生ける魔導書は人間になりたい。

しゃむしぇる

第1話 突然の別れ

 枯れた手で力なく儂を抱き、今の主は言った。


魔導書グリモア‥‥結局私は‥お前を幸せにできなかったな。」


「死に体で喋るでないわ、カール。」


「ふっ‥‥相変わらず容赦なく毒を吐く。そしてお前の言うとおり私はもう死ぬ。」


 儂の毒を含んだ言葉に慣れた様子で現主人のカールは少し笑いながら自分の死期が近いことを告げた。

 今のカールとはもう何十年も共に魔導を研究してきた仲だ。今の今まで儂の補助魔法でなんとか延命してきたが、それももう意味がないほどに寿命という人が避けられぬ病は彼を蝕んでいた。


「ゴホッ‥‥魔導書グリモア


「喋るでないと言っておろう!!本当に死んでしまうぞ!!」


「はぁ‥はぁ‥もういいのだ。人は誰しもが死ぬ運命さだめにある。私も人である上それは避けられぬのだ。」


 ゴホゴホと咳き込んでいるカールの手にはベットリと血が着いていた。そして何を思ったのかカールはベッドの横にある筆に手を伸ばす。


「カール、何をするつもりじゃ!!」


「なに‥‥お前に私が産み出した最後の魔法を刻もうと思ってな。」


 パラパラとページを捲り、白紙のページにカールは魔法陣を書き綴る。


「これでよし‥‥」


 最後まで魔法陣を書き終えたカールは持っていた筆を置いた。そして体に残る最後の魔力をその魔法陣に注ぎ始める。


「カール今すぐやめるのじゃ!!」


 制止の言葉も聞かずカールは魔力を注ぎ続けた。魔法陣に魔力が満ちる寸前カールは言った。


魔導書グリモア‥‥私は幸せだったお前といれてな。次はお前が幸せになる番だ。」


 カールは最後にそう言い残し、魔法陣に魔力が満ちると同時に息を引き取った。


「~~~ッ‥‥‥バカ者」


 最後の最後まで儂の言うことを聞かずに逝きおって‥‥本当に‥‥本当にお主は大馬鹿者じゃカール。

 安らかな死に顔で眠るカールの手の中で暫し哀しみに暮れるのだった。



 その後なんとか気持ちを整理し、カールが最後に告げた言葉の意味を考え始めた。


「次はお前が幸せになる番‥‥か、お主が残した最後の魔法にその答えがあるのか?」


 最後にカールに刻まれた魔法、それに答えが含まれていると結論付け、儂はそれを唱えた。


「錬金 人体生成‥‥ッ!?な、なんじゃ!?」


 そう唱えた瞬間体が光だし、徐々に人の形を象っていく‥そしてその光が弾けると儂の体は魔導書から人間の体に変わっていた。


「これが‥お主の残した魔法か。しかし‥人間の体と幸せといったいどういう関係があるんじゃ?」


 人間として生きてみろ‥ということなのかの?それとも自由になったこの体で何処へなりとも行けということなのか?

 はたまたその両方か‥‥


「まったく‥お主の考えることはわからんな。じゃが、まぁこの体で生活してればその答えも見つかるかの‥」


 まずはこの体に慣れるところから始めるとしよう。性能自体は変わりないが、なんせ今までは持ち運ばれるのが普通だったから、自分で歩くことなんか無かった。


「おっ?おっ?い、意外とバランスが取れぬものだな。」


 一歩歩く度にふらふらと足がもつれてしまう。よくカールはこんな体であんなに歩けていたものだな。

 そして練習する事数時間程でなんとか普通に歩けるようになることができた。やはり儂は天才じゃな。


「見ろカール!!やはり儂は‥‥‥」


 クルリと回転しカールに声をかけるが、彼はもう答えることはなかった。


「‥‥もう儂を褒めてはくれぬのじゃな」


 今までは何か成果をあげる度にカールが褒めてくれていたものだが、カールが死んでしまった今褒めてくれるような人はここにはいない。なんせずっと二人でこの家に暮らしていたのだから‥

 そして歩けるようになった体でカールの寝室を後にし、今まで自分が保管されていた書斎へと向かう。そこに何かカールが残したものがあればと思ったのだ。


「ここにいつも儂が‥‥む?これは」


 いつも自分が保管されていた所には一通の手紙が置いてあった。綺麗に折り畳まれているそれを開いて中を見てみると‥


「これを見ているということは私は死に、お前は今人間の姿をしていることだろう。人間の体はどうだ?意外と悪くないだろう。自由に動けて自分のしたいことができる。魔導書グリモア、その体で自由を知り、人間の幸せというものを手にいれてくれ。」


「‥‥自分勝手なやつじゃ、儂が幸せじゃなかったと思い込みよって‥本当にのぅ」


 そうぼやくと同時にポタポタと手に持っていた手紙が水で濡れ始めた。その水は自分の目から流れ出ている。


「なんじゃ、これは‥熱い水が際限なく目から溢れて止まらぬ。」


 目頭からボロボロとあふれるはとても熱く、手紙が濡れてしわくちゃになるまで止まらなかった。

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