第2章 迷走 第8話

 電話を切ると、前回以上に大きなため息がでた。


 後田に連絡すると、彼も木曜日ならバイトもないので行けるとのことであった。


「四、五人までなら対応できるって言っていたから、友達も誘ってみようか」


「そうだな。サークルの奴らにも声をかけてみるよ」


 後田正也は、南関東出身の二十二歳。自宅は県庁所在地にあり、自宅から通学も可能な距離だが、アパート暮らしをしている。


 父親はサラリーマンで、野生動物に関するようなつながりはまったくなかったが、母方の祖父が田舎で狩猟をしていて、柴山に比べると狩猟という文化には親近感をもっているようであった。


 一浪後に帝山大学に入学し、一年生の時からアウトドアサークルに加入して、先輩を通して狩猟者との交流があった。


 狩猟免許と同時に銃の所持許可の取得は、二十歳からとなっているが、一浪した甲斐もあって、昨年度柴山よりも一年早く取得し、この前の狩猟期から狩猟グループと一緒に狩猟をしている。


 残念ながら、昨猟期中は発砲する機会はあったものの獲物は取り逃がしてしまったらしい。


「なぁ、後田。どうしてお前、山里さんの話を聞きたいって思ったの」


「あぁ、今年さぁ、狩猟に行ったけれど獲れなかったって話したよな」


「うん」


「あの講座の時、シカが四頭走ってきたところを撃つシーンがあったろう」


「あぁ。続けて撃って、全部命中させたやつだろ。凄かったよな。最初の一発で、シカがバタンて倒れたら、その後ろから走ってくるシカも全部倒れちゃったもんな」


「あぁ、あれはショックだったよ。今年の狩猟期間中に俺が撃ったのとほとんど同じような状況だったんだ。俺の時は、一頭だったけれど、おそらく距離も同じくらいだし、走っているシカの姿なんかもそのものズバリって感じだった」


「でも、逃げられちゃった・・・と」


「うん。それにな、俺がお世話になっている狩猟者の先輩が言ったんだけれど、群れで走ってくるシカを連射で二頭仕留められればそれは神業だって」


「じゃ、あの四頭っていうのは・・・」


「そう、神業を超えちゃっている」


「そっかぁ」


「それにな、先輩からは初心者はどうせ命中させられないから一発弾ではなく、バラ弾を持ってこいって言われていて、俺が撃ったのはそのバラ弾だったんだ。


 一発撃つとパチンコ玉みたいな散弾が九粒飛び出して広がるから、一発弾で撃つよりも命中する確率が高くなるんだよ」 


「そうなんだ」


「それにな」


「まだあるのか」


「うん。あの映像では、ボルト式っていうライフル銃で撃っているって言ってただろう」


 なんとなく覚えている。自動的に次の弾が装填される銃ではなくて、一発ずつ手でボルトを操作して次の弾を装填するタイプの銃だ。


「狩猟者の先輩たちは、みんなライフルは自動銃を使っていて、ボルト式なんか使ったら山じゃ当たらないって言うんだ。


 あの映像みたら、先輩たちの言っていることが全部否定されちゃっていて、百聞は一見に如かずっていうのか、もうボロボロ」


 なるほど、狩猟を知っているだけに、俺以上に映像から受けたショックは大きかったのだろう。負けを認めざるを得なかったのだ。


 結局、アウトドアサークルの仲間のほとんどは、「あんな奴の話なんか聞いても面白くない」と言って、行こうとする者はいなかった。


 下級生の中には、興味をもった学生もいたようだが、先輩たちに気を遣って同行するのをためらった様子であった。

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