DATの小さな短編集

DAT(Rabbits' Ear Can

一話完結・短編

がけ下の穴

 今日はねぇちゃんが熱をだしたから、帰り道はボク一人だけだ。朝は集団登校をしているし、帰りはねぇちゃんが友達をつれてくるから、一人でここを通るのは多分はじめてだ。

 こんなとびっきりのチャンスに、ボクは絶対にたしかめたいことがあった。


 それは通学路のとちゅうのがけにある。がけはうんと高くまで続いていて、上には木がたくさん生えている。小さな森みたいで気になっているが、ボクはどの道を登ればあそこにたどり着くのかを知らない。

 がけは土がむき出しになっているんじゃなくて、コンクリートでぴっちりとおおわれている。そしてそのちょうど真ん中のあたりに、小さな穴が空いているのだ。

 穴があるのはボクのおなかのあたりの高さで、大きさはボクの手がギリギリ入るくらい。自然にできた穴じゃなくて、パイプか何かがうめてあるみたいだ。


 この穴には、たまに何かがつっこまれている。それはちょっとつぶれた空き缶だったり、根っこごと引っこぬかれた雑草だったりする。ボクがこの穴を気にしているのは、毎日ここを通っていて、朝につっこんであった物がたいてい帰りにはなくなっていることに気づいたからだ。

 このことに気づいたのは二年生の夏休み前。ボクはどうして物がなくなるのか、ずっとたしかめたいと思っていたが、そんなことには全く興味のないねぇちゃんのせいで、そこからまるまる一年間チャンスがなかった。


 穴につっこまれた物は風でどこかにとばされたわけではなさそうだ。穴の近くにおちていることはないし、たまにちょっとやそっとじゃ取れないくらい、ぴったりはさまっていることもあるからだ。

 いつもだれかがはずしに来るのだろうか。でもこの道で大人とすれ違うことはめったにない。

 今だって、このがけのまわりにはボク以外にだれもいない。


 今日はずっとこの穴のことを考えていた。それでワクワクしながらやってきてみたけど、そういえばどうやってたしかめよう。ボクはちょっとしゃがんで、穴をのぞきこんでみた。真っ暗で、もちろん奥は見えない。

 手をつっこんでみようかとかんがえたが、変な虫がいたり、すごくきたなかったりしたらヤダなと思ってやめた。

 足もとにカタツムリぐらいの大きさの石がある。とりあえずこれを入れてみよう。ボクは石を穴の入り口近くにおいた。

 じっと見まもってみたが、何もおきない。もう少し奥の方まで入れてみようか。

 ボクは石をちょんとつついて、穴の奥におしやった。

 とても遠くの方からセミのなき声が聞こえる。通学ぼうのあいだから、汗がたれてきた。

 

 でも、何もへんなことはおきなかった。

 もしかしたら、びゅっと強い風がふいて穴をふさぐ物を遠くのかなたまでふきとばすんじゃないかときたいしていたので、ボクはとてもがっかりした。

 よくかんがえれば、そんなことがあるわけない。きっとどこかのおばさんが毎日この辺をそうじしていて、ぷんぷんおこりながらここのゴミもかたづけているのだろう。

 ボクは地面においていたランドセルをしょって、歩き出した。

 その時、ツーっと何か小さい物を引きずるような音がした。


 ボクは急いで穴にかけもどり、中をのぞいた。石がなくなっている!

 あたりを見回しても、それらしい石は見あたらなかった。つまり、石は穴の奥に引っこんでいったのだ!

 やっぱりこの穴はへんだ。ボクはほかに何かつっこめそうな物がないかをさがした。

 少し先に、雑誌が落ちている。

 ボクはそれを拾って、数ページちぎり取った。もともとボロボロになっていたから、だれかの落とし物というわけじゃないだろう。

 ボクはそれを丸めて、穴につっこんでみた。


 少しはなれたところで見まもってみる。雑誌はぶかっこうにつっこまれたままびくともしない。

 やっぱり何かのカンちがいだったのかなと思っていると、雑誌はとつぜんヒュッと奥にすいこまれていった。

 もしかしたら、ネズミか何かがすんでいるのかもしれない!

 そう思うとボクは雑誌をつかんでおかなかったことをこうかいした。

 今度はもっと長いものをさがしてこよう。


 少しもどれば公園があるのを思い出した。

 急いでそこへ行き、何かおちていないかをさがしまわる。はしの方に、長い木のえだがあった。しっかりにぎれるくらいの太さもある。これなら折れてしまう心配もないだろう。

 ボクはそれをひろって、急いで穴のところへ戻った。


 しんちょうに、ゆっくりと穴にえだをさし入れる。えだのはしはしっかりとにぎったままで、なるべく動かさないよう気をつける。少しでも動けば、穴の奥の何かに気づかれてしまうかもしれない。

 ボクはそのまま、じっと待つ。

 走りまわったからか、さっきとは比べものにならないくらいこめかみから汗がポタポタおちてくる。セミの声は聞こえなくなっていた。

 そうしてじっとしていると、枝の先を何かに引っぱられる感じがした。

 ボクはざわつく心を必死におさえた。そのままこらえて、何かがしっかりえだをつかむのを待つのだ。こういう時にあわててはいけないということは、去年父さんとつりに行った時にしっかり教わった。

 1、2……今だ!

 ボクは思いっきり枝をひっこぬいた。


 しかし、えだの先には何もついてはいなかった。

 ボクはまたまた、ひどくがっかりした。

 穴をのぞいたが、そこははじめと何も変わっていないようだった。

 奥にいた何かは、もうとっくに逃げてしまったのかもしれない。

 ボクはなげやりな気持ちになって、えだをえいと奥につっこんだ。


「いたっ」


 穴の奥から、男の子のような、女の子のような声が聞こえた。


 

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