第7話 反撃の狼煙
ユウが、先手を打ってきた。少なからずレーヴェンは驚いているだろうと、ゼラは思っていた。レーヴェンの指揮を待たずに、ゼラは駆け出していた。
これ以上、遅れを取るわけにはいかない。それに、ユウ・セセイ。一度戦ったみたい相手ではあった。先の戦いでは、シンの迫力に圧倒されてはいたが、セセイの撤退指揮も見事であった。また、遠目からでも、剣の腕が確かであることもわかった。容易くはない。だからこそ、心躍った。ユウは、智略の男と呼ばれているが、ゼラにはそのようには思えなかった。そういう男こそ、存外武勇も人並みならざるものも多いのだ。
「ゼラ。ここは私が」
アリィが、ゼラの回答を待たずに突出してユウの騎馬に突っ込んでいく。見るからに、ユウの軍は一万はいそうだった。対してアリィの騎馬は三千にみたない。様子見でぶつかるにしても、危険だった。しかし、アリィの騎馬は思いの外、食い込んでいく。
それもすぐにはねつけられた。ユウの騎馬隊が二つに割れたかと思うと、奥から軽歩兵達が殺到してきていた。機敏であった。騎馬の軍と変わらぬ速度で駆け、騎馬よりもずっと細やかに動いていた。凄まじい練度だった。軽歩兵の中に、指揮官らしい女性が白馬に跨っている。アリィが、その女性に打ちかかりにいくのが見えた。
ゼラは、あの女性を何度か見かけたことがあった。恐らく、ユウの麾下の将だ。武勇でいえば、帝国八将に数えられてもおかしくない腕前ではないか。アリィの剣撃を、軽くいなしているのである。
加勢にいかねばならぬ。ゼラはそう思ってはいたが、軽歩兵が邪魔だった。虫のように跳ねては纏わりついてくるのだ。この者達は、死を恐れてなどはいないのであろう。気づけば、ユウの騎馬は姿を消していた、今度は重歩兵が圧力をかけてきていた。
「アリィ!」
ゼラはようやく軽歩兵を振り払うと、敵陣を単騎で駆け、女性の将とアリィの間に割って入っていった。
「兄上の邪魔立てはさせぬ!」
ユウ・セセイの妹か。考える間に剣が振り下ろされてくる。一刀を受け、二刀目も。衝撃は、そこそこ。そうか、二刀使いか。それならば。
ゼラはユーリの馬の腹を蹴り、怯んだところを剣を横一閃に薙いだ。ユーリは思わず、二刀でその剣を受けた。次の間には兜を割られていた。
「見事……!しかし…つ!」
ユーリは割られた兜をゼラに投げつけると、後方から斬りかかってきていたアリィに向き直り、剣を突き立てた。アリィの白銀の甲冑ごと、右肩を貫いてた。アリィは苦悶の声を上げた。
「信じられん。貴様の様な将も、帝国にはまだいるというのか」
ゼラは何とか落馬しそうになるアリィを抱きとめると、ユーリに向かって叫んでいた。
「あぁ、情けない王国の将達に教えてやってくれ!」
「言わせておけば」
「おうさ!打ち掛かってくるがいい!しかしその女を抱えながら、貴様に何ができる!」
ユーリの、言う通りだった。この状態で、戦いを継続することは不可能だった。しかし。ザセイダに先鋒を任された。これでは、悔やんでも悔やみきれないではないか。
ただ、今はアリィのことが心配だった。出血は、続いている、一刻も早く、医師の治療を受けねばならなかった。
レーヴェンが、動き出していた。信じられぬ光景だった。わずか三万で、ユアンの本陣の五万を攻め立てつつ、敵右翼のコキアの重歩兵の締め上げを耐え忍んでいる。何が起きているのか、ゼラにはすぐには理解することはできなかった。圧力をかけていたはずのコキアの軍に、動揺が走っている。投石だろうか。トマの陣営から放たれた飛来物が、コキアの軍に降りかかっている。レーヴェンが、策があるとはいっていたが…。しかし、この平原の中に隠せる程度の投石機など、子供だましに過ぎぬ程度のものだろう。足踏式の投石機を以前より開発していることをゼラは聞いていたが、どうやら何か細工が施されているようだった。
「泥爆弾だと、レーヴェン様はおっしゃられていましたわ」
イリーナだった。ゼラが苦戦している様子を見て、レーヴェンから派遣されていた。普段冷静沈着な彼女も、レーヴェンの思い切った策と行動にわずかだが声を弾ませていた。しかし、このタイミングでイリーナが来てくれたのは、それこそ神の導きなのではないかとゼラは思った。頭を下げてやってもいいと、この時ばかりは思っていた。イリーナは、医術の心得もあるのだ。
「アリィを頼む」
「御意」
既に、ユーリの姿は見えなくなっていた。本隊への加勢か、ユウとの合流か。イリーナは馬上でアリィの力ない身体を受け止めると、すぐさまに反転しようとした。
「泥爆弾といったな」
「目潰し薬が、すり込んであります。仕掛けを作る際に、数名の兵が失明致しました」
「そのような物が」
「シーラも存外面白いですよ。劇薬ですが、パルラから仕入れたものだそうです。……それでは、先を急ぎます。ゼラ様もユウ・セセイを追うのでしょう?レーヴェン様が、ゼラ様の先駆けに、あきれ返っていましたが」
「その話は後で聞くよ、イリーナ」
今は、ユウの騎兵を追わなければならない。イリーナの言う通りだった。しかし、コキアの動きが止まったとは言え、レーヴェンが対峙しているのは五万のユアン・ノット軍。数では、まだ帝国に分がある。無策で突撃するような男ではないが、少し気がかりではあった。
ユウの騎兵が、右翼後方をついている。このままゼラの軍が瓦解すれば、レーヴェンの本隊の後方をとり、ユアンとの挟撃の形をとられてしまうことになる。レーヴェンは、恐らくそれが起こり得るとは思ってもいないのだろう。ゼラをそれだけ信頼してのことだ。こんなところで、ユウの部将如きに後れを取っていることが悔しかった。
「ゼラ様、ご武運を」
イリーナは、今度こそ反転し、本隊の後方へ下がっていった。
馬の腿を剣の柄で叩いた。馬は雄たけびのような鳴き声を上げる。ゼラの愛馬だった。ほかの馬と一見して変わりないが、鍛え上げられた腿で、脚力が違った。
「駆けろ!ユウのさらに後方をとる!」
ゼラが号令をかけると、一万の騎兵達もまた、喊声を上げた。神聖王国騎士団第六軍の“神速”が、動き始める。
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