第59話 母親と父親とアジ
さて、銀堂夫妻と会う週末を迎える。ちょっと緊張しながらも……饅頭を手土産にして彼女のマンションに向かう。ここに来るのも久しぶりだな……
彼女のマンションにつくと白いワンピースを着て入り口で待ち構えていた。顔が青いけど大丈夫か?
「おはようございます……」
「大丈夫ですか?」
「ええ……もうお母様たちが来ています……本当にいいんですか?」
「いいですよ。行きましょう……」
「すいません、私のせいで……」
「大丈夫ですよ……」
中に入り、エレベーターで上の階へと上がって行く。それにしても彼女のワンピース姿は清楚で何処かエロいと言うか、首筋、うなじが良い感じだ。偶に髪を耳にかける仕草がエロ……
「あ、あの、そんなにみられるとは、恥ずかしいです……」
「すいません」
流石に見すぎたか。あんまり見るのは良くないよな。彼女は嬉し恥ずかしそうに眼をパチパチしながら指摘する。
「で、でも見たいなら好きなだけ……私を……」
彼女が何かを言いかけるとそこでエレベーターが止まりドアが開く。彼女は言う事を中断して息を飲みまっすぐ歩いて行く。俺もそれについて行き彼女の自室の前で二人して止まる。
「あの、本当にすいません」
「何度も言いますがこれくらい大丈夫です。俺から提案したことですし」
「十六夜君は本当に優しいですね。それに比べて私は……なんて自分勝手な……」
部屋のドアを開け中に入る時彼女は自己嫌悪するように呟くと静かに入って行く。玄関には大人の靴が二つ綺麗に並べられていた。本当に居るようだ。
廊下を抜けて進んでいき……あ、ここで前ラッキースケベがあったんだよな。ってこんなことは考えるべきじゃない。
リビングの中に入ると白と言う名がふさわしい二人が居た。一人は若い……女の人、姉かよと言う位の若さ。彼女は銀堂コハクの母親である銀堂マシロ。もう一人はずっと腕を組んで瞳を閉じている強面の父親、
冷徹と言うわけじゃない。落ち着きがある二人には芯ともいえる何かがある。銀堂マシロは俺を値踏みするように見ると薄く微笑んだ。
「お、お母様、お父様、十六夜君をお連れしました……」
「初めまして黒田十六夜さん」
「は、初めまして。これ詰まらない物ですが」
「あら、わざわざどうも。しかし、そんなに強張らなくても、自分の家だと思ってくつろいでいいんですよ。お二人はラブラブカップルなのでしょう?」
「……」
カップルについての勘違いはすぐにでも解きたいがこの夫妻の雰囲気が俺の恐怖を駆り立てる。自分の家だと思ってと言うが無理に決まってる。銀堂白夜は無言で圧力が凄いし……マシロは微笑みが逆に怖い。銀堂コハクもどうしていいか分からないようで固まっていた。
約束したからな。まずは俺から事実を伝えて一緒に謝ろう。
「あの、そのことなんですけど実は彼女が見栄を張ってついてしまった嘘って言うか、冗談って言うか……」
「コハクさん、嘘なのですか?」
「あ、あ、も、申し訳ございません」
「えっと、銀堂さんは嘘をついてしまった事を気にしていて、俺も謝りますから。俺の顔を立てるという事で怒らないでください」
未だに椅子に座らず俺たち二人は気を付けのポーズで会話を続ける。椅子に座っている夫妻が見上げているのに見下ろされているように感じる。
銀堂マシロは怒ることなく全て分かっているように笑った。
「怒りませんよ。それに分かっていますよ。それくらい」
「「え?」」
「この部屋に入ってきたときの二人を見た瞬間からそんな気はしていました。しかし、コハクさん嘘をつくとは感心しませんね」
「も、申し訳ございません。つい……」
「まぁ、いいでしょう。それより十六夜さん座ってください。貴方には感謝しているのですから」
「感謝ですか?」
「ええ、今お茶を淹れますからそれからゆっくりと話しましょう」
「はい……」
銀堂マシロがお茶を淹れに台所へ。銀堂白夜は全く動かない……気まずいな。まぁ口下手な事を知っているからどうと言う事はないけど……
「十六夜君は凄いですね」
「え?」
「お父様に会う人は大体怖くてもっと慌てるのですが……十六夜君はあんまり感じていないようなので」
「そうですか?」
「はい。落ち着いていて凄いと思います」
「……」
ヒぃ、娘と楽しそうに話してるからお父様が俺をギロリと睨んできたよ!! お前には娘はやらん的な意味が込められていそう……
ダイニングテーブルに俺と銀堂コハクが座り、向かい合う方向に銀堂夫妻が。銀堂マシロが淹れてくれたお茶はオシャレな味がするハーブティーだった。
「十六夜さん、コハクさんからすべて聞きました。お礼が遅くなってしまい申し訳ございません。色々娘の為にしてくれたようでありがとうございます。不良、ストーカーどちらも危険な相手。一歩間違えば命を落としていたでしょう。本当にありがとうございます」
「俺からも礼を言わせて頂こう」
「どういたしまして。でも俺も世話になってますからお相子と言う感じで気にしてはいませんよ」
「そうなのですか……十六夜さん、コハクさんは貴方の事ばかり電話で語るのです」
「お、お母様!?」
「コハクは黙ってなさい」
「ひゃ、ひゃい」
ピシッと空間が張り詰めるようにお母様が銀堂コハクを止めた。嘘を怒ってるんじゃないか?
「娘から聞いていると思いますがこの子は中学の時に色々ありました。回復するには大分時間がかかると思いました。しかし、貴方と出会って人を信頼することを再び覚え、友達が出来、さらに初めて異性で気になる人を見つけた。これは喜ぶべきことだと私達夫妻で感じています。全てあなたのおかげです」
となりで銀堂白夜が首を大きく振って共感している、夫妻の阿吽の呼吸を感じる。
「しかし、同時に危うくも感じています。私と同じでこの子も愛情が深い。それゆえに貴方が離れて行ったらこの子は壊れてしまうでしょう。こんなことを言うのは失礼も重々承知です。助けてもらった恩にそぐわない形になってしまう事も……ですが、お願いします。この子を支えてあげてください。側にいてあげてください。今日はこれをお願いに来ました」
「俺からもよろしく頼む」
「お母様、お父様……」
大の大人がここまで頭を下げるなんて……本当に子どもの事を思っているんだな。凄いというかカッコいいというか。尊敬しかない。
そして、俺もそれに応えないと
「最大限頑張らせて頂きます」
「ありがとうございます」
「礼を言う」
「十六夜君……」
「あの……」
俺が言葉を遮るように言うと三人が俺を不安そうな目で見た。
「一つだけ、ママ様の言葉を否定させていただくと彼女に友達ができたのは彼女が頑張ったからです。銀堂さんは視野が広くて、なんとなく一人の子に優しく声をかけたり、言いたいことを言えない子に言いやすいように場を整えたり、分け隔てなく接したりそうするからこその作り上げられた友達なんだと思います」
「そうですか……フフフ、コハクさんの言っていた通りの人の様ですね」
「感謝しよう」
「い、十六夜君……」
少しきざっぽすぎたか? 何となくをスルーすべきでない場所かと思ったからつい言ってしまったが……この感じ、何処かで……
……火原家みたいにならないよな?
「もう少し、二人の学校生活に着いて聞いてもよろしいでしょうか?」
「俺も聞こう」
「分かりました。えっと、この間の体育の授業で……」
この後、学校の対人関係を詳しく言ったり、他愛もない授業風景を言ったり……そうしていると気づけば時計の針が一周していた。
そろそろ帰るか。今日は買い物もしないといけないし。銀堂家は水入らずのわけだし。
「あの、そろそろ俺お暇しようかなって……折角家族水入らずで居るんですから」
「十六夜君、気にしないでください。もっと一緒にいましょう」
「コハクさん、無理に引き留めるのも迷惑ですよ」
「そうですね……それじゃあ……」
落胆したように彼女は顔を落とした。俺は席を立ち玄関に向かう。三人で見送りとは丁寧な家族だ……
「それじゃあ、お茶ごちそうさまでした。失礼します」
「十六夜君。また月曜日に……」
「はい、また……」
「俺が外まで見送ろう」
「え?」
「そうね、あなた頼むわね」
「うむ」
「で、でしたら私が!」
「コハクさんは私とお話しますよ」
「ええ!?」
何故か銀堂白夜が外まで送ってくれるらしい。ドアを閉め二人で歩く。この人スマートな感じで俺より背も高い。180位はあるな。顔もイケメンだし。遺伝子が優秀そうだな。
「本当に礼を言う」
「あ、だい、大丈夫です」
急に話しかけられてビックリした!! と言うか何故送るんだ? 娘への牽制? あんまり距離は詰め過ぎるなっていう
「コハクとマシロはよく似ている。愛情の深さが特に」
「そうですか」
何が言いたいんだ? エレベーターに入ると益々雰囲気が重く感じる。口下手なのはわかるけど……知ってても二人きりはね
「昔、マシロに監禁された事がある」
「んん?」
話が急に変わってないか? 愛情の深さの話じゃなかったっけ? それが監禁?
「コハクも愛する人に対する思いが強いと、思った以上の行動をしてしまうかもしれない。だが、逃げないで真摯に受け止めて欲しい。それを言いに来た」
「わ、分かりました……あの、他にマシロさんにされた事って?」
「……そうだな。一度浮気したと勘違いしてナイフを突きつけれたこともあったな。後は睡眠薬とか」
そんな裏話初めて聞いたぞ!! ま、まぁ娘と母親の性格が一致なんてしないから大丈夫だろうけど……
「頼む」
「は、はい」
真剣な顔で頼まれ承諾する。先ほど承諾してるから今更断るようなことをしないけど。
つまりこの人は念押しに来たわけか……良い父親だな、本当に。
それにしても監禁か。大丈夫だよな? 流石に? 何か胸にしこりが残る感じがしたが俺は気付かないふりをした
◆◆◆
「ああ、十六夜君……」
「コハクさん、少しお話をしましょう」
「十六夜君……」
「コハクさん?」
「は、はい。何でしょうか?」
「一度リビングに戻ってソファーの上で話をしましょう」
「はい」
十六夜君が帰ってしまった。虚しさが残るがお母様との話があるので急いで戻らないといけない。もしかして、嘘を怒っている……?
お母様の隣に座り何を話されるかあれやこれやと想像する。一番有力なのは嘘をついたことでソファーの上でお尻ぺんぺん……
「コハクさん。非常に有意義な時間でした。お時間を作ってくれてありがとう」
「い、いえ、私こそ、お母様とお父様が私の事を考えてくれて嬉しかったです」
「それは親として当然ですから。さて、話は変わりますが彼の事が好きなのですね?」
「は、はい」
「そうですか……普段の電話内容、そして今日見ていて彼に寄せる想いが尋常ではない物であることは直ぐに分かりました。まるで昔の私を見ているようで危うくも感じました。そこで貴方に注意すべきことがいくつかあります」
「何でしょうか?」
「強すぎる一方通行の愛は破滅を生む、と言う事です。コハクさんは私の性格によく似ています。大きな拠り所、好きな相手に出会ってしまうと異常な愛を向けてしまう。それだけでなく嫉妬、妬み、嫉みも。相手ではなく自分の気持ちばかりが優先になり過剰な結果を生む……心当たりはありませんか? 全部自分の思い通りにしないと気が済まない。安心できないといった感情に」
「……あり、ます……」
火蓮先輩が十六夜君と一緒に居るとむかむかする。私だけがそこに居たいのに。と独占欲が働いてしまう。
「咄嗟に出たという事はまだまだ深く考えれば思い当たることはあるでしょう。いいですか? 相手の気持ちを考えるのです。自分の気持ちを一切出すなとは言いません。しかし、あまりに強い自己中心的な思いは相手を傷つけます……私のように……」
「お母様のように?」
「そう……話がそれました。一度、気持ちを落ち着けて自身で考えてみてください。振り返って見てください。ゆっくりと時間をかけて」
「はい」
「それでも気持ちが先走ってしまうこともあるでしょう。人間ですから失敗もあります。その時は素直に謝るべきでしょう」
お母様は私の手を取り私の胸元に手を置いた。そして優しく諭すように語りかける。
「どうですか?」
「私、何回も十六夜君に迷惑を……」
「大丈夫です。彼は懐が深そうな人ですから一回のミスをとやかく言う人ではないでしょう」
「で、でも……」
「まだまだコハクさんは若い。何でも完璧にこなせる必要もないのです。これから積み重ねて一歩一歩成長すればいいんです」
お母様は私の頭をなでる。お母様に頭を撫でられるのはやっぱり好きだ。
自分ばかりを優先してきた……自分の気持ちだけを……今日もそう、怒られたくないからと言う私の気持ち。
もっと、彼のことも考えないと……そうじゃないと彼に近づけない。
分かっている。そう簡単には変われない事は。でも、変わる努力をしよう。
私は彼に近づくために、彼の隣に居る為に……
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