出撃前

 プレイヤーがミッションを受注する際にアーカイブと言う軍事統合企業から依頼が発生する。

 なんでもこの世界に存在する高度な人工知能“月光”により任務の作成と構築、運営管理を行っているようだ。

 仕事を受注する為にPCを起動させアーカイブにアクセスする。




『ようこそ、ネクシル・オンラインへ。わたしの名前は月光。あなた方、兵士のサポートをさせて頂きます』




 無機質な女の口調だ。

 この”月光”はプレイヤーをサポートするオペレーターと言う位置づけの存在でもあり、β版ではβ版を管理、運営していたようだが、オペレーター機能は実装されておらず、シュウとは初対面となる。


 どこか音声ガイダンスにも思えるが、このゲームのAIは人間の思考のパターン化に成功、従来のAI以上の柔軟な対応が出来ると記載されていた。

 ただ、それには多くの物議を醸している。


 まず、現代科学では人間の思考をパターン化するのは不可能とされていると言う事だ。

 人間はPCと違いYES、NOで答えるようには出来ていない。

 どこか抽象的な表現が入り、それが思考の複雑化に繋がっている。


 シュウも不可能と思っている人間の1人だ。

 その是非を確かめる為に世界には研究者達がわざわざ、このゲームを買ったと噂されるほどだ。

 一応、今後のシュウのサポート役になる存在なので、どれだけの柔軟性があるのか性能を見ておきたかった。




「不躾で申し訳ありませんが、質問良いですか?機械種以外のエネミーが討伐可能な任務を選別して難易度順にリストアップ」


『了解』




 すると、タイムラグ無しですぐにリストを作成、10個の項目が出現した。

 内8個はβ版で討伐した敵だったのでそこまで重要ではない。

 だが、残り2個はβ版には無かった任務が入っていた。

 その内の1つである”オニキス・ドラゴン5匹の討伐”と言うのが目に引く物だった。


 難易度は現状受けられる任務の中で最高難易度でありレア素材である可能性が高い。

 このゲームは攻略本などが基本的にない。

 公式によると「プレイヤー自身で攻略を開拓する事を楽しんで欲しい」と言う事らしい。


 だからこそ、レア素材に成り得るなら、その情報を仕入れておくと後で情報とこのゲームの通貨ムナと交換でき、取引にも使える。


 難易度が高いなら需要はあるはずなのだ。

 シュウは迷わず、任務を受注した。

 戦闘に際しての備えはβ版の時点で完了しているので問題はないと判断したからだ。

 後はこのサポートAIの性能だ。




「次の質問です。邪神と言うエネミーに関しての情報はありますか?」




 基本的な情報の売却と購入は“月光”を介して行われる仕様となっている。

 ゲーム開始から1時間30だが、誰かが邪神の情報を得たかも知れない。




『現在、そのような情報がありません』


(それはそうか……)




 まだ開始から1時間30しか経っていないのだ。

 都合よく情報が入っている可能性の方が低いだろう。

 元々、ダメ元なのでそれは気にしていない。




「では、次に、あなたにとって愛とはどんなモノですか?」




 ここで普通のAIなら辞典的な意味をもち出すはずだ。

 回答予想としては「親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち」のような回答をするはずだ。

 哲学的にはAIは語れないはずだが、この”月光”はどうだろうか?とシュウは”月光”を試した。




『愛とは自己を犠牲にして相手に仕え、献身する事です』




 予想していた回答で全然違う答えが返って来た。

 少なくともネットに載っている「愛 意味」と検索した内容のどれとも合致しない。

 だが、強ち的外れな事を言っている訳ではない。




「ほう……では、恋と愛の違いはなんですか?」




 これは流石に答えられないはずだ。

 人間の多くがこれらを同列なモノとして扱う事が多い。

 人間ですら明確な定義がないと言うべきかも知れない。




『恋とは利己心、自己中心的な恋愛感情であり愛とは利他的、自分の利益を追求せず、相手の為に献身するモノであります』


(明確に区分してきましたか……しかも、ネットに載っているような定義でもなければ、強ち間違っていない定義と言うより哲学ですね。確かにこのAIは人間に近い柔軟な思考を持っているのは間違いないでしょうね。機械のような精確な判断と人間のような柔軟性……これは最強のオペレーターではなのでは?)




 人間はミスをするが機械は基本的にミスをしない。

 疲労が溜まる事もないのだから、常に最大のパフォーマンスが期待できる。


 それに今回から月光が戦闘をバックアップしてくれるようなのでかなり心強い。

 この優秀なオペレーターをどう使うかで戦況が変わる事も大いにあり得るだろう。

 月光の性能については理解した。

 だが、シュウの中で聴いておきたい事があった。




「出撃前最後の質問です。支配の羈絏の使用条件が知りたい」




 基本自分が既に持っているアイテムの情報は閲覧可能であり、プレイヤーが必ず持つ固有魔術”解析”を使う事で不明オブジェクトの解析も可能になっており、更にマイルームの装置を使って”月光”に解析させれば、より高度な解析も可能となっている。


 尤も、不明オブジェクトの解析には難易度などがあり、魔術の能力を解放しないと”解析”できない物もあるが、ゲームスタート時な、殆どが初期装備で解析できないと言う事はないはずだ。




『このアイテムの解析は出来ません』


「ん?それは解析能力が足りないと言う事ですか?」


『いいえ、そもそも支配の羈絏は解析できるオブジェクトではありません』


(解析できない……そんなアイテムが存在するのですか……これは本格的に自分で発見して探すしかありませんね)


「分かりました。では、解析できないアイテムの情報を情報として販売可能ですか?」


『可能です』


「では、過越の情報は?」


『運営側から3大勢力の選定に影響する為、規制がかけられています』


「ふん……遅かれ速かれ、発覚すると思って売却しようと思いましたが……それでは仕方ありませんね。では、それで構わないので売却をお願いします」


(求めている情報は入らなかったが、この程度の情報が金策になるだけまだ、マシとしておきましょう)




 こうして、現状の調べき情報や調べたい情報を調べたシュウはガレージでデッキに上がり、ネクシル・グランゲートMk Iに乗り込んだ。

 乗り込むと共にネクシル・グランゲートMk Iの足元が光、ネクシル・グランゲートMk Iの姿が掻き消えた。




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