なるほどな。……で、その能力を使えばガチャでSSRを引くこともできると」

「その通り」

「羨ましい話だけど、いいのか? そんなことに能力を使って」

「別にゲーム内で不正をしているわけじゃないんだから、BANはされないでしょう?」

「俺が言いたかったのはそういう意味じゃないんだけど……」

「それよりほら、せっかくSSRを引いてあげたんだからストーリーを進めちゃいなさいよ」

「ああ、はいはい……」

 なんだかはぐらかされたような気がする。

 そう思いつつも、俺はテッサからスマートノートを返してもらってゲームを進めようとした。

 と、その時だった。

「ん? なんか画面に謎のポップアップが現れたぞ?」

「どれどれ? ああ、それは新しいデータがあるから更新しろっていう指示よ。次のガチャに切り替わるタイミングだったから、きっとそれね」

 日々イベントやら追加要素があるソシャゲには、こういうことは珍しくない。

 するとテッサも自分のスマートノートを取り出して『スターライトファンタジー』を起動させた。どうやら更新されたガチャの内容が気になるらしい。ウキウキした様子で彼女は言った。

「今回は誰のSSRが来るのかしら」

 と、次の瞬間、テッサが大音量の叫び声をあげた。

「ふぎゃあああああああああああああ!?」

「なっ!?」何事かと驚きながら俺は注意をする。「うるせえぞ。他の客に迷惑だろうが!」

「だ、だって! 私の最推しのアーニアちゃんが! アーニアちゃんが!」

「アーニアちゃん?」

 テッサはスマートノートの画面を俺に見せつけた。

 そこには可愛らしい女の子のキャラが映っていた。

「えーっと……。つまり自分の推しキャラのガチャが来たと?」

「そそそーそ、そーなのようぉううぉう! こ、これはなんとしてでも、ふひっ……、絶対に完璧に引かなくっちゃだわ!」

「……」

 これが限界化というやつなのだろうか。

 テッサは今までにないほど取り乱し、興奮していた。

 こいつ、もしかしなくてもかなりのオタクだったのか?

「よ、よし。行くわよ!」

 テッサは気合いを入れると、さっきやったようにスマートノートに手をかざして目を閉じた。そして、かけ声とともにガチャのボタンをタップする。

「こ、ここここここよ!」

 しかし次の瞬間、再びテッサが叫び声を上げた。

「ぬわああああああああああああああ!!」

「だからうるせえって! 今度はなんだ?」

「引くのに失敗したああああああああ!!」

「はあ?」俺は当然の疑問を口にする。「なんでだよ。オドとやらで思い通りに引けるんじゃなかったのか?」

「オ、オドの力は使い手の精神状態に大きく左右されるの。だから能力を使う時には心を落ち着かせて集中する必要があるんだけど……、だけど……、推しの前だからちょっと心が……。ハァ……、ハァ……」

「つまり、推しに対しては心が乱れて能力が使えないと……」

 ある意味うまくできている。

 これも一種の物欲センサーと呼べるのでは……?

「いや、それこそ落ち着いて考えろよ」俺は苦しそうに胸を抑えているテッサに言った。「別に今すぐ引く必要はないだろ? ここは時間を置いて心を落ち着かせてからチャレンジすればいいじゃないか」

「そんなことできないわよ!」

「ふぇ?」

「手の届くところにアーニアちゃんがいるのにガチャを我慢するなんて絶対に無理! この気持ちは誰にも止められないわ! もちろん、私自身にもね!」

「ちょっと待て、テッサ。その先は地獄だぞ!」

 しかしテッサは、俺の制止を振り切ってガチャのボタンを押した。

 何度も、何度でも。

 推しを引きたいという彼女の意志は固く、

 ガチャを引くための石は次々と砕けていった。

 いったいどれだけの期待をして、何度裏切られたことだろう。

 それでも彼女は歩みを止めなかった。

 そもそも彼女に撤退という言葉はなかった。

 推しにその手が届くまで、

 彼女はどこまでも走り続けるつもりだった。

 しかし、その思いに反して戦いはあっけなく終焉を迎える。

「終わった……」

 テッサの頬に一筋の涙が流れた。

 ガチャを引くための石が尽きた。

 どこまでも青い空の下。

 戦いの果てに辿り着いた景色は、爆死。

 結局テッサは、推しキャラを引く事ができなかったのである。

「だからやめとけって言ったのに!」

 俺は怒りを込めて言ったが、灰になった今のテッサには響かない。

 テッサは焦点の合わない目で虚空を見つめながら「あはは……。あはははは……」と笑うだけだった。

 昨日に引き続きまた壊れちまったよ……。

 って言うかこれだけ引いても手に入らないなんて、まさか『スターライトファンタジー』には「天井」が存在しないんじゃないだろうな。

 もしもそうだとしたら、テッサはいくら使ったんだ……?

 追求しようかとも思ったが、テッサの死んだ目を見て俺は思いとどまった。

 こ、これは……。

 怖くて聞けねえ……。

 そう思っていると、テッサがふらりと立ち上がった。

「お、おい。どこに行くんだ?」

「宿に帰って寝る」

「えっと、依頼は……?」

「今は何もする気にならない」

 ガチャで爆死したくらいで仕事をサボるんじゃねえよ! と言いたいところだが、今のテッサには言える雰囲気じゃなかった。それにこんな状態で仕事をしてもうまく行きそうにない。

「分かったよ……。とりあえず宿に戻ろう」

 俺は不服に思いながらも黙って従うことにした。

 テッサのあとに続いて俺も席を立つ。

 その時だった。

 俺たちの目の前に、男がゆらりと立ちはだかった。

「や、やっと見つけたよ。テッサ……」と男は言った。

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