第6話

 


 みゆきのアドレス帳で番号を知ったという鳥居から電話があったのは、それから間もなくだった。待ち合わせた喫茶店に行くと、着なれてない背広姿の鳥居らしき男は容易に見付けられた。


「……鳥居さんですか」


「あ、はい。篠塚さんだが」


 三十前後だろうか、文字通りの真面目な印象だった。


「ええ。――あ、コーヒーを」


 水を持ってきたウエイトレスに注文すると、煙草を出した。


「……で、ご用件は?」


 煙草に火をつけながら上目で見た。


「曽根深雪ご存じだよね」


「……ええ」


「……東京で何やってだがは、大体察しがづぎます。深雪はどんた女でしたが?」


「うむ……一途で頑固なとこがあったけど、笑顔が愛らしい子でしたよ」


 置かれたコーヒーカップの取っ手をつまんだ。


「……んだが。おいは深雪の笑顔見だごどがねぁ。暗え女でした。初めで見だ時は三十は過ぎでらで思った。……子供さえ産まねば、まだ生ぎながらえだのに。……自殺したも同然だ――」


「! ……」


 誠の動きが止まった。


「あ、これ」


 鳥居は思い出したように、背広の内ポケットから誠宛の分厚い封書を出した。


「それと」


 また、内ポケットに手を入れた。出てきたのは、誠名義の預金通帳と、“篠塚”と彫られた印鑑だった。


「どうぞ」


 それらを誠の前に置いた。誠が通帳を捲ると、百万近い預金があった。誠にとっては大した金額ではなかった。


「鳥居さんは農家でしたね」


「ええ」


「どうですか? 景気のほうは」


「いやぁ、長雨続いで凶作だ」


「……これ、良かったら使ってください」


 印鑑を載せた通帳を鳥居の前に押した。


「とんでもねぁ。あだのものだんて」


 鳥居は慌てて手を横に振った。


「僕の物だから、あんたにやるのも自由だろ? わざわざ届けてくれたんだ、正直な人だと思うよ。その礼だ。もらってくれ」


 誠は手紙を内ポケットに入れると、腰を上げた。


「……どうも」


 鳥居は深々と頭を下げた。


「じゃ、元気でな」


 誠は伝票を手にすると、そそくさとそこを後にした。不愉快だった。みゆきのやることなすことが堪らなく腹立たしかった。


 ……死んで復讐してるのか? 恩着せがましく、死んだ後も俺に貢ぐつもりか? ……勘弁してくれよ。誠は道端に唾を吐いた。



 読まずにてるつもりでいたみゆきからの手紙に気付いたのは、帰宅してジャケットを脱いだ時だった。



〈篠塚誠様へ

 あなたに初めて会ったとき、私はまだ15才でした。

 両親を早くに亡くした私は、親類をたらい回しにされ、小学5年から中学を卒業するまでは、伯母の嫁ぎ先の農家に引き取られました。

 伯母が病弱なのをいいことに伯母の亭主は、夜な夜な私にわいせつなことをしました。

 でも、我慢しました。

 温かいごはんが食べられて、暖かい布団で寝られたら幸せだったから。

 父が生きてたころ、各地を転々としながら冷たい風が入るお堂の中で寝たこともあります。

 寒くて眠れなかった。

 ひもじくて、お墓の供物を盗んで食べたこともありました。

 だから、温かいことがどんなに幸せかを知っています。

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