いってよき!モコちゃん★

橋本ちかげ

第1話 おいでませゾンビエンタメ!

 皆さんのおうちには、継がなきゃいけないお仕事って何かありますでしょうか。世の中には、沢山の歴史あるお仕事があると思います。それは昔から守り続けてきた伝統芸能だったり、職人技だったり、色々あります。しかしこれだけは言わせて下さい。うちの家業だけはありえない、と。だって、


「ゾンビはおかしいでしょうッ!?」


 わたしは大きな声を出してツッコみました。生きているときはそんな大きな声を出すシチュエーションなんか、ほぼほぼなかったんですが、ここは、誰かがツッコまねばなりません。だってわたし、何も知らされていなかったから。継ぐ気なんか、絶対なかったから。


「それは言えんだろうなあ。わがモコ山一族から出た死人の中でも、特別に択ばれた死人だけがゾンビになれるんじゃもの」


 と、目の前でわけのわからないことを言うのは、わたしのひいおじいちゃんだと言う人です。確かに、お母さんの実家の仏壇で見覚えがあります。


 まだ三十前後で、坊主頭で立派な軍服を着ている勇ましい遺影でしたが、太平洋戦争で戦死したのではなく、復員して帰ってくる途中、馬に蹴られて、お亡くなりになったそうです。さすがわたしの先祖です。おっちょこちょいなのです。だってわたしも、タピオカと間違えて落ちてきたアマガエルを呑んで昇天したんですから。


「わがひ孫ながら、ありえん死にざまじゃなあ」

「ひっ、人の死因にケチつけないでよ!人間ねえ、死ぬときゃ死ぬのよッ!」


 開き直りましたが、自分では、なんて間抜けな死にざまなんだろうとは思ってました。でも、あんたに言われたくないわ。


「いやあ、運命じゃなあ。やっぱりわしの目に狂いはなかったのかなあ。…お前が生まれたときなあ、実はわしが名付け親になっとったんじゃよ。もしかしたらわしの血を引いとるかなあ、才能あるかなあと思ってな。せいぜい早死にすることを願って、喪中の『喪』に子供の『子』とつけてなあ。その名も喪子もこ!」

「やめてよ!縁起悪い!」


 お母さんが頑なに、あんたの名前はとにかく平仮名で書きなさい漢字で書かないのいいから言う通りにしなさい、と句読点もつけずに一気に言う意味がやっと分かりました。


『もこ』ってぬいぐるみみたいで、もしかしてキラキラネームなのかと思ってたけど、ただの忌み名でした。ひいじいさんに呪われていたんです。まーお母さん、そんなキャラじゃないしおかしいなとは思ってたんですけど。でも、なんなんですかこの家。全体的に納得いかないです。


「いやー、こんなに早く後継者になってくれるとは思ってもみなかった。喪子よ、死にましておめでとう!」

「あけましておめでとうみたいに言うな!気分悪いわッ!」


 重ねて縁起も悪いです。享年十六歳。天命なのは仕方がないですが、それを死んだはずのひいじいさんが手ぐすね引いて待っていたと言うオチは、ありえないと思います。霊ならまだしも、ゾンビって。


「ひいおじいちゃん、喜んでたでしょう。なかなか継ぐ人がいなくて困ってたみたいだから。ちょうど良かったわ」


 病院の霊安室からどっと疲れて帰ってくると、お母さんがとってもひどい言葉をかけてくれました。


「お母さんは悲しくないんですか、突然娘がゾンビになって帰ってきて」

「そうねえ、あんまり驚かなかったわ。ずっと前から予知夢で見てたから」


 お母さんは顔色ひとつ変えずに言いました。子供のときから、あなたのお母さん変わってるわねえ言動がおかしいわ、と近所で言われまくっていた理由がやっと分りました。今まで何かの冗談だと思っていましたが、まさかのガチ勢なのでした。


「でもあんた、向いてるんじゃない。子供のころから元気な感じじゃなかったし、顔色も悪かったし」


 いやそれは誰のせいだよと言いたいです。わたし外見も体質も、お母さんにそっくりなんです。顔色が悪いのも絶望的な胃弱のせいだし、髪型も黒髪ロングのぱっつんで、二人でいると呪われた日本人形が動いていると言われるんです。


 友達だってほぼいません。いじめられているわけではないですが、得体の知れない眼力があるらしく、たまに本気で泣く人がいます。


「ゾンビをやるならお母さんがぴったりの衣装作ってあげたから、それを使いなさい。こんなこともあると思って作っておいたのよ」


 そう言われて渡されたのは、やっぱり黒いドレスです。右の鎖骨のところに白い花がワンポイントでついていますが、極端に焼け石に水です。菊の花だし。うっすら顔を隠すための黒いベールまでついていて、どう見ても、禍々しいだけです。


「いらない」

「どうして!?あまった布で、それらしい人形も作ったのよ?」


 それは、カラスの羽をまぶした包帯まみれの気持ち悪い人形でした。背中のとこにファスナーがついていて、小物入れになっているとか、余計なギミックが、忌ま忌ましさを倍増させます。


「お母さん、わたし、ゾンビになんかならないから」


「どうして!?あんたにぴったりじゃない」

「ふざけんなッ」


 人間は、生まれてくる場所を択べません。どんな姿で、育つかも択べません。それにしても神はわたしになんちゅう運命を与えていたんでしょう。今頃天国のドアをぴったり閉じて鍵かけて、無事にあの世に行けないわたしを見て高笑いしていることでしょう。


 すんごくいやでしたが、結局友達に説得されました。数少ない友達の、オカルト研の稲川くんと黒魔術同好会の佐波戸さばとさんは、とっても羨ましがってくれました。二人ともウェブ上だけの付き合いで、今まで一度も学校で顔を合わせたことはないけれど。


「いやー、バブルの頃はゾンビも、引く手あまたでなあ!わしはもう、成仏する暇もないくらい忙しかったもんじゃ!」


 へーあっそ。むしろ成仏してほしかった、その頃に。ひいおじいちゃんの自慢話を聞きながら、わたしは心の中でツッコみを入れつつ、自分の進路が『ゾンビ』一択になったわびしさをみしめていました。


「これ北米ツアー、一緒に写ってるのマイケルじゃぞ!?これわし、わしが彼にゾンビダンスを教えたんじゃ!」


 かあー聞くのすらめんどいどこまで本当か分からないその話。お母さんがまだ迷ってるわたしにとどめを刺そうと、ゾンビで当たったら大きいわよ、豪邸建つわよ、などと吹き込んできたガセ情報に一瞬でも心動かされたわたしが、馬鹿だった。つーか死んでたら、お金いらないじゃん!?


「そんなことないぞ。あの頃わしが稼いだ金があってこそ、わしの娘(お祖母ちゃんです)にも、お前の母さんにもフルで学費出してやれたし、マイホーム一括でぽんと買ってあげられたんじゃからなあ」

「えっ、それ本当!?」


 実はわたしの一族の中で、すっかり埋蔵金扱いされていたひいじいちゃん預金。道理でお母さんいまだにパートすらしてないし、お父さんも毎日ぶらぶらして趣味に走ってても家が傾かないわけです。


「だがわしの稼ぎもそろそろ限界じゃ。どうじゃ、今度はお前の力で家を盛り立てていきたいじゃろ!」

「別に」


 と、すげなく断ってやろうかと思いましたが、そんなわたしには、幼い弟と妹がいるのです。二人ともお金がかかる持病もちです。まるで何もかも初めから仕組まれていたようでした。たぶんおうちでお母さんが、ほくそ笑んでいます。


「でも、ひいおじいちゃん一つ、質問」

 自慢話の嵐が通り過ぎるのを待って、わたしは質問の声を上げました。

「なんじゃなんでも聞け」

「結局ゾンビって今は実際、何をやって稼いだらいいのよ!?」


 考えてみるとひいじいちゃんの頃は、ゾンビがメディアに出だした頃です。

 ジョージ・ロメロと言う監督が一九七八年に『ゾンビ』で世界的なヒットを飛ばして以来、ホラー映画の看板スターになるわ、八十年代にはマイケル・ジャクソンの『スリラー』のお陰でディスコでゾンビダンスは流行るわ、九十年代にも『バイオハザード』で日本発のテレビゲームで世界的ブームは出るわ、ゾンビには無限の可能性がありました。


 ひいおじいちゃんにもその頃は、あまたのオファーがあったそうです。どこまで本当かは分かりませんが、今でもありあまる遺産(本人いるけど)で一族を食べさせているところを見ると、あながち、ガセばかりでもないのでしょう。


「そうじゃなあ。…今は、SNSで動画を拡散するのが一般的かのう」

 戦争へ行ったひいおじいちゃんは、やたらネットの世界の用語を使いこなします。

「ネットでバズればでかいが、やはり過激すぎるのはNGじゃ」


 海外にももちろんゾンビたちはいて(と言うかそっちが本場だ)ダイナマイトで吹き飛ばされたり、タンクローリーにはねられたり、ものすごい危険なアクティビティをやったりするみたいですが、もちろん日本では無理です。


 ひいおじいちゃんも共演したことのあるゾンビ・ユーチューバーの『GUROつよし』さんなどは、名前こそえぐいですが、やっていることは『ナフタリンの早食い競争』とか、『フリーズドライになってから、さらにまたお湯で戻ってみた』みたいな、ゆるめのゾンビあるあるネタで、視聴回数を稼いでいます。


「お前は若いんじゃから、華があるじゃろう。アイドル路線もいけるとは思うがなあ」

「わたしが…アイドル…?」


 普通の女の子なら、向いてると言われて悪い気はないとは言えないでしょうが、みるみる気持ちが冷えていきます。アイドルなんて、わたしからは最も遠い人種です。


 生まれてこの方、わたしは笑顔で写真に写ったことはないですし、歌は不吉なお経のようだと言われて同級生に泣かれました。


「まー今は色んなアイドルがいるから大丈夫じゃろう。縁起が悪くて、不吉なゾンビアイドル、と言うのもよきかも知れん」

「良くないよ」


 あれだけ家業を継げ継げと言った割に、ひいおじいちゃんはかなり雑です。しかし、かと言ってわたしに何か意見があるかと言えば、特にないのが辛いところです。はっきり言って、よんどころない事情で流れ流されて今、ゾンビやってるし。


 かくてゾンビアイドルとして、わたしは動画デビューしましたが、まーこれが、ありえないくらいにぱっとしません。広告収入なんて、夢のまた夢です。


 理由は明確でした。ゾンビアイドルなんて、それが別に珍しくもなんともないことです。当然ながら、ゾンビを売りにしたアイドルと言うのはもういて、とっくにジャンルになっていました。『会うと逝けるアイドル』として、大手ではもう『デスマスク女子』や『草葉の陰に隠れ隊』などコアなファンを抱えた売れっ子たちがいます。


 ど素人のわたしが武器に出来るものはあるはずがなく、このままでは、文字通り日の目を見る日など永遠に来ないでしょう。

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