3-58 改造
残念ながらICUではまだ愛琉は鎮静状態が続けられており、甲子園のある
両親を残して宮崎に戻る。勝利のセレモニーが行われたらしいが、勝利の立役者である愛琉がいない、また監督の繁村のいない、何とも微妙な雰囲気でのセレモニーとなったと言う。甲斐教頭が残った選手たちの引率はしてくれたので良かったのだが、良かったのはそれまでだった。
愛琉の異変をマスコミが看過するわけもなく、探り回った結果、病気を抱えていたことをキャッチされる。本来病気の情報はかなり機微な個人情報であるはずのに、どこで漏れ出たのか脳動静脈奇形の具体的な病名まで知られている。
そして、
やれ『病気の選手を練習試合に無理やり出させていたのではないか』、やれ『完投させたのが急変に繋がったのではないか』。脳動静脈奇形の破裂の因子に野球は含まれていないはずだし、完投と破裂の因果関係はないはずだ。しかしながら、根拠もない憶測を事実に変えられては、
そんな感じで1ヶ月はまともに部活動の指導も本職である教諭としての仕事もままならなかった。
救いだったのは、赤木、岡田からは、事情を知らなかったとはいえ練習試合で愛琉を酷使させてしまったことを詫びるとともに、メディア対応では繁村をはじめとする我が校の名誉回復に全力を尽くすと言ってくれた。また北郷学園高校女子硬式野球部の崎村からも
加えて、もう1つ吉報があった。愛琉が退院できるとのこと。退院してリハビリを宮崎で受けさせるとのことだ。
やはり当初は運動障害は残っていたが、若さと元来の基礎体力の高さゆえか、脳外科医や理学療法士が驚くほどの回復力を見せていたという。
歩行、食事、会話などはスムーズにできているという。
「監督!」
たった数ヶ月ぶりだというのにずいぶんと懐かしい声が聞こえる。隣には両親がいた。車で病状の回復状況を伝えにきたと思われる。
「め、愛琉!!」
頭髪は剃毛されてまだ伸び切っていないのか、帽子を被っていたが、あの元気な表情と明るい声はそのままだ。喜びのあまり涙が溢れそうになったが、
「メグル先輩だ! マジで! おーい、みんなメグル先輩だぞ! 一旦練習中断!」
主将の銀鏡は歓喜して、勝手に練習を中断するが、愛琉のファンなんだから仕方がない。いや、ファンならずともここにいる部員たちは愛琉のことが好きだった。(一部の者は、練習中はサディスティックな愛琉のことを怖がっていたが……。)
愛琉が口を開く。
「勝った瞬間のことは覚えてなくて、だいぶ後になって知りました。そしてみんなに迷惑かけたことも」
「そんな迷惑だなんて。謝らなきゃいけないのは俺の方かもしれないのに……。ごめん」
「謝る必要なんてないっすよ。だって、今回の試合本当に楽しみにしてたんですから。試合して病気が破裂して死んじゃうのと、試合をやらずに生き延びるのだったら、試合して死ぬ方を選んでいたと思います!」
「いや、死んじゃったら困るよ!」相変わらず自分の健康を顧みない愛琉の発言内容に、繁村は慌てて答えた。
「ま、それは言い過ぎですけど、でも本当に楽しい試合でした。アタシ、病院で寝てるときに、何度も野球してる夢を見ました。女子のプロに進んで、繁村監督のミット目がけて、ずばずばとボールを投げ込んで、並みいる強打者をきりきり舞いにする夢です」
女子プロ野球なのになぜか繁村がキャッチャーとして構えている、現実にあり得ないシチュエーションだったが、そこは敢えて訂正しなかった。愛琉は続ける。
「そして、決めたんです。アタシ、リハビリして、もう一回野球をやります。そして必ずプロ野球にチャレンジします。何年かかるか分からないけど、またあの応援の中、強打者相手にバッタバッタと三振にとりたいんです。アタシは、脳の病気がなくなって、これで心おきなく練習ができます。あの手術はアタシにとって『改造手術』なんです。これで150 km/h、いや160 km/h投げてみせますよ!」
普通に聞いたら途方もない夢物語だが、そんな大それた愛琉の発言が嬉しくて嬉しくて、感極まった。
「まじか。本当か……!」今度ばかりは涙を
「はいっ! とゆーことで、引き続き監督の下で野球をやらせて下さい! アタシのボールを、監督のミットでキャッチして下さいっ!」
「おう。俺のリハビリは
部員たちは歓喜する。
「また、メグル先輩と野球ができるぞ!」
「メグルちゃん! 嬉しいよ! 俺にノック打って!」
「バカ、チャラごーりに打つ暇があったら、1球でも多く投球練習するかい!」
「よろしく! アタシが入ってきたから、ビシビシしごいていくよ!」
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