第一章 ~『初めての実戦』~
酒場に置かれていた丸机が隅にどけられ、中央に大きな空間が生み出されていた。決闘することになったアルクは、冒険者の観客に囲まれながらグリーズと対峙している。
「グリーズ、やっちまえー」
「聖女様のヒモなんかに負けるな!」
声援はグリーズの応援一色である。ここはアウェイなのだから、その反応も予想通りである。
「ルールは簡単だ。負けを認めさせるか、気絶させれば勝利。シンプルだろ」
「魔法は?」
「俺は剣士だ。魔法は使えない。村人のお前も同じだろ?」
「いいや、使えるぞ」
アルクの何気ない答えに、冒険者たちの笑い声が満ちる。
「あははは、村人が魔法だってよ」
「村人より嘘吐きの方がお似合いだぜ!」
笑いたければ笑えばいいとアルクは嘲笑を受け流す。しかしクリスはムッとした表情を抑えることができずにいた。
「アルクくん、実力を見せてあげてくださいっ!」
「任せておけ」
アルクは掌に魔力を集めると詠唱を始める。炎の精霊に問いかける呪文を耳にし、もしかして本当に魔法が使えるのかもしれないと、冒険者たちは嘲笑を引っ込める。
アルクの詠唱が終わり、魔力が炎の球体へと変化する。人を丸ごと呑み込めるような大きさの炎が出現し、冒険者たちは口をポッカリと開ける。
「な、なんだ、あの魔法は!?」
「まさか本当に魔法を使えるなんて!」
冒険者たちから感嘆の声が上げられ、空気が張り詰めていく。退治するグリーズもまた緊張感溢れる表情を浮かべていた。
「その魔法は……あさかランクDか?」
「ああ」
「エリートしか使えないはずの魔法をどうして村人のお前が!?」
「百年努力した。ただそれだけさ」
グリーズはゴクリと息を飲む。村人がランクDの魔法を使えるはずがない。常識が否定の言葉を放とうとするが、目の前の現実が、嘘ではないと証明していた。
「話を戻そう。決闘のルールの確認だ。魔法はありなのか?」
「……命を奪うような魔法は禁止だ」
「残念だ。一瞬で消し炭に変えられたんだがな」
「うっ……」
「冗談だ。もとからこんな危険な魔法を使うつもりはない」
アルクが炎の球体を引っ込めると、グリーズはほっと息を吐く。冒険者は臆病者だと思われると、仕事の受注に影響する。そのため彼は逃げたくとも逃げるわけにはいかなかった。
グリーズは腰から剣を抜く。先ほどまで格下だと思っていた子猫は、蓋を開けてみれば獅子だった。手の平は汗でびっしょりと濡れていた。
「相手が剣なら俺も剣で戦うべきかな……」
「アルクくんなら素手でも問題ないと思いますよ」
「それはいくらなんでも油断しすぎじゃないか?」
「考えてもみてください。ここは小さな町の小さな冒険者組合ですよ。ランクDどころか、ランクEの魔法使いに勝てる剣士さえいないでしょう」
冒険者は拠点とする組合によって、おおよその実力は窺い知れる。
これは前提として、冒険者組合の登録は王国内のどこででもできるが、登録した場所が拠点組合として登録され、証明書に記されることが関係している。
この拠点組合はどこで登録しても与えられるサービスに大きな差はないのだが、場所に応じた権威性は存在した。
田舎より都会、そして都会より王都の方が、ブランド価値が高く、有力な冒険者は王都での登録を目指すことが多い。
そのような風潮があることを勇者パーティに所属していたアルクも良く知っていた。勇者は王都で登録していたため、他の街で登録した冒険者を見下していたからだ。
アルクは追放時に向けられることになった嘲りの視線を思い出す。いつか見返してやろうと誓った悔しさは、百年たっても鮮明な記憶として残っていた。
「俺の目標は最強へと至ることだ。ならこんな相手に負けてられないよな」
アルクは両手を前にして構える。初めての実戦経験だが負ける気がしなかった。
「アルクくんにアドバイスです。雷の魔法を使ってください」
「雷の魔法は危険だ。手加減を誤ると殺してしまうかもしれない」
「思い出してください。雷の魔法は相手を痺れさせるだけでなく、もう一つ大きな特性を秘めていたはずです」
雷の魔法の特性。それは自分の肉体に雷の魔素を纏うことで細胞を活性化させ、スピードを上昇させる力だ。
ランクが高くなればなるほどスピードは雷へと近づく。ランクDでは目にも止まらぬ動きが精々だが、グリーズ相手なら十分な速さである。
「いくぜ」
アルクは雷の魔法の詠唱を始める。グリーズは詠唱を終える前に倒そうと足を一歩前に出すが、それではあまりにも遅すぎた。
詠唱が完了したと同時にアルクは姿を消す。そこから一瞬の内に、彼の拳がグリーズの腹部へと突き刺さった。
剣を振ることさえ間に合わない超スピードを前に、グリーズは崩れ落ちる。倒れ込む音が勝敗決着のゴング音と化した。
「気絶させたら勝ちなんだよな?」
「はい。アルクくんの勝利です」
クリスがパチパチと手を叩く。すると引きずられるように、他の冒険者たちも拍手の雨を浴びせる。
「さっきは馬鹿にして悪かったなー」
「速すぎて全然見えなかったぜ」
「グリーズの奴も、こんな強い男を相手によく戦ったよ」
最弱の村人だと馬鹿にされていたのが嘘のように、皆がアルクを認め始める。その中には受付嬢も含まれていた。
「アルクさん、是非、我が冒険者組合に加入ください。大手を振って歓迎致します!!」
見事な手の平返しに呆れるものの、認められることは悪い気分ではない。それはクリスも同感らしい。
「ふふふ、やはり好きな人が評価されると嬉しいものですね♪」
クリスは幸せそうにニコニコと笑う。聖女の隣に立つにはまだ道のりは遠いが、少しだけ前に進めたと、アルクは実感を覚えるのだった。
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