第一章 ~『ダンジョンコアの破壊』~


 ダンジョンボスはアルクをジッと見つめる。まるで値踏みするような視線を受け、彼はニンマリと笑みを浮かべる。


「俺の価値が勇者以上か、その目でしっかりと焼き付けてくれよ」


 ダンジョンボスが勇者の剣を弾いたのは光魔法の一種であり、自分の周囲に魔力の盾を生み出す力であった。


 だがその魔法は現在発動されていない。維持するだけでも魔力が消費することと、接近されてから発動すればいいという余裕の表れであった。


「その余裕を消し飛ばしてやる」


 アルクは無詠唱でランクSの雷魔法を発動させると、肉体が雷の魔素で包み込まれ、音速の世界へと誘われる。


 ダンジョンボスは咄嗟に危険を感じ取ったとのか、光の盾を発動させようとするが、その一瞬の躊躇いが音速を超えるアルクの前では致命傷だった。


 姿を消したアルクが雷の速度で剣を振るう。光の盾が生成される前に打ち込まれた刃は、ドラゴンの前腕を切り落とした。血が噴き出し、痛みで雄叫びをあげる。


「逃がすかよっ! このまま追撃だ!」


 トドメを刺そうと、アルクは再度ダンジョンボスに斬りかかるが、今度は光の盾によって防がれてしまう。


 ただし勇者の時と異なり、刀の質のおかげで折れることはなかった。


「一度で通じないなら連撃ならどうだっ!」


 守りに徹するダンジョンボスにアルクは剣の乱れ打ちを浴びせる。しかし光の盾は頑丈で、崩れ去る気配を見せない。


「軽い連撃だと駄目か……だがまだ手は残されている」


 アルクはいったんダンジョンボスとの距離を取る。その行動の真意にクリスも気が付き、ハッとした表情を浮かべる。


「ふふふ、さすがはアルクくんです。考えましたね♪」

「光の盾は完璧な防御に見えるが、致命的な弱点があるからな」

「魔力の消費ですよね」

「その通りだ」


 光の盾はアルクや勇者の攻撃を受け止められるだけあり、その防御力は桁外れである。だからこそ維持するための消費魔力も馬鹿にならない。


 このまま待ち続けていれば、魔力が枯渇して勝手に自滅する。だがダンジョンボスはそれを許してくれるほど甘い敵ではなかった。


 光の盾に守られながら、ダンジョンボスは口に魔力を集める。魔法発動の兆候であった。アルクは何とか阻止したいと願うが、そのためには絶対の防御を突破しなければならない。


「ダンジョンボスが放とうとしているのは、光の波動という魔法です」

「知っているのか?」

「もちろんですとも。なにせあの魔法は聖女の専売特許でもありますから」

「まさか回復魔法――を俺に向けて使うはずないよな……」

「光の波動は封印魔法の一種です。そのため受けても外傷を負うことはありませんが、戦闘力の源である魔力が封印されてしまいます。つまりもしあの魔法を受ければ、アルクくんは魔法を扱えない村人に逆戻りすることになります」

「それは恐ろしい魔法だな……」


 百年以上の辛い修業を経て手に入れた力を失うかもしれない恐怖に、アルクはゴクリと息を飲む。


「封印される前に魔法の発動を止めないとな……もしくは躱す手もあるか……」

「いえ、躱すことは難しいかと。光の波動はその名の通り、光の魔素を相手に放出することで封印する魔法ですから。アルクくんがどれだけ速く動こうとも光速を超えることはできません」

「…………」

「やはり私が結界魔法で防御を」

「いいや、考えがある。それもダンジョンボスを倒せる上に、勇者に復讐できるとびっきりのアイデアだ」

「そんな方法が……」

「期待していてくれ」


 アルクがダンジョンボスに視線を向けると、魔力のチャージが終わったのか、口を大きく開けて、光の波動を放とうとしていた。


 一度放たれれば、アルクのスピードを以てしても躱すことはできない。だが躱せなくても対策する方法はある。アルクは気絶した勇者の元へ駆けよると、彼の首を掴んで持ち上げる。


「俺のことを追放した恨みは、これでチャラにしてやるよ!」


 ダンジョンボスは光の波動を放つ。光速の魔素が輝く奔流と化して、アルクを襲うが、光の魔素によって封印されることはなかった。光はすべてアルクを守るように掲げられた勇者によって受け止められたのだ。


「これぞまさしく勇者の盾だな」


 光が止むと、アルクは勇者の首から手を放す。地面に崩れ落ちた勇者と、魔力が枯渇したダンジョンボス。光の盾は解除され、身を守るすべを失った。


「光の波動を放つのに魔力を使い切ったようだな」


 アルクがこの隙を逃すはずもなく、ダンジョンボスへ雷の速度で駆け寄る。


「盾さえなくなれば、こちらのものだ」


 勢いを乗せた一撃がダンジョンボスの首に振り下ろされる。その一刀を防ぐための力は魔力が枯渇したダンジョンボスからはすでに失われていた。首が宙を舞い、血が噴き出る。勝負は決したのだった。


「最強の敵を倒しましたね、アルクくん♪」

「ありがとな。残る作業は一つだけだ」


 ダンジョンボスを討伐したアルクはダンジョンの魂であるコアへと近づく。怪しく光る紫の宝玉は、守護者を失い、無防備に晒されていた。


「これを壊せばドラゴンダンジョンは攻略完了だな」

「思いっきり、やっちゃってください♪」


 アルクは剣を上段に構えて振り下ろそうとするも、途中でそれを静止する。


「どうしたのですか?」

「……俺がこれほど強くなれたのはクリスのおかげだ。だから最後の一撃は二人の成果にしたい」


 アルクは片手で剣を持ち、クリスにも握るように催促する。最初は躊躇うそぶりを見せた彼女だが、彼の真摯な眼差しを受けて、剣の柄に手を伸ばした。


「これが初めての共同作業ですね♪」

「いい記念日になるな」

「私、今日のことは一生忘れません♪」

「俺もだ」


 二人は剣を振り下ろす。ドラゴンさえ殺す刃はダンジョンコアをバターのように切り裂いた。


 次の瞬間、コアを失ったダンジョンから魔素が消失する。村人が最強だと証明した伝説が歴史に刻まれた瞬間であった。


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