第19話 真夜中のほうじ茶

 これは残業になる。

 私は一枚の写真を見た瞬間に思った。


「瀬川さん、これ、写真の型番違いますね」

「えっ……ちょっとまって、マジで。うわ本当だ、本村さん居る?! ヤバ!」


 今私が作業しているのは、来週の展示会で使う印刷機の冊子だ。

 他社から請け負ったもので締め切りは今日だ。

 写真の間違いは最終確認をしていて気が付いた。

 表紙の印刷機の型番はSM955。でも本文に載っている印刷機のナンバーはSM950なのだ。

 本文の写真を確認するとSM955だったりSM950だったり二枚が混在している。

 どうやら発注元が間違えているようだ。

 でもこの二つは、外は全く変わらず、中身が変わったようで、非常に分かりにくい。

 それにこの商品名の表示、良く見ないと分からないほど小さいのだ。

 

 元のデータが違うということは発注者のミスだけど、うちの会社はデータを受け取った時点で営業制作の子が確認する事になっている。

 でもデザイン部の私たちも確認するべきだった。

 それを締め切りの今日まで気が付かなかったのが悪い。

 誰が悪いわけではなく、たぶん私も含めて皆のミスだ。


 この冊子、たぶん明日データを出さないと印刷に間に合わないけど、これは展示会用。

 関係者しかみないのだ。それに5割の写真はどうやら合っている。

 今出来るのは、張りぼてでも仕上げることだろう。

 一度印刷を落としても写真を正規の物にするかどうかは、私たちの判断ではない。

 デザイン部の皆がざわめき始める。


「営業制作、本村か。首飛ぶんじゃね? どうしてもっと早く確認しなかったの?」

「残業マジ無理なんだけど」

「200ページあるよ……てか、うちらのミスじゃないから仕方なくない?」


 誰がミスをしたとか、この際どうでもいい。

 なんたって今の時間は16時50分。

 残業は仕方ないけど、私は同人原稿の締め切りもカツカツで、今日5ページペン入れしないと日割計算的に死が決定する。

 だから1秒でも早く帰りたい。

 私は改めて写真を見る。

 これ……真正面から型番を撮った写真が高解像度であるしサイズも小さい。あれを使えば……


「良いプラグインがあります」

「えっ?!」


 デザイン部の皆が私の周りに集まってきた。

 それは先日原稿を仕上げた時に見つけた外国の有料プラグインだ。

 購入して作業を開始する。曲面への画像張り込みが一発で出来るプラグインで私は推しの犬、芝吉の服をこれですべて貼った。

 多くある曲面張り込みは膨大な時間がかかるけど、このプラグインで正確かつ迅速に作業できた。


「曲面処理されてない画像があるので、それを元データにして、あとは角度データだけ取れば自動でやってくれます。あとは微修正でいけます」

「……なるほど。『こっちの誠意』を見せるのには十分だね」


 いつの間にか後ろに立っていた上司の掛川さんはすぐにもう5個プラグインを購入して、私たちは一斉に作業に入った。

 正直、印刷を落とすと思う。

 でも気が付かなかった私たちの誠意を見せるための捨ての作業だ。

 あとで気が付いたのだが、他の冊子に出てくる写真も混在していて、修正が必要になった写真は300枚以上。

 すぐに正規の写真に差し替えられるようにすべてリネームして別のフォルダに入れておく。

 仕上がったのは23時だった。


「終わったああ……」

 瀬川さんは机に倒れこんだ。

 やはり本気を出したら誰よりも仕事が早かったように見える。

「帰ります」

 私はすぐに片づけて席を立った。

 食事をして帰らないかと誘われたが、用事があるので……と断り私は電車に飛び乗った。

 今日5ページやれないと、ノルマが毎日7ページになって、それは無理すぎる。

 というか原稿が割り算で終わった事ないし、トラブルや体調不良も加味すべきなのに、毎回コレだ。

 私は自分にイライラしながら坂道を早足で歩いた。



 


 帰宅すると、丁度玄関に滝本さんが玄関に座って靴箱に靴をしまっていた。

 一本前の電車で帰ってきていたようだ。


「……相沢さん、おかえりなさい、おつかれさまでした」

「滝本さんも、おかえりなさい、おつかれさまでした」


 お互いに「はあ……」とため息をついて苦笑する。

 営業部も対応に追われていたようだ。滝本さんは上着を脱ぎながら

「うちの本村がすいませんでした……」

 と言った。私は首を振りながら靴を脱いで靴箱に入れた。

「最後まで気が付かない私たちもダメでした」

 最近は仕事の数が多くて素材のチェックが甘かったかもしれない。

 もう少しちゃんと見ないと、苦しくなるのは私たちだ。

 滝本さんは気を取り直したように少し明るい声を出して

「そういえば、お饅頭は好きですか? 今日買ったのでもし宜しかったら……」

 と、鞄からゴソゴソと袋を出した。

 それは会社近くの千堂屋という美味しい饅頭屋さんの袋だったので私は

「大好きですよ」

 と言いながら上着を玄関に掛けた。千堂屋のお饅頭はどれも甘さ控えめで美味しい。

 すると滝本さんが中身を見て「あ……」と口を開けていた。

 何だろうと思いつつ言葉を待っていると、申し訳なさそうに袋から商品を出した。

「……すいません、売れ残ってて可哀相になって買ってきたものでした」

 千堂屋さんは人気があるので、売れ残るとか基本的に無さそうだけど……?

 滝本さんが見せてくれた饅頭は、ただの饅頭ではなく、沢山の黒いブツブツがある……

「……タピオカ饅頭」

 初めてみる商品だった。

「なんか店主のお嬢さんがタピオカ好きだということで作ってみたらしいんですけど、売れ残ってて可哀相になったんです」

 滝本さんは申し訳なさそうに言った。

 あの饅頭屋さんは、うちの会社は贔屓にしていて、社名が入った焼き印も置いてある。

 店主とも皆知り合いだ。

 思い出してみると、確かにギャルっぽい高校生の娘さんが居た気がする。

 なるほど……?

 あまりに残念なフォルムに逆に興味を持ち

「食べてみましょうか」

 と、滝本さんを誘って一階の台所に入り、ほうじ茶を入れた。



 机に置かれたタピオカ饅頭……封を開ける前からズシリと重い。

 少量のタピオカが入っているレベルではない本気を感じる。

 そして一口食べてみた。

「……饅頭とタピオカの相性が最高に悪いですね」

 私はなんとか口の中に空間を開けながら話した。

 ムニュムニュとグニュグニュのコラボレーションで予想通りの残念ぶりだ。

 滝本さんも一口たべて

「ああ、これは、タピオカが……邪魔ですね……」

 とモゴモゴ話した。

 元の饅頭の生地と餡子が美味しいので、タピオカの異質ぶりが目立つ。

 それにタピオカの量が多すぎて、食べていると息苦しくなってくる。

「なんでしょうこれ……命の危機を感じます」

「口の中にタピオカが溢れてきました……」

 私たちは何だかあほらしくなって、タピオカ饅頭をほうじ茶で押し込んで笑った。

 帰ってくるときに感じていたイライラは不思議と消えていて、夜に飲むほうじ茶は香ばしくて美味しかった。

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