紅い瞳のその奥に 中
ザクロはミニウサギという品種だった。ミニと聞いて、僕は安易にうさぎの中でも一番小さな部類だと思い込んでいた。だが、買ってきた本によればどうやらそうではないらしい。
僕が想像していた小さな個体はネザーランドドワーフというまた別のもので、ミニウサギはそれよりも大きくなる種類のようだ。よく小学校で飼われているものに近い品種らしかった。
ザクロはどんどん大きくなった。ペットショップで見た時はまだ片手に乗りそうなサイズだったのが、今では両腕で抱えなければいけない大きさに成長した。
僕はネットで飼いウサギについて調べてみた。大人になっても丸っこいネザーランドドワーフや、耳が垂れ下がっているロップイヤーが人気のようだった。アップされているかわいらしい写真とは違って、ザクロの顔や耳は大きくなるにつれ、シュッと長細くなっていった。
それでも僕はザクロが一番愛おしいと思う。室内飼いで毛並みはフワフワだし、最近では名前を呼ぶと駆け寄ってきてくれるのだ。
そんなザクロを膝の上に抱えながら、うさぎの写真の投稿サイトを眺める。うさぎといえば目が赤いイメージだったが、飼いウサギでは結構少数派らしかった。くりっとした黒い目の、黒や茶色のうさぎの写真がたくさんアップされている。
それでも時折見かけるのだが、ザクロの目は他のどのうさぎよりも深い赤色をしていると思った。
うさぎは犬や猫のように鳴き声で問題になることもないし、僕のアパートでも飼うことができた。ちなみに飼えるかどうかは、既に家の中に連れ込んでしまった後に思い出して恐る恐る確認したことだった。
それでも一緒に生活していると、案外いろんな音を出すことに気がついた。驚いた時や威嚇しているときには、後ろ足で床を蹴り、タンッという音を出す。調べるとこの行為は”足タン”と呼ばれているらしかった。
これが、結構大きい音がする。自然界で生きているときに、仲間に危険を知らせるためにする名残りだそうだ。初めて聞いた時にはまさかこんな小さな体からこの音量がでることはないだろうと思い、音の出どころが分からずこちらが不安に思ったものだ。
それから、鳴き声とは呼べないものの、ぷうぷうと鼻を鳴らすこともある。これは”足タン”とは逆で、ご機嫌な時に出る音だった。
ザクロは首の後ろや額を撫でられるのが好きだった。そこを優しくなでると、ほんの小さな音でぷうぷうと鼻を鳴らすのだ。
そんなザクロのおかげで完成させることができたあの「ザクロ」の絵は、オープンしたレストランでも評判らしかった。あの絵のおかげで、僕への依頼の数は今まででは考えられないくらいに伸びていった。中でも「ザクロ」のシリーズは僕を代表するものとなり、その果実をテーマに何枚もの絵を描いた。そしてそれらは、描いたとたんに飛ぶように売れて行った。
ありがたいことにそうして収入が安定するようになって、僕は画家を名乗り始めた。それと同時に、狭くて安いアパートを出て、もっと良いところへ引っ越すことに決めた。
もちろんザクロも一緒だ。僕はザクロに感謝していた。今まで小さなゲージに入れていたし、部屋の中を散歩させる時もきっと狭くて退屈だったことだろう。引越しを機に僕はザクロのためにもっと大きなスペースを用意した。
ケージは相変わらずもとのままだが、いつでも好きな時に外に出られるようにすることにした。ザクロがかじってしまわないよう、コード類は近くに置かないよう気をつけて、床にもシートを敷いた。その周りには大きな囲いを設けた。ザクロが飛び越えてしまわないようなある程度の高さがあるので、そこ一帯が大きなゲージのようになっていた。
僕は残ったスペースで生活した。結局生活スペースの広さだけでいえば、前のところとあまり変わらないようにも思えた。でも、夕飯を食べている時なんかはザクロがちょこちょこ動いているのを見ることができて、とても幸せな気持ちになれた。
ザクロがきてからというもの、なんだか調子がいい。僕は毎晩丁寧にブラッシングをして、ザクロに感謝を伝えるのだった。
それから数年の月日が経った。ザクロは病気もせず、すくすくと成長した。といっても大きさは変わらないのだが、ブラッシングをするたびに、その目の色がどんどん深くなっているように思えた。うさぎの寿命は思ったよりも長いようだ。なんとなく5年くらいかと思っていたのだが、平均して7〜14年ほどの長さがあるらしい。
ザクロを迎えてから、もう13年が経過していた。
僕は絵を描き続けていた。画家として様々な展覧会に呼ばれたり、依頼を受けたりして生活している。雑誌の取材も年に数本受けるまでになっていた。年齢を考えればかなり早い出世だろう。
まとまった金もできたので、僕は再び引越しをすることにした。都心に近い高層マンションの一室だ。部屋から夜景を見ながら酒を飲むと、創造意欲を掻き立てられるのだった。
今度は、ザクロのスペースはそれほど取らないことにした。それでも家がぐんと広くなったのだから、ザクロの敷地も元と変わらないくらいの広さではあるのだが、僕は自分の生活ももっと豊にしようと考えていた。
前の家もそれなりだったが、このマンションはかなり贅沢だ。家具も一気に新調したため、ザクロのケージとその囲いが、随分と浮いて見えた。だから、はじめは前と同じくリビングに置いていたのだが、隣にある8畳ほどの部屋へ移すことにした。
毎晩のブラッシングは続けていたし、世話も毎日しているが、食事の時にザクロを眺めるようなことはなくなってしまった。
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