化け物バックパッカー、化けの皮に触れる。
オロボ46
あの子は許してくれる。だから……ごめんね。
「ただいま、おかあさん」
玄関の扉を開けて、女子高校生はスクールバッグを手に声をかける。
「おかあさん、いるんでしょ?」
もう一度尋ねても、返事は帰ってこなかった。
「おかあさん……買い物にいくなら鍵をかけてよ」
そうぼやきながら、リビングに通じる扉を開く。
その直後、スクールバッグが手から離れた。
赤茶色の大地を横切るように敷かれている道路。
その上を、赤い車が走っている。
その車は、小さな町の入り口に停車すると、扉の開く音が聞こえ、車はすぐに立ち去った。
残ったのはふたりの人物だった。
ひとりは大きなバックパックを背負った老人。
派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショートヘアーにショッキングピンクのヘアバンド……そして、怖い顔が特徴。
その背中には、黒いバックパックが背負われていた。俗に言うバックパッカーである。
老人は眠そうにあくびをしていた。
もうひとりは、黒いローブを身にまとった少女。
顔はローブのフードで隠れて見えないが、よく見てみると女性のようなシルエットだ。その背中には、老人のものよりも古い、黒いバックパッカーが背負われている。
少女は、去りゆく車に向かって手を振っていた。
「お嬢さん、気がすんだか?」
車が見えなくなると、老人は手を振っている少女にたずねた。
「マッテ、モウチョット……」
少女はしばらく手を振り続けたのち、手を下ろして老人に顔を向けた。
「ウン、モウダイジョウブ」
満足そうにほほ笑む少女に対して、老人はため息をついた。
「あそこまで手を降らんでも、最後まで見てないから心配する必要はないだろう」
「ワカッテイル。ダケドナントナク、見送ッテイル……ミタイナ……充実感ガアルカラ」
「それは……自己満足ってやつか?」
老人が尋ねると、少女は「ソウカモ」と答えながら振り返って歩き始めた。
「……ここも定休日か」
とあるファミリーレストランの前で、老人はつぶやいた。
入り口の扉には、【CLOSE】と書かれた札がかけられている。
「サッキノハンバーガノオ店モ閉マッテイタヨネ。他ニ空イテイルトコロ、アル?」
「いや、この町ではもうないな……」
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥ
「……」「……」
異常が起きているのか、ただの腹の虫の音なのか、判別ができないほど中途半端な音が老人の腹から聞こえてきた。
「……イツモ思ッテイルケド、オナカノ音、変ワッテイルネ」
「こればかりは子どものころから変わっていないんだよなあ……ん?」
ふと老人が顔を上げると、視線の先にある建物が立っていた。
それは、24時間年中無休のコンビニだった。
自動ドアが開き、入店を知らせるシグナルが鳴り響く。
コンビニの中で、ローブの少女は店内を見渡していた。
服装から新手の強盗に間違えられそうだが、本人は好奇心で店内を観察しているようだった。
その様子に対して老人は不思議そうに首をひねっていたが、その理由を予測できたかのようにうなずいた。
「お嬢さんはコンビニは初めてだったな」
「ウン、コンビニニ入ル機会ナンテ、ナカッタカラ」
「……そういえば、いつもは朝起きてお嬢さんと合流する前に、コンビニによっていたからな」
少女はある方向を見て、動きを止めた。
そこは、窓越しのカウンターとイスが設置された飲食スペースだった。
今のところ、使用している客はいないようだ。
「アソコッテ……レストラン?」
「イートインスペースだ。店内で買ったものをその場で食べるスペースみたいなもんだ」
老人は空腹を感じるように腹をさすった。
「せっかくだから、今日の朝ご飯はあそこで食べるか。さて、俺の腹を満足させるサンドイッチはあるかどうか……」
「……マタオナカ、壊サナイデネ」
少女がイートインスペースの席で老人を待っている時だった。
入店のシグナルが鳴り、パーカーを着た3人の人物が入店した。
パッと見ると休日の女子高生グループに見える3人のうちのひとりは、商品を手に取った後、サンドイッチとにらめっこしている坂春よりも先に会計をすました。
その女子3人組は今、ローブの少女の隣の席に座っている。
「ふたりとも、どうしちゃたんですか? なにも食べないなんて」
ローブの少女から最も離れた席に座っている、商品を購入した女子は他のふたりよりも年下に見える。黄色いパーカーを着ているその女子は、敬語だが軽い話し方から、先輩だけど気楽に話せる関係であることがわかる。
彼女の前のカウンターだけ、パンやお菓子が置かれていた。
「ごめんね。最近ダイエット始めちゃって」
ローブの少女の隣にいる女子は、しっかりとしているものの純粋な笑顔で受け答えている。
赤いパーカーの彼女の目線は気楽そうな女子から、その隣の女子に映った。
「わ……私は……食欲がなくて……」
ふたりに挟まれている真ん中の女子はか細い声を出す。
青いパーカーを着た彼女の顔色は、体調を崩していそうなほど白かった。
「でもおかしいですよ。いつもはあたしが小食と思われるほど、ふたりとも大食いじゃないですか。ダイエットをするにも、食欲がなくても、まったく食べないと逆に体に悪いですよ」
黄色パーカーの女子は2つのパンを他の女子に差し出した。
「はい、どうぞ」
「うーん、どうしようかなあ」
赤パーカーの女子はパンを手に取ると、食べようか食べまいか迷っているように、袋の縁を持ち続けた。
「……」
真ん中の青パーカーの女子はパンを手に持ったまま、軽い口調の女子の顔を見た。
「……どうしても食べないと……だめ?」
「絶対ってわけじゃないですけど、食べないとあたしが心配しますよ」
パンを手に持つふたりの女子は、互いに顔を見合わせ、うなずいた後に袋を開封した。
青パーカーの女子は、最初はパンを見るだけだったが、決心したようにうなずくと、ゆっくりとパンにかみついた。
静かにアゴを動かし、喉が動くと笑みを浮かべ、もう一口とかみつく。
その一方で、赤パーカーの女子の様子がおかしい。
食べかけのパンをカウンターに置き、その手は口をふさいでいる。
「ブグッ」
何かが口からこぼれた音がした。
その音に、3人の隣に座っていたローブの少女が反応した。
少女が見ると、その女子の指先から黒い液体のようなものがあふれている。
「ねえ、だいじょうぶ……?」
青パーカーの女子が心配そうに肩に手を置く。
べちゃべちゃべちゃあ
それが引き金となり、口から何かを吐いた。
ふたりの女子がその何かを確かめようとした直後、ローブの少女が視界を遮断するような形で、吐いている女子と真ん中の女子の間に割り込んだ。
ローブの少女に背中をさすられている中、すべてをはききった女子はカウンターの下の床を見る。
黒い液体の上に、パンが浮かんでいる。
そのパンは消化された形跡もなく、
かみ砕かれて水分を吸って変形しただけにすぎなかった。
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