第39話 信と不信

 コンコンコンコンッ

 4回のノックの後、商人のうちの1人が部屋に入ってくる。


 低身長だがスラリとした体型。顔は幼いが年配者のような、独特な雰囲気を持つ知的な男性だ。


「小人族は初めてですかな?」

 どうやら表情を読み取られてしまったようだ。


「失礼致しました。正直小人族の方に会うのが初めてで、おかしな反応をしてしまいました」


「正直な方ですね。この度はお救い頂き有難うございます。小人族の商人、名をピフサと申します」


「冒険者のタカヤです。初対面でまじまじと見てしまい、申し訳ありませんでした」


 軽く頭を下げソファーに座るよう促し、お互いに向き合い着席した。


 そして自己紹介を兼ねた挨拶が終わり、早速今回の回収物の返却交渉に移る。


「我々が扱っているのは葉巻や酒で、この【クイート】より東にある地方の特産です。今回はそれらをイヘラーグ大陸へと運び、取引しようと考えておりました。先程の獣人の冒険者はもう一人の商人と共同で護衛を頼んだものです。あいにくと、あとの3人の普人種の冒険者は、盗賊にやられてしまいましたがね。残念な事です」


 首を振り亡くなった冒険者に、哀悼の意をしめす。


「さてしかし我々も、商人として生きて行かなくてはならない身。今回の積荷に対し、タカヤ様から買い取らせて頂き、イヘラーグ大陸へ運ばなくてはなりません」


 悲しみの表情から一変、商人の顔に戻る。


「そうですね。それではあの積荷をピフサさんはどうされたいのですか?」


 こちらからは敢えて何も要求しないし、元々何も要求がない為、欲が顔には出ない。

 商人泣かせの交渉となるだろう。


「今回の救出のお礼と、買取交渉を了承頂いたことに対し、こちらとしては取引後の儲けの8割として白金貨4枚金貨80枚で買い取らせて頂きたいと考えております」


 ピフサが深々と頭を下げる中、ちらりとギランの顔を確認すると、ギランも小さく頷く。


 分かりきってはいるが、全く悪意のない交渉のようだ。この人は信用するに値する商人だ。


「分かりました。僕にはこの積荷の仕入れ値も価値もわかりません。そして知ろうとも思いません。あなたが商人の矜持として、自分の価値を秤にかけた金額だと信じてます」


 ピフサに対し、にこりと笑いかけ握手を求める。それに対し、ピフサも笑顔で握り返した。


「今回、お礼は一切結構です。あなたの商人としての生き様をそのまま金額とさせて頂きます。そのままご自身の積荷をお持ち帰りください」


「なっ」


 握った手を離そうとするが、力を込めて握り返す。


「今回はお礼は結構です。あなたが正直な商人だったからこその結果です。大丈夫です。今回の僕の利益は十二分に出ます」


 再度にこりと笑いかけたところで、ピフサの手の力が緩み左手が添えられる。


「有難う。この恩は必ず。必ず必ずお返しします」


 小さな体に確かな信念を持つ、貴重な信用の置ける商人との出会いは、今後非常に大きな財産として、タカヤの未来に大きく関わることになるだろう。


「さて、とうとう最後だね」


「あぁ。こいつは俺の事を知らんみたいでな。悪意がダダ漏れだ。あれでよく商人なんかやってられる」


「そうですねー。救出された後も僕に対し、不敵な笑いを浮かべてましたよ。あれ絶対なんか企んでますよ」


 ドンドンッ

 乱暴にドアがノックされ、こちらが何か言う前に1人の男が入ってくる。


 中肉中背、いや少し小太りだろうか。締まりのないその体を揺らし、横柄な態度で入ってくる。


「いやいや。この度はよくぞ私を助け出してくれた。まぁ誰かしら救出に来るとは思っておったが、まさかこんな若者が来るとは思わなかったぞ」


 ワッハッハと人を見下しながら大笑いをするこの男。下衆な衛兵達と同じ雰囲気を持ったこの男。僕はこのタイプが大っ嫌いだ。


「私の名は、ダイナム。ダイナム商会代表のダイナムだ。今回はイヘラーグ大陸の王都【ガブリィ】にいる伯爵様へ卸す品を、族どもからよくぞ奪い返してくれた」


「はい。ではダイナムさん今回はこの積荷を幾らで買い取って頂けるのでしょうか」


 あくまでも表情を変えず、淡々と交渉を進める。そうでもしないとこの男に何をするかわからない。


「何を言うか。今回の積荷は貴族様への商品。素直に返すのが普通であろう。わしは一切交渉なんぞしないぞ。もし返却しないと言う事であれば、この事取引先のボクヘル=リカルオン伯爵に伝えるまでよ。そうなればお主は貴族に目をつけられる事になる。隣国といっても伯爵。たかが冒険者ごときどうなるかわからんぞ!」


 は〜。またかまたなのか。

 何だろうなぁ上げて落とします的なやつか。折角いい出会いがあったのに、気分的には帳消しだよ。全く。


 イライラして黙っているのを勝手にビビったと勘違いしたようで、ダイナムは更にまくし立てる。


「おいっ。さっさと返却の手続きをせんか。行程がだいぶ遅れておるのだ。この街で合流予定の隊もとっくについておるのだ」


 駄目だ。駄目な奴だ。


「どうぞこちらが書類です」


「ふん。分かれば良いのだ。 ……なっなんだこれは!貴様!舐めておるのか!」


 ビリビリと渡した書類を破り、投げつけて来る。

 書類には今回の査定で出した白金貨7枚に、謝礼と迷惑料と返却交渉代をプラスし、白金貨21枚。実に3倍の値段を記載しておいた。


「舐めてる?舐めているのはそちらでしょう」

 《威圧》を使いダイナムに放つ。


 途端にダイナムの体が震え出し、顔が青ざめ汗がふきでる。


 ガチガチガチガチ

「きさ きさま だれ に向かって」


「そもそも前提としておかしいですよ。あなたが奪われた時点で、この積荷は盗賊のものだ。あなたは盗賊に対しタダで返せと商人として交渉するのか?そしてその盗賊から僕が所有権を得た。その途端舐めた態度でタダで寄越せとはお前は盗賊か?」


 《威圧》を解除し、話せるようにする。


「伯爵の商品だぞ。今回の為にどれだけ無理してかき集めたと思ってる!」


「ならば無事目的地に着けるよう。護衛も増やすんだったな。そんな大層な荷物積んでるのに、馬車2台で6人しか護衛がいないなんて、しかもお前が雇った冒険者はすぐ殺されたらしいじゃないか。大方護衛の代金をケチったんだろ?自業自得じゃないか」


 再度書類をダイナムに渡す。


「なっこれは!増えているじゃないか!白金貨28枚だとっふざけるなー」

 ドンっとテーブルを殴りつけこちらを睨む。


「あんたが書類を破ったからじゃないか。書類再作成料だ。ゴネればごねるほど金額が上がる。これはそう言う交渉だ」


「貴様ー覚えていろ。必ずや後悔する事になるぞ!」


 バタンッと勢いよくドアを閉め、ダイナムは出て行く。これで全ての交渉が終了した。


「きっと何か仕掛けてきますね」


「あぁ間違いねぇな。ありゃ真っ黒だ。そうするように誘導していたのも事実だろ?」


 ニヤリと笑うギランに愛想笑いで返す。


「そうですね。来れば返り討ちですし、自分の命を優先できる判断力があれば少なくとも命までは落とさないでしょう」


「気をつけろよ」

 そう言って肩を叩き、ギランさんは出て行った。


 誰もいなくなった部屋で姿を現したポシルが慰めるかのように、顔に体を擦り寄せる。


 うん。元気でた。


 イライラしていた胸のあたりが、スッと楽になる。やっぱりポシルは最高の癒しだよ。

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