第2話

   

 そのコンパをきっかけとして、僕は少し、雪野さんと仲良くなった。

 といっても、休み時間に二人だけで話をすることもなければ、放課後や休日に二人で出かけることもない。だから雪野さんの方では、大勢いる友達の一人としか思っていなかっただろう。

 頻繁に電話で話をするようになったのも、男の僕には特別なことだけれど、女である雪野さんにとっては、誰とでもする長電話の一つだったに違いない。

「それでね。私が部室ボックスでピアノを弾いてたら、田辺先輩が近くに来て……」

 彼女の話は、大半が趣味とサークルについてであり、頻繁に出てくる人名を、無関係な僕が覚えてしまうほどだった。

 彼らの学部や学年だけでなく、サークル内で誰と誰が付き合っている、とか……。そういう話を聞かされると、僕は考えてしまうのだ。お堅いクラシック音楽のサークルであっても、やはりサークルである以上、僕のイメージしていた『テニスサークル』的な側面は存在するらしい、と。

「……『今日の音は違うね、何か悲しいことでもあった?』って言われたの。やっぱり聴く人が聴くと、わかっちゃうのねえ。音楽って怖いわ!」

 口では『怖い』と言いながら、雪野さんの声の調子は、むしろ楽しそうだった。そこは敢えてスルーして、他のところを掘り下げてみる。

「悲しいこと、というと……?」

「ほら、四時限目のドイツ語! 私、思いっきり発音ミスったでしょう?」

「ああ、あれ。一人ずつ読んでいく中で……」

「そう、それ!」

「あれは仕方ないよ。ドイツ語なんて、僕たちみんな始めたばかりで……」

「あら、慰めてくれるの? ありがとう、富田くん。優しいのね。でも……」

 その『優しいのね』という一言で、どれだけ僕が舞い上がってしまうのか、雪野さんは知らないのだ。

「……他人ひとからはどう思われようと、私自身は大失敗って感じたのね。自分でも意識してなかったけど、ピアノの音に出ちゃったみたい」

「へえ。音楽って、難しいというか、奥が深いというか……」

「そう、奥が深いの! だから私、こんなに長い間、ピアノを弾き続けてるわけで……」

 電話越しだから、表情は見えないのだが。

 そこで雪野さんがニヤリと笑みを浮かべたように、僕には思えた。

「……富田くんも音楽のこと、結構わかってきたわねえ」

「ありがとう。雪野さんのおかげだよ。色々と話してくれたからね」

「あら、どういたしまして」

 と、雪野さんは軽く流していたが……。

 僕が彼女の話を真剣に聞いているのは、彼女を好きだからにほかならない。もしも僕自身の気持ちが浅かったら、いくら彼女が音楽について――彼女の好きなものについて――深く語ろうと、これほど耳に入ってこなかっただろう。

 だから『音楽のこと、結構わかってきた』というのは、それだけ僕が彼女に惚れている証……。

 僕は、そう思ってしまうのだった。

   

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