第108話 眠れない夜
目が覚めてしまう。どうしても何かがスッキリしなくて布団から起きてリビングに向かった。別にこの生活が気に喰わない訳じゃない、誰かが嫌いなわけでも無い。最高の要素しかないのに何かが引っかかる。
理由は分かっている。自覚してる。だけど、それをどうすることもしないと決めたのは自分なのにスッキリしない。
と考えながらリビングに向かうと電気が着いていた。ドアを開けると彼がソファに座って携帯ゲームをしていた。
「こんな時間にゲームとはダメだぞ。ちゃんと寝ないと……」
「あ、すいません……」
しっかりと先輩として後輩の健康管理を気遣って注意をする。僕はそのまま彼の元に近づいてソファに座った。ちょっとゲームが気になったからである。
「まぁ、君も高校生だから強制はしないけどさ。今、何のゲームやってんの?」
「モンスターをバトルさせるゲームです」
「へぇ、そう言えばアオイちゃんもやってたなぁ」
「実を言うと明後日対戦するんです」
「そうなの?」
「はい、だからこういった時間で差をつけておこうと思って。コマンド制の育成ゲームなら俺にも勝てる可能性があるかなって」
「アオイちゃん強すぎて誰も勝てないからね」
何気に二人きりで会話って初めてかな? うう、ちょっとドキドキしてきた……
「ええ、だから、ここで一発勝ってちょっと良い顔したいんです。そして、やるじゃんって言われたいんです」
「正直だね……」
多分だけど、アオイちゃんは負けたら悔しがって再戦を申し込むだろうね。
彼はゲームをしていたのだがそれを止めて、テーブルに置く。
ゲームがしたいんじゃなかったっけ? もう寝るのかな?
「萌黄先輩はどうしてここに?」
「眠れなくてさ……暖かい飲み物でも飲もうかなって……」
「でしたら、俺とおしゃべりしませんか?」
「そう、だね……僕も目が冴えてるから……折角だし……」
「お願いします。実は最近、皆さんの事をもう一回知りたいと思ったんです」
「そうなんだ……」
どどどど、どうしよう!? 急にこんな話しましょうって言われたら……と言うかし、知りたい!? あれ、つまり、その、僕も含まれてるよね?! 知りたいってどうして知りたい!? も、もしかして、僕の事も、き、気になっている? しかも、結構マジな顔でそんなこと言う!?
顔には絶対出さないけど、内心結構焦りである。落ち着け来なさい。萌黄。そ、素数! 素数を数えよう。
0,1,2,3……ち、違う! 0と1は素数じゃなかった!
「じゃあ、話そうかな……」
「是非」
「えっと、折角だし、クイズ形式にしようかな? 僕の好きな食べ物はなーんだ」
うん、実を言うとお子様ランチなんだけど……分かるわけないよね……恥ずかしいから絶対に言わないし。
「お子様ランチですか?」
「正解……」
一発目!? なんで、分かったの!? あれ? 言ったことあったけ!?
「良く分かったね……」
「……勘です」
「普段の僕が子供っぽいからそう思ったとかじゃないよね?」
「そんなことないですよ。普段は大人な感じが出ていてとても良きです。でも、偶にあるトイレに一人で行けない感じもギャップも良いと思います!」
「うん。そういう事は言わなくていいかな?」
「あ、すいません」
トイレに行けなかったのは一時期だもん。今は一人で行けるもん。
「俺の直してほしい所ってありますか?」
「うーん……特にはないかな……」
「遠慮なくどうぞ! 足とか見すぎとか!」
「自覚あったんだ……でも、気遣ってる視線だし、それくらいは特に何とも思わないかな」
「そうですか……」
「逆に僕の直してほしい所ってある?」
「無いです」
「即答……なんだ」
「だって、無いですから。料理出来て気遣いできて、洗濯、整理整頓。文句のつけようが無いですね」
「そ、そう……」
そんなハッキリ言わなくてもいいんじゃないかな? もっと、オブラートに言ってくれればこちらとしても心に波風を立てないのに。
その後は、なんてことの無い会話をした。別に凄い特別な内容じゃない。
「最近、僕は動画サイトのtobecontinuedにはまってるんだ」
「俺もそれは好きですね」
平凡な会話。
「あの、タレントさんのリアクションがね……僕的には最高なんだ!」
「面白いですよね!」
本当に平凡で何てことのないただの会話。彼も物凄い面白い事なんて言わない。僕も凄い変わった事も言わない。でも、ただ目を合わせて会話を交わすだけ。それがどうしようもなく楽しくて、楽しくて仕方なくて……
「あ、もう、こんな時間。流石に寝ないとね……」
「そうですね。気付いたらこんなに経っているとは……」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
おやすみを笑って言う。心からそう言ったのか分からなかった。本当はもっと……
それが終わったら急に寂しくなって、本当に寂しくてすぐに眠れるわけがなくて。彼が自分にとってどれほど愛おしいか分かって。
でも、隣で寝てる大好きな皆が好きな彼だから……手なんか出せなくて、出していいのか分からなくて……それで、また、寂しくなって……
でも、皆が幸せなら、それで……それで……それで……
◆◆
「流石ですね。萌黄さん」
「いえ、これくらいは……」
「このプロジェクトが成功したのは貴方のおかげですよ」
「ありがとうございます」
一人の女性がとある会社のデスクの前に立っていた。その女性に彼女の上司と思える男性が喜びの笑顔を向ける。女性はただ、そっと笑ってそのままそこから去ると自分の席に戻って再びパソコンに向かった。
「萌黄さんってすげぇな」
「優秀で仕事一筋らしいよ」
「俺達新入りの面倒もよく見てくれるし」
「しかも、可愛いしな。背はちょっと高すぎだけど……」
自信の後輩の話し声を女性は聞いた。男性と女性、それぞれの後輩が彼女を評価する。ただ、羨望の眼差し。それは彼女にとって嬉しくないわけではないはずなのに彼女は心から笑う事はない。
時間が数を刻んで、只管に針が動く。女性はただ只管にキーボードにタイピングをして、後輩の資料をチェックして、仕事をこなす。五時を回って、六時を回って、彼女の周りの席から徐々に人が消えていく。
でも、彼女はただ仕事をして、九時を過ぎたところで彼女は退社した。彼女が会社から出ると外は
「雪……か……」
周りの装飾はすっかりクリスマスでサンタさんの大きい人形や、赤い靴下、おもちゃの大安売り。すれ違う人は自分のように疲れた仕事人が多い。彼らや彼女らも自分と同じ独り身なのだろうかと彼女は思いながら帰路を歩く。
電車に揺られて、雪が降り積もって行く景色を眺める。自宅の最寄り駅につくと彼女は降りて、今日は疲れたから自炊なんて止めて、簡単に済まそうと思い、コンビニに寄ってレモンサワーと適当な弁当を買ってレジ袋をぶら下げて歩いて行く。
雪が降って彼女の頭に軽く積もった。それを彼女は払ってアパートに帰る。
レモンサワーと開けると炭酸の音が聞こえて、それを飲むと苦みのあるうまみが広がる。彼女は弁当を温めてコタツを付けて一人で弁当を食べる。特に見たい番組は無いけどテレビをつけて何となく部屋の中に音を流す。
弁当と食べて、それが入った容器を捨てて。彼女は思う。
ずっと、同じことをしている。毎日、仕事して、食べて、寝て、人間の三大欲求を満たしているけど全く満たされたない。
彼女のスマホの画面にはとある想い出があった。毎日が奇跡に満ち溢れた日常。あれほどの日常は二度とない。欲しいと思っても手に入る物でもない。そう彼女が思った時に彼女のスマホが振動する。誰かが彼女に電話を掛けてきたようだ。
誰かと彼女が確認すると……彼女は薄く笑った。
「もしもし? アオイちゃん?」
「うん……そう。今、大丈夫? こんな時間だけど……」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「えっと、その、あーし達さ……その、異世界に住もうって話してるんだ……」
「そう、なんだ……」
「あの、だから、萌黄に会うのが難しくなる……」
「ッ……気にしないでいいよ。こっちの世界じゃ、一夫多妻は認められないしね……」
「うん、それで……あのさ……萌黄も一緒に来ない? あーしも、皆もその方が……」
「アハハ! 気にしないでいいよ! 僕が入ったらまた、ややこしくなるでしょ!?」
女性は相手を気遣って遠慮して……空元気で対応する。それが僅かに崩れた。
「……皆の時間も減っちゃうし。新婚同士の時間を減らすのはちょっとぼくてきにもむり、かな……」
相手もそれを分かった。
「でも……その……」
「大丈夫だって! 偶に、お歳暮とか送ってくれればそれでいいからさ!」
「う、ん……分かった…………」
「それじゃあ、またねー。お幸せに!」
女性の瞳からは涙がポロポロと落ち始めた。後悔がただ彼女にあった。
「なんでッ……君は僕も好きって言ってくれなかったの……?」
「どうして、僕はあの時、好きって言えなかったの?」
「なんで、遠慮なんかしちゃったんだろう……僕はッ、僕だって君のことが皆に負けないくらい、好きだったのに……」
「僕も連れてってよ……君に連れてって欲しいんだよ、手を握って欲しいだよ……」
「抱きしめて欲しいだよ、愛を囁いて欲しいんだよ、頭を撫でて欲しいんだよ、何でもない会話で笑いあいたいんだよ、下らない事言って、喧嘩だって、そこからの仲直りだって……したいんだよ…‥」
「寒いよ、暖めてよ……」
「十六夜……」
彼女はただ、一人で泣いた。きっとこれから続く孤独と後悔と彼からの愛を求めて……
雪が積もるよに彼女の心には悲しさが積もっていった。
◆◆
僕は目を覚ました。体には汗を沢山かいて、瞳から涙が落ちた。寝ながら泣いていたんだと僕は気付いた。
隣にはアオイちゃんとコハクちゃんと火蓮ちゃんが寝ていた。酷い夢だった。自分の起こりうる最悪の結末と言っても良いかもしれない。
でも、きっと、そういう日がいつか来るんだろう。あんな悲しみが自身に振ることがあるんだろう。きっと。夢でも辛いなら現実でも辛いはずだ。現実ならきっともっと長いあの孤独が続く。耐えられないだろう。何度でも泣いてしまうだろう。
でも、きっと僕はその道を選ぶだろう。選んでしまうだろう。そう思った時、どうしようもなく涙があふれて、あふれて、あふれて、あふれて止まらない。
皆を起こすわけにいかないからすすり泣くように声を押し殺して涙を流す。きっと枯れはてるほど、僕は泣いた。
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モチベーションに繋がるので宜しければ★、レビューお願いします。それと申し訳ありません。今回の章はかなり短くなってしまうと思います。いつもより、あっさりしてしまうことをご了承ください。。
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