第5話
天は目が覚めるとすぐに右腕を見た。
やはりそこには昨夜同様、刺青の様に”天地神明”と刻まれていた。
「はあ……やっぱり夢じゃなかったのか」
天は昨日の出来事全てに現実味を感じることができずにいた。
しかし、部屋中を見回してみても”建御雷神”は居なかった。
時計を見ると六時四十五分だった。
まだ少し早かったが、二度寝する気にはなれず下へ降りた。
リビングのテーブルにはいつものように朝ご飯は用意されてなく、父がテレビを見ながらパンを食べていただけだった。
『ああ……』
天はこれだけ目覚めの悪い朝は経験した事なかった。
「あ、おはよう。惣菜パンあるけど食べるか? 焼きそばパン好きだったよな?」
「うん、ありがとう」
天は焼きそばパンを受け取る。
母の作った味噌汁が恋しい。
自分は母に一度でも朝ご飯のお礼を言ったことがあっただろうか。
『本日は日本列島全域で晴れ間が広まる予報です。洗濯物干しのチャンスです!』
お天気キャスターの能天気な声が沈黙のリビングに響く。
「天、今日学校はどうするんだ? 忌引きなら一週間は休んでも大丈夫だろ?」
「うん、でも授業も進んじゃうし行くよ。今年はもう受験だしね。」
そう言うと天はパンを飲み込みそのまま立ち上がった。
「天! 何かあったら言いなさい。異能力は危険だ、父さんでも空くんでもいい、万が一他の異能力者にあったら逃げなさい」
「わかってる」
そう言い残しまた二階へ上がり学校の準備をする。
机の上には昨日開けた舞からの誕生日プレゼントのペアリングを見る。
リングにはチェーンがついているのでネックレスにすることができた。
『確か学校はアクセサリー禁止ではなかったよな?』
かと言って学校規則を確認する時間は無く、一か八か着けていくことにした。
『まあ、見られなきゃ何も言われないだろう』
制服を着て、一通り準備を終え一階の洗面所に行く。
鏡の前に立つと右腕の”言霊”が目立つ。
「これ……ほんとに大丈夫だよな?」
顔を洗い、歯を磨き終わると既に七時十五分になっていた。
『今日は遅刻したくないな』
そう思い急いで家を出る。
「じゃあ行ってきます」
「気をつけてな」
見送るのは父親しかいなかった。
外は快晴だった。
家から学校までの十五分間は異様に長く感じた。
いつもなら誰かが声をかけてくれるのだが、時間が早いせいか、仲の良い友達はいなかった。
『そういえばこれからは家事もしなきゃいけないよな』
そう考えると母の偉大さに改めて気付かされた。
そんな時後ろから元気良く声をかけられた。
「天! おはよう。今日から登校するんだね」
振り返ると舞がいた。
「うん、そうだね。いつまでも休んでられないからね。」
天は今できる精一杯の元気を出して言った。
「私もね、何か出来ることあったら手伝うよ?」
「うん、ありがとう。そういえば誕生日プレゼントありがとうね。着けてきたよ」
そう言ってネックレスを首元から出した。
「ほんとだ! ありがとう!」
“おい天! 朝から揺らすんじゃない!”
「あ?」
「え?」
「あ、いや、なんでもない」
「大丈夫? 疲れてない?」
舞の心配はありがたいが、どうも脳内に響くあの声が聞こえた。
『幻聴か?』
“幻聴ではない。私だ”
どうやら昨日の神ようだ。
『神様、俺まだ呼んでない気がするけど』
天は心の中で語りかける。
“ネックレスだ。これ以降呼ばれなさそうだったからな、お主が身につけそうな物に取り憑いておった”
『なるほど、さすが神と言うだけあってなかなか頭がキレる』
“それに私は神と言う名ではない。建御雷神だ”
キラキラネームでもここまで長い名前はないだろうと思うほどに言いづらい。
『なあ、他に呼び方無いのか? それじゃあ長すぎるよ』
天は少し神様に失礼かと思った。
「天? さっきから眉にシワ寄せてるけど何かあるの? なんでも聞くよ?」
どうやら無意識に表情に出てしまっていたようだ。
「いや、大丈夫! こっちの話よ」
“ふむ、天子はそんなこと気にしなかったんだがな。では、
うん、まあいいか。
御雷との会話をしていると学校に着いてしまった。
舞とは登校中会話が無く申し訳ない事をしてしまったと少し後悔した。
ガラガラガラ
四十人の教室にはまだ人はまばらだった。
「じゃあちょっと行ってくるね」
そう言うと舞は部活の朝練に行ってしまった。
天は暇だったので心の中で御雷と話すことにした。
『なあ、御雷? あんたはさ、本当に俺が”影”に入らなくても良かったのか?』
“ふむ。欲を言えば戦ってほしい。我々は過去から今まで戦い続けてきたからな”
『そうか』
天は考えた。
母の仇を打ちたいが死にに行く度胸はない。
“天、復讐もいいが、戦うのならもっと違う動機の方がいい。じゃなければ身を滅ぼしかねない”
『わかってるよ』
ガラガラガラ
教室のドアが開くと空が来た。
「天! 今日から来たんだな」
「うん、まあね」
空は天の後ろの席に着く。
教室には人が多くなってきた。
「天、今日一緒に帰れるか?」
空が天の耳元で囁く。
「うん、舞とは約束してない」
「おけ!」
“天”
御雷が囁いてきた。
どうも心の中と普通に喋るのは慣れない。
『なに?』
“天子の時から言っていたがな、奴は危険だぞ”
『なに言ってるの?空はいい奴だよ』
いくら神とはいえ親友の事を悪く言われると気に障った。
“奴からは復讐の念が見える”
天にとってそれはもっともな話だった。
空も両親を”言霊”関連で亡くしたと聞いた以上、復讐に駆られるのも分からなくもない。
逆に自分がこんなにも臆病な事に恥を覚えるくらいであった。
『空だって両親を亡くしているんだ。そう思うのも無理はないよ』
“そうだな。だがこれだけは覚えといてほしい。私は先祖代々お主らの家系に取り憑いてきた。勿論皆親の死と同時にこの力を継承した。だからこそ復讐に走る者の末路も見てきた”
『大丈夫。たとえ俺が”影”に入る事になっても復讐はしないつもりでいるさ』
“そうか、なら大丈夫だな”
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に工藤先生が入ってきた。
天にまた日常が戻ってきた。
いつもと違ったのは心の中で話しかけてくる奴が増えた事だった。
「よーし、じゃあ終礼は終わりにするぞー。皆気をつけて帰るように」
工藤先生がそう言うとクラスメイトは一気に解散した。
今日一日誰も天の母に対する事を聞いてくる者はいなかった。
きっと先生が配慮してくれたのだろう、皆いつも通り接してくれたおかげで天は心に余裕が持てた。
「天、帰ろうぜ」
空は既に帰る支度を済ませていた。
「ああ、待って」
そう言うと舞が隣から聞いてきた。
「今日は空くんと帰るの?」
「うん、ちょっと話す事があってね。また今度帰ろう」
「わかった、じゃあね」
「うん、また」
そう言葉を交わすと天は空と一緒に教室を出た。
「で、なんで突然?」
先に口を開いたのは天だった。
「うーん。もう色々と親父さんからは聞いただろ? 今後どうするのかについて聞きたかったんだ」
二人は下駄箱で靴を履き替え学校を出た。
「うーん。”影”に入る事はないかな」
「え? なんでだよ」
空の表情が一気に険しくなる。
「率直に言うとな、死ぬのが怖い。ただそれだけだよ」
空の顔はさらに険しくなった。
「お前の母親は殺されたのにか?」
空は語気を強めた。
「勿論、そりゃあ仇を打ちたいと思ってない訳ではないさ」
「これを見てもか?」
すると空は鞄から一枚の写真を取り出した。
「なに、これ?」
スキンヘッドでいかにも何かやらかしてそうな男が写っていた。
『ん? どこかで見かけたような』
「お前の母親、森田天子准特級捜査官を殺した犯人。
天は思い出した。
母、天子が亡くなったあの日、天の家にピザの配達員として来たあの男だった。
「こいつが……母さんを?」
「ああ、奴の言霊は”
天の写真を持つ手に力が入る。
腹の奥底から怒りと悲しみ、復讐心が込み上げてきた。
“天、それ以上復讐心に支配されてはダメだ”
御雷の言葉にも耳を貸せなくなっていた。
「空、こいつは今も生きてるのか?」
「ああ、勿論」
天はこの写真を見なければこの怒りを抑えられていたかもしれない。
けれど一度心の中から湧いた怒りをどうすることもできなかった。
“天、それ以上はダメだ”
天も心の中では分かっていた。
復讐しても何か得るわけでもない。
冷静にならなければたとえこの母親殺しを見つけたとしても勝てはしないと。
天は冷静になる為に一度深く深呼吸をした。
『御雷、大丈夫。復讐心は心の奥にしまっておく。けどな、今思ったよ。こいつは俺の顔を見たし、次は俺、最終的には舞の元まで行くかもしれない。そうなったら次こそこの怒りを抑える事はできないかもしれない』
“そうか、ならどうする?”
「俺は”影”に入るよ」
“そうか、なら主よ。我々はそれに従うのみだ”
「天、わかった。じゃあ案内するよ」
そうして天は空と共に東京都庁へ向かった。
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