ゲームブックスタート

『1』 オープニング



「くっそぅ!! プリンを食べた犯人はアイツだったのかぁ!! 兄とか父が怪しいと思ったのに!!」


「独り言が大きいから静かにしなさい」

 店に入るなりトイレへ行き、戻った門崎さんは、席に座るなり呆れた顔をした。


 大の大人が怒られてしまった。確かに、お店の中で騒ぐのはよろしくない。

 俺は千里せんり 疾斗はやと。探偵事務所でアルバイトをしているフリーターだ。

 今日は探偵事務所の所長である門崎かんざき 紫外しほかさんと話題のダンゴ屋『ダンプリング』に来ていた。


「所長、推理勝負をしましょう。激ムズのゲームブックがありまして。エピローグを読む前に犯人が分かったら所長の勝ちです。今日のお会計、俺が奢りますよ」


 【ゲームブック】プリンを食べたのはだれ? というカクヨムの作品だ。問題文とキャラクターで、犯人を巧妙に隠し、読者を惑わせる。文章量は短いながらにうまくまとまった作品だ。


 いくら多角的推理戦術『淘汰着地天とうたつちてん』をもつ門崎 紫外だったとしても、この手の推理ゲームには弱いだろう。俺は自力では解けなかったが、今この時だけは、真犯人を知っている俺が彼女よりも勝っている。


 門崎さんはURLを受け取り、あらすじと目次を一読。

「もしかして、犯人って〇〇〇?」と盛大なネタバレをぽつり。


「えええええ!? どうして!!」

 まだあらすじと目次しか読んでないのに!


 俺の驚くさまを見て、正解を確信した門崎さんは、「まぁ、この手のは縦読みを探しちゃうのよ、私ってば、ひねくれてるから」

 問題編を一切読まないで解く人がいるのか。やば。

「で、犯人が分かったら今日の会計、あなたが持ってくれるのよね?」


 そして、大事なところも聞き逃さない門崎さん。

 ぐぬぬ。プリンと違って現実は甘くない。


 話題のダンゴ屋『ダンプリング』の客は、俺たちともう一組、計二組のみだった。

 オープンしたばかりの午前中はねらい目だと友人から聞いていた。

 甘味は門崎さんの大好物だった。探偵術のコツを聞き出そうと思い、彼女の好きそうなイベントやお店を調べて、日ごろの感謝を兼ねてということで、たびたび誘っているのだ。出不精な門崎さんは、自分の好きなことしか付き合ってくれない。


 ダンゴで舌鼓をうった後は、今話題のマーダーミステリー風舞台「回転城の呪い」に行く予定だ。各登場人物になりきって謎を解く新感覚の謎解きイベントだ。ここでも、門崎さんの推理戦術を存分に発揮してもらい、勉強させてもらう。

 午後に頭を使うため、ここではゆっくりと甘味を楽しみたい。


 他の客に団子を配膳し終えたところの店員さんに声をかける。

「すみませーん! 注文お願いしまーす!」

「はい、よろこんでー!」


 客席に注文を聞きに来た人の名札に店長と書いてあった。この人が店長か。

 シューマイの形をした帽子をかぶっているのかと思ったら、アフロにターバンを巻いている様がシューマイによく似ていただけだった。なんにしても、映える店長だ。

「はーい、お待たせしました。ご注文はいかがなさいますか?」

「みたらし、あんこ、ごま、5つずつください」

「い、5つずつ、ですか?」


 店長は客席を見た。俺と門崎さん、二人しかいないのに? というような顔をしたが、門崎さんは無表情、俺は苦笑いをして、「はい、5つずつでお願いします」と再度注文をした。「かしこまりました」とバックヤードに入っていった。


 今の注文に俺の分は含まれているだろうか。もしかしたら含まれていないかもな。


 注文したダンゴを待っていると、もう一つの客席にいた男性がこちらへ歩いてきた。

「あの、突然すみません」

 長身の、どこぞのモデルみたいなイケメンだった。

 どこかで見たことがある気がする。が、俺は瞬間記憶能力者なので、一度でもすれ違ったことのある顔はみな、『見たことがある気がしてしまう』ので、大した問題ではないだろう。



「はい、どうしましたか?」

「いえ、あなたじゃなくて、そちらの麗しいお嬢様の方です」


「は?」

 麗しい? お嬢様?


 男性はうやうやしくかしずいて、門崎さんの前にひざまずく。

「失礼ですが、お名前は何というのですか?」


「名前も知らない人に名乗る名前はございませんわ」


(ございませんわ?)

 門崎さんは余所行き用の言葉を使って警戒心をむき出しにした。お店の中じゃなかったら回し蹴りを放って脱兎のごとく逃げていたことだろう。ここは袋小路、逃げられないからこそ穏便に彼を突き放していた。

「失礼いたしました。僕はこういうものです。よろしければ、同じ机で食事をしませんか? もちろん、ご馳走しますよ」


 門崎さんは差し出された紙を見もせずに握りつぶした。

「あなたのお友達がいるじゃないですか? それとも、彼女さんですか?」

 そこには女性が二人座っていた。すでにダンゴを食べているようだ。

 ゴマの芳醇な香りがこっちまで漂ってくる。


「あの子たちはただの友達ですよ。それ以上でも、以下でもありません」

 女性たちは、「ちょっと、お手洗いに行ってくるね」「ビッケが注文してたダンゴ、来てたよ」とそれぞれ俺たちの席を通り過ぎて、トイレの方へ歩いて行った。


「あなたのような美しい女性に初めてお会いしました。あなたに一声かけないと、きっと後悔すると思いまして、体が言うことを聞いてくれませんでした。もし僕に興味を持ってくれましたら是非、ご連絡くださいますか?」


「その程度のことも自分をコントロールできない人と一緒に食事をしたくありませんが、知り合いの警察にあなたの連絡先をお渡ししておきますね」

 と、にこり。並みのナンパならここらで逃げだしそうなものだが、男性はびくともしない。

「一期一会ですからね。またお会いしたいものです」

 と、男性も席に戻っていった。


 門崎さんは、黙っていれば目鼻立ちも整っているし、かわいい。口を開けば鬼だが。

 待ち合わせをしていたときの後ろ姿などは、ドキドキしたりもする。待ち合わせに遅刻すると1分につき500円。待ち合わせ時刻よりも早くても、彼女より遅いと追加で1分につき300円徴収される。ドキドキが止まらない。


「所長ってナンパされるんですね」

「まぁね」

「どこのどいつですか?」

「さぁね」


 所長はくしゃくしゃにつぶした紙を俺に投げてぶつけてきた。やめれ。

 そこそこ大きい紙を広げると、『HAKANAKI production 四方面 美景』と書いてあった。

「よ、四方面 美景!!」

「誰それ」

「有名な若手俳優ですよ! この後行く『回転城の呪い』にも出演しますし」

「へぇ」

 興味無さそう。それにしても身長たっけぇなあ。うらやま。


 男性が一人席に戻ると、「あっ!! 無い!!!」


 と叫んだ。

 どうしたんだろう。



 →『53』ページへすすむ


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