第11話 しっかりとフラグを建てるモブ
「十六夜君大丈夫ですか!!!」
私は腹部を刺された彼の元に走る。彼はうずくまって倒れる。ナイフで刺されたら重症のはずだ。早く病院に連絡しなきゃ。
「今、病院に」
「いや、大丈夫だ……」
「何言ってるんですか!!」
うずくまったまま病院への連絡を止める十六夜君。どう考えても大丈夫なわけがない。
「ああ、女神ですか!! お美しい!!」
ストーカー男は狂ったような目を私に向ける。その目で見られるだけで拒絶感と怒りが私を支配した。
「貴方に付きまとう男は俺が倒しました」
「貴方は何なんですか!?」
怒りの表情を私は向けた。拳に自然と力が入る。このままだと彼は死んでしまうかもしれない。
私が……守る。そう覚悟を決めた次の瞬間……。
「僕はあなたを愛する者でぶわああ!」
――男の顔に十六夜君の正拳がめり込んだ。
「ええ!? 十六夜君大丈夫なんですか!?」
「はい」
「でも、ナイフが刺さって……」
「大丈夫です。服の下に国語辞典四冊入れてますから」
「えええええ!!??」
彼は制服の中シャツの中から国語辞典が四冊零れ落ちる。その内一冊にはナイフによって傷ついた跡。あれが身代わりになって結果的には良かったのだろうが、だとしても普通服の下に入れるだろうか?
「咄嗟に殴っちゃたよ……初めて人殴ったよ……正当防衛だからいいか……」
何かオロオロしてる。凄いのか、凄くないのか。強いのか強くないのか、良く分からない。だが、ストーカーは気絶しているようで、その後の展開はあっさりしたものだった。
警察到着後、ストーカーは逮捕。私たちは事情を説明。警察の人は大分怪訝な顔をしていた。理由は彼の持ち物だ。激辛水鉄砲、電動ガン、国語辞典四冊。彼はあたふたしながらも事情を説明。
色々してるうちに時刻は八時を回っていた。帰り道は二人で歩く。
「十六夜君」
「なんですか?」
「私を守るためにずっとそばにいたんですね」
「まぁ、そう言えなくもないですかね」
一歩間違えば死んでいたかもしれない。それなのに大したことではないように彼は告げた。それを聞いてると何かが込み上げてくる。
「どうして!? 私たちはまだ会ったばかりで、私はあなたに酷いことを言って、学校では変な噂までたってるんですよ!!」
「貴方が損してるだけじゃないですか!! 不良の時も一人傷ついて!!」
私が声を荒げると彼は困ったように苦笑いを浮かべる。
「落ち着いてください。そんな声を荒げる事でもないですよ」
「荒げますよ!!」
ずっと心の底にあったものが出てこようとしていた。もう考えたくもないこと。
失敗した、裏切られた過去。こんなこと人に言うことではないのに自然と口からポツポツと零れ落ちる。
「私は……以前友達を庇って裏切られました」
その話を始めると彼の顔から笑顔が消えた。
「親友だった人をいじめから庇って、私が今度はいじめの標的にされたんです」
『銀堂って援行してるらしいぜ』
『マジ!? ワンチャンヤれるか?』
『ヤリマン説もあるからいけんじゃね?』
男子の会話が聞こえてきた。根も葉もないことで性的に変な視線を向けられ傷ついた。
『可愛いからって調子乗ってるよね』
『前からウザイと思ってたんだよね』
女子からも疎まれ、聞こえるように悪口を言われた。
でも、それなら何とか耐えられた。一番傷ついたのは……。
『親友じゃなかったの?』
『コハクちゃんって前からウザイと思ってて』
『親友にも嫌われてウケル』
『それな!!』
庇った一番の親友が一緒になって、私の悪口を言ってる時だった。
「だから、もう誰も信用せず打算で生きていくと決めたんです!! 友情とか善意とかそんなものを信用しないと決めたんです!!」
「なのに、貴方を見てると、またそれに手を伸ばしたくなる。もしかしてこの人ならって思ってしまうんです」
「昔それを信じて勇気を持って戦って、無駄になって失敗したのに……」
私は全てを吐き出した。目からは涙が零れ落ちて肩は震えていた。こんな私を見て彼は何て言うだろう? 中々返答に難しいことを言ってしまったと思ったが……。
――彼は直ぐに返してきた
「無駄じゃないし、失敗もしてないと思いますよ」
私は目を見開いた。
「確かにいじめられていた親友を庇って裏切られて辛い目に遭ったかもしれません。でも、無駄でも失敗でもないと思います」
「どう、して? そんなこと言えるんですか?」
「銀堂さんが誰かを救おうとして動く姿に憧れを持った人がいる、心震わされて勇気づけられた人がいる、どれだけ傷ついても誰かの為に手を伸ばしたあの時の銀堂コハクは誰かに希望を与えたはずだ。貴方のあの時の姿は何よりも眩しくて、美しくて、誰よりも優しくて、カッコよかったのだと思います」
知っているのか? 私の事を、過去を。そう思ってしまうほど彼の言葉には何か力があった。彼は真っすぐ私の目を見て言葉を続けた。
「確かに、裏切られて傷ついたのかもしれない。でも、銀堂コハクのしてきたことは無駄じゃない、失敗でもない。誰が何と言おうとその事実だけは絶対です。色々胡散臭い俺だけどここだけは信じてください」
その言葉だけで私の心の扉が強引にこじ開けられ、崩壊したダムのように涙があふれる。彼の胸板に抱き着いて私はしばらく子供のように泣き続けた。なぜ抱き着いてしまったかは分からない。でも、勝手に体が動いてしまった。
◆◆◆
「いいですか!! このことは絶対内緒ですよ!!」
「泣き止んだ後、俺の制服から離れた時に鼻水がびよーんと伸びたのは誰にも言わないので安心してください……」
「馬鹿にしてるでしょう!! 口元が凄いにやけてますよ!!」
私が泣き止んだ後再び歩き出した。いつものように彼は家まで送ってくれると言ってくれたのだが離れた時に、鼻水が付いていたのは死ぬほど恥ずかしかった。彼はクスクスと笑い私は顔が真っ赤になった。
でも、大声で泣いて洗いざらいぶちまけたらスッキリした。信じてみよう、もう一度。彼の言葉と行動。信じる理由はそれで十分だ。私は微笑みながら彼と一緒に歩いて行く。
……彼を見ていると、何だか心臓が高鳴る。今まで感じたことのない何かを感じて顔が熱い。
鼻水の事が恥ずかしいのだろうか? いや、それ以上に何かが?
――何かが私の中で芽吹いた、そんな気がする。
◆◆◆
まさか、銀堂コハクも俺をつけていたとは……。
ストーカーをつけるとは大胆なことをする。感心と言うか驚きと言うか……。
彼女の傍にずっといた理由は、ストーカーが常に一緒に居る俺を疎ましく思うのは容易に想像がついたから、彼女を守るだけでなく俺にヘイトを向かせるためだったが。
やっぱり全ての物事がうまくはいかない。本来は俺一人で挑むつもりだった。そして、そのまま警察に突き出すつもりだった。びっくりして油断してしまったのは俺の落ち度だ。もっと臨機応変に対応するべきだった。
でも、国語辞典を服の下に入れていたのは正解だった。相手がナイフを使ってくることは分かってたから準備してたが、本当に助かった。その後警察の人に説明するのは何気に恥ずかしかった。こいつ、思春期特有の厨二病か? 的な視線を向けられ結構きつかった。
その後さらに予想外だったのは、彼女が自身の過去を話してきたことだ。彼女は自身の事を話すようなタイプじゃないし。ハッピーエンドで気持ちよく終わりみたいな感じで終わろうと思ってたので、急にシリアスになったのには何を言おうか一瞬迷ったが、普通にラノベの感想的な事を言ったのもかなり恥ずかしかった。
俺何歳だよ? 前世合わせたら結構年いってるのに臭いセリフを言うのは後になって恥ずかしくなる。
まぁ、銀堂コハクが何か元気出たっぽいから良かったのかな?
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