聖女の弟子は村人でした!! ~実力が釣り合わないからと聖女様との婚約を破棄したら、追放者たちを見返すために最強を目指すことになりました~
上下左右
プロローグ ~『婚約破棄した聖女に弟子入り』~
『無能な村人は俺たちのパーティにはいらねぇんだよ!』
どこにでもいる冴えない村人のアルク。そんな彼が勇者パーティから追放されて、すでに三日が経過していた。
夕日に照らされながら、田んぼ道をとぼとぼと歩く。思い出すのは追放された日のことだ。
『聖女の婚約者だと聞いたから仲間にしてやったが、まさか荷物持ちすらできない無能だとはな』
『どうして聖女様はこんな男を婚約者にしたのか、理解に苦しみますわ』
『顔も整っているとは言い難く、背も能力も低い。私だったら、アルクと婚約するくらいなら死を選びます』
パーティの面々である勇者、魔法使い、剣士がアルクを侮辱する。パーティの仲間として受け入れてくれた日のことが嘘のような態度だった。
「もう忘れよう!」
アルクは辛い思い出を消し去るように自分の頬を叩く。だが記憶が自分の意志で消せるはずもなく、パーティメンバーたちの侮蔑に歪んだ顔は脳裏から消えてくれない。
「本当……どうして俺なんかが婚約者なんだろうな……」
アルクはため息を漏らしながら、鍬を庭の農具入れに仕舞うと、玄関の扉を開けた。すると子犬のようにバタバタと足音を立てて、銀髪の美少女が玄関へと駆けてくる。彼女は彼の帰りを満面の笑みで出迎えてくれた。
「お帰りなさい、アルクくん。お仕事お疲れ様でした♪」
白磁の肌と朱色の瞳、西瓜よりも大きい胸に、目鼻立ちのしっかりとした顔。男の理想がそのまま形になったような少女は、王国の宝と称される聖女であり、アルクの婚約者でもあった。
「ささっ、ご飯にしましょう。それともお風呂を先にしますか?」
「クリス、俺は……」
「ふふふ、今日はアルクくんの好物のハンバーグを作ったんですよ。しかもびっくりしないでくださいね。中にチーズも入れてあるんです。どうです、嬉しいですか?」
「あ、ああ」
「ならいつものをお願いします♪」
クリスがアルクと腕を組むと、頭をすっと差し出す。彼女は頭を撫でられるのが好きだった。求めに応じて絹のような髪に触れると、心地よさそうに頬を緩める。
「相変わらず頭を撫でられるのが好きなんだな」
「誰でもではありませんよ。アルクくんに褒めて貰えるから嬉しいんです♪」
言葉を交わすだけでヒシヒシと愛情が伝わってくる。その愛の重さがアルクを苦しめているとも知らずに。
「良い匂いだな」
リビングにはすでに料理が並べられていた。クリス手作りのハンバーグと、ポタージュ、焼き立てのパンもある。
すべてアルクの好物ばかりだ。彼はクリスと共に椅子に座ると、手料理に舌鼓を打つ。
「やっぱりクリスの料理は最高だな」
「えへへ、アルクくんに喜んでもらいたいから頑張りました♪」
「きっと良いお嫁さんになるな」
「お嫁さんだなんて、そんな♪」
二人の間には幸せに満ちた空気が流れていた。しかしこの空気をアルクは壊さなければならない。
「クリス、実はな、お前に大事な話があるんだ……」
「とうとうこの時が来たのですね♪」
「とうとう?」
「私と結婚してくれるのですよね? この時をずっと心待ちにしていたんです♪」
「すまん。プロポーズじゃないんだ。むしろその逆だ」
「逆、ですか?」
「俺との婚約を破棄して欲しい!」
幸せに満ちていた空気が崩れ、クリスは驚愕で硬直する。数瞬後、彼女は何とか重々しい口を開いた。
「あ。あの、ドッキリで私を驚かせようって魂胆なんですよね?」
「クリス……」
「なら大成功ですよ。心臓が飛び出るかと思っちゃいました」
「本気なんだ。婚約を破棄させて欲しい……」
アルクの真剣な眼差しがクリスを貫く。彼女はその表情から冗談でないと理解したのか、目尻に涙を貯めて、口元に無理のある笑みを浮かべる。
「……ご、ごめんなさい。きっと私が酷いことしちゃったんですよね?」
「違うんだ、クリスは何も悪くない」
「うっ……ぐすっ……わ、私、もっとお料理を頑張ります。あなたが好きになってくれるように今まで以上に尽くしますから。だ、だから、私のことを捨てないでください……あなたがいないと生きていけないんです」
クリスは項垂れて涙をポロポロと零す。しかし一度口にした言葉を撤回するわけにはいかない。そんな生半可な覚悟で伝えられる別れではないのだ。
「クリス、原因はすべて俺にあるんだ。だから……」
「もしかして他に好きな人ができたんですか? な、なら、私、二番目でもいいですよ♪ あなたの都合の良い女になりますから」
「違うんだ。浮気したいわけでもなければ、嫌いになったわけでもないんだ」
「な、ならどうして私のことを捨てるんですか?」
「それは……俺とお前が釣り合ってないからだ!」
アルクはどこにでもいる平凡な村人で、その婚約者は王国の宝ともいえる聖女様だ。身分違いの恋はフィクションならば夢が広がるだろうが、現実は数々の困難を生み出す。
「俺は勇者パーティから無能だと追放された。悔しいがそれは事実だ。最弱の魔物とすら戦えない俺はクリスの評判を下げている」
「そんなの私は気にしません!」
「だが俺は気にするんだ……それにある噂を耳にした」
「噂ですか?」
「その噂とは王子がクリスに婚約を申し込んだというものだ。もちろん身に覚えがあるよな?」
「はい。確かに王子様からそのようなお誘いは頂きました。ですが私はアルク一筋ですから、当然断るつもりですよ!」
「その異常なまでの献身が俺には耐えられないんだ!」
「アルクくん……」
「王子はイケメンで金持ちで権力者だ。それに比べて俺はどうだ。顔も金も権力も何も取り柄がない。どっちと結婚した方が幸せなのか、子供でも分かる!」
「…………」
「俺はクリスの幸せを犠牲にしてまで結婚したくないんだ。俺のことは忘れて、王子と幸せになってくれ」
アルクは婚約を破棄したが、それでも尚、クリスのことを愛していた。だからこそ彼女のためにすんなりと身を引くことができたのだ。
納得してくれたかと、クリスの顔を見つめる。整った顔は幽鬼のようにボンヤリとしており、何を思っているのか計り知れない。
ただ一つだけ気づけた明確な変化は、クリスの眼から零れていた涙が乾いていたことだ。
「事情は理解しました。アルクくんがまだ私のことを好きだと知れて良かったです。だからこそ私にも考えがあります」
「考え?」
「ええ。私もアルクくんも二人が幸せになれる道です」
クリスはアルクの手を両手で優しく包み込む。幸せになれる道とは何なのか、その疑問を問うより前に、彼の身体に衝撃が奔った。
「こ、これは、雷の魔法……」
「やっぱりアルクくんは凄いですね。私の魔法を受けて意識がある人は冒険者でもそう多くないのですよ」
「い、いったい、俺を、どうする気だ……」
「ふふふ、簡単です。あなたは婚約破棄する理由を二人の実力が釣り合っていないからだと言いました。なら答えは簡単です。あなたが聖女と肩を並べられるだけの最強へと成長すればよいのです」
「……っ」
「婚約は破棄されましたが、あなたとの絆は切れていません。これからの私とあなたは師匠と弟子の関係です」
アルクは薄れゆく意識の中でクリスと目を合わせる。瞳に狂気を宿したクリスは、口元に笑みを浮かべていたのだった。
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