第四話 展示室から

 アルラウネになごんでいた慶太は、その隣にもっさりと固まっている羊のような毛玉を見付けた。見た目は……完全に羊だ。目は少し大きいが、毛並みを見るに、もふもふしていてとても気持ちが良さそうだ。それが、五、六匹固まっている。もふもふの群れだ。宙に浮いていることには、この際目をつぶろう。

「……顔、埋めたい」

 思わず漏れた心の声に、主が小さく肩を震わせた。

「少年。気持ちはよく分かるが、止めた方がいい。うっかり起きられなくなったら困るだろう?」

「起きられなく?」

「この子の性質でね。相手から熱を奪うんだ。

 だから枕にしちゃったり、うっかり抱えちゃうと、寒さのあまり起きられなくなってしまうかもね」

 茶目っ気たっぷりに笑っているが、語られた話の内容に、慶太は思わず手を引っ込めた。こんなにも可愛い見た目なのに、そんな恐ろしい一面があるだなんて。思えばクラスでも、外見と中身が合わない子がたまにいる。そういうものなのだろうか。

 慶太の様子を楽しげに見ていた主だったが、次をうながすように向かいのガラスケースを指さした。そこには、淡い茶色の髪を、鼻唄でも歌っているのだろうか、とても楽しげに三つ編みにしている、人形サイズの少女がいた。顔立ちから考えると、ヨーロッパの方だろうか。頭にモコモコの帽子をかぶり、水色の、雪の結晶が入った、これまたモコモコのワンピースを着ている。彼女の後ろには小さなログハウスがあり、そこで生活しているのだな、と想像出来る。

「彼女は誰ですか?」

「彼女の名前は、スネグーラチカ。ロシアの、サンタクロースの孫だね」

「サンタクロースの孫?」

 サンタクロースとは、白いヒゲをたいそう付け、赤い服と帽子をかぶった恰幅かっぷくの良い初老しょろうの男性のはずで、彼の共をしているのはトナカイのはずだ。孫がいるなど、聞いたことがない。

 疑問ぎもんをそのまま顔に出すと、主はクスクスと笑う。

「ロシアでは、サンタクロースのことを、『マローズ爺さん』と呼ぶらしいよ。そして、共にするのは孫のスネグーラチカだ、と言われているんだ。元は雪の結晶けっしょうに息を吹きかけて出来た精霊である、とも言われていたらしいけれど、真偽しんぎのほどはいかがかな?」

 唇に人差し指を当てて、そうほほ笑む主の顔を見あげたあと、慶太はもう一度ガラスケースを見つめた。近寄ってみると、慶太に気付いたのか、スネグーラチカは美しく笑い、手を振ってきた。反射的はんしゃてきに振り返してしまう。

 しばらく手を振りあっていたが、スネグーラチカは気が済んだのか、また髪を編み始めた。

「ここは、不思議な所ですね」

「そうですか?」

「ええ……不思議な所です」

 来た道を振り返ると、紹介された精霊たちがそれぞれ好きなことをして生活している。まるで今までがそうであり、これからもそうであるかのように。

「……今日は、もう帰らないと」

 気付けば陽は大きくかたむき、外はオレンジ色に染まっている。そろそろ家に帰らないと、祖父母そふぼが心配する。

 だから、名残惜なごりおしいけれど、

「あの」

「何だい?」

「明日も、来て、いいですか?」

 慶太の質問しつもんに、主はニッコリと笑った。


「もちろんだとも。

 いつでもおいで」

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