陽キャの彼女を寝取ってしまった件。
赤月ヤモリ
陽キャの彼女を寝取ってしまった。上
ブサメンとは生まれる時に運の無かった人のことである。
——上里景麻。
・—・—・—・—・
人は生まれながらに平等ではない。
平等を騙る人間は、自身の優位を誇示したいがために他者を同じ土俵へ上がらせたいと望む偽善者である。
また、優位を誇示したい人間は、他者に勝利した際、努力の差だ何だと適当を述べて煙に巻き、説教を垂れることで優越感を手に入れることが出来る。加えて信奉を得られたのなら、それは絶頂に等しい快楽であり悦楽に違いない。
人は生まれながらに平等ではない。
かつては社会的身分に対して使われた言葉である。イギリスの聖職者、ジョン・ポールは言った。
『アダムが耕しイヴが紡いだ時、だれが領主だったか』
言葉の意味を紐解くまでもない、単純明快な言葉である。人は増えるたびに、文明を栄えさせるたびに、そこに社会を築くたびに平等性を欠く生き方をしている。
人は生まれながらに平等ではない。
それは現代日本においても言えることだ。現代日本における平等性の欠如、それは容姿の一言に集約される。
つまるところ、ブサメンは生まれた時点で低位な存在なのである。
「だからと言ってなんだというわけではないけれど……はぁ。学校行こ」
上里景麻は鏡の前で自身の不遇な容姿に辟易しつつ、そんなくだらないことを考えていた。
◆
景麻は所謂クラスの中心人物である。座席がクラスの中心に存在するのだ。
その周囲には友人の影も形も散見できない。
今日も今日とて日課のお昼寝である。腕を枕に机でひと眠り。
ボッチとはかくもあらんと言わんばかりの威風堂々とした眠り姿に、誰も話しかける気配はない。
そうでなくても話しかける気配など皆無と言って差し支えないのだが。
景麻はボッチだった。それはもう見事なボッチだった。友人は一人も居らず、当然のことながら恋人も居ない。
LINEに登録されている連絡先だって自身をこの世に生み落としてくれた優しいリア充である両親のものしか存在しない。
高校二年生にもなってこんな姿、両親が知れば涙がちょちょぎれる思いであろうことは景麻自身承知の上であるが、仕方がない。だってブサメンだもの。
小学生の時分、景麻には好きな子が居た。つまりは初恋の君である。景麻はその想いを伝えるようなことは出来なかった。チキンだったからだ。だからいつも見ているだけ。
ある日の放課後、ブサメンは教室に忘れ物をした。給食袋である。ポケ〇ンのアップリケが施されたお気に入りである。
それを取りに戻ったブサメンは、扉の前で茜色が支配する教室内での会話を耳にしてしまったのだ。それは初恋の君とその友人Aの会話。
「上里って絶対アンタのこと好きだよね~」
「止めてよー、あんなブス」
その日は家に帰って枕を濡らした。これでもかと濡らした。母親からポケモンの給食袋は何処なの? と問われても完全無視してびゃーびゃー泣いた。
その日以降、ブサメンは人と接するのが少しばかり怖くなり、コミュ障になってしまったのだ。
故にこうして高校二年生になろうとも一切進歩しないブサメンコミュ障ボッチが誕生したのだ。ニートまっしぐらのキーワードをこれでもかと織り込んだハイブリットである。
やがて担任教師が教室へとやってきて一限目、二限目と授業が進み、昼休みのランチタイムに突入した。
ブサメンは弁当片手に席を立つ。便所飯ではない。便所飯は臭かった、という確かな経験に裏打ちされた情報を海馬に保有するからだ。
ブサメンが向かうのは校舎のはずれの非常口である。そこから外に出ると非常階段が続いており、そここそがブサメンのベストプレイスであった。
マザーが作ってくれた食事をパクついていると、非常口が開閉された。
幸いなことにそれは一つ上の階層。お客さんか、珍しい。などと思っていると、聞こえてくるのは男女の声。
「なぁ、良いだろ?」
「ちょっ、やぁ……止めてって」
え、何々? 盛っちゃうの?
股間にビビッと来る声音に驚きつつも耳を澄ませる。仮に盛りだしたのならば、八十パーセントの嫉妬と二十パーセントの興奮を天秤にかけて全力で視姦させていただく所存である。
しかしながら立てる聞き耳から得られる情報は、どうにも芳しくない。雄が「ヤろうぜ、ヤろうぜ」と言っているのに対し「嫌だって、私そんなのしないし」と拒絶の色が窺える。
これは助けるべきなのだろうか。ブサメンは逡巡する。
だって、仮にこういうプレイだったらすごく恥ずかしい思いをするのだもの。だけど聞こえてくるのは荒っぽい声と、どこか怯えた声。
景麻は自身の心を奮い立たせる。
容姿はブサイクでも心までブサイクではいられない。
弁当箱を横に置き——その前にたこさんウィンナーを食べて気持ちを奮起させてから立ち上がり、階段を上った。
「な、なぁアンタら——」
顔を出してブサメンは後悔する。
そこに居たのはクラスカーストトップのイケメンである安城くんと、これまたクラスカーストトップのピアスじゃらじゃら、夜の繁華街での補導回数トップの校則違反ギャル、海端さんだったからだ。
ブサメンがヤリチンヤリマンと認定する二人の姿に、たこさんウィンナーの元気付けが空しく霧散する。
これはプレイだった。口を出してはいけなかった。そんな後悔が去来したとき——。
「た、助けてっ!」
海端さんが安城くんを突っぱねて階段を下りて来る。
「え、あ、え、え、あ、あの、あ、あの」
「チッ、あーあ、萎えたわ」
ガンッと鉄柵を蹴りつけて校舎内に戻っていく安城くん。ブサメンはキョドることしかできなかった。
そんな横で安心したように腰を抜かす海端さん。耳のピアスがじゃらりと音を立てる。
「た、助かったぁ……ありが——」
彼女は景麻を見上げ、そして固まる。その反応はブサメンにとっては至極当然のものではあった。
例えば日曜日の朝から放送されている仮面ライダーの中身が実はブサイクだったらどうだろうか。そんなもの人気が出るわけがない。
かつてのバッタな見た目というグロテスクさよりも子供たちに強いトラウマを植え付けること一入だろう。
故にブサメンはキョドった挙句心の内で梅雨よりも激しい涙の雨を降らせつつ、自身の顔面偏差値を呪う。
「そ、それじゃあ、俺はこれで」
まだたこさんウィンナーは残っている。元気づけてもらうのだ。たこさんに。好きな海の生き物はダイオウイカであるが、たこさんに鞍替えしたくなる勢いでたこさんの株が倍プッシュ。
「ま、まって!」
「ひょえっ!?」
颯爽と背を向けダンディズムにその場を去ろうとしたブサメンの袖口をキュッと摘まんでの引きとどめ。何この子、俺のこと好きなの? とか思っちゃう辺りブサメンは最高に童貞している。中学生の頃に挨拶してきた女子にガチ恋した経験を持っていたりするので、非常にちょろい。
「ね、ねぇ。お礼したいんだけど……放課後暇?」
加えて頬を若干赤らめつつの上目遣いはブサメン的にはクリーンヒットだった。世界チャンピオンの右ストレートをレバーに食らった感じ。
「ひ、暇だけど……」
「そ、そうなの!? それじゃあさ、カラオケとか、行かない?」
女子と二人でカラオケ? 何それ拷問?
と、普段のブサメンであったなら自身のコミュニケーション能力を鑑みて就活生に対するお祈り文の如きお断りメッセージを口にできていただろうが、今回は状況が違った。
ブサメンは先ほどの上目遣いでノックアウトされていたのである。
「ぜひとも」
なので、海端さんの提案に激しく首肯して見せるのであった。
◆
「上里。行こ」
放課後に入り、そそくさと帰宅の準備を整えていたブサメンの下に約束通り海端さんがやってきた。クラスでも有名な海端さんと、クラスでも無名の上里くん。お陰で周囲の視線がとても痛い。
誰あいつ ぶっさww あれってボッチくんじゃない? てことは罰ゲームか。
そんな言葉があちらこちらから聞こえるような聞こえないような。
聞こえないが正解なのだが、ブサメン的には被害妄想がヒロガリングしてしまい、全力で顔を俯けてしまう。
「ねぇ、上里?」
「わ、わかった」
声をプルプル震わせて同意すると、驚くことに海端さんはブサメンの手を取って先導し始めた。
羞恥から周囲を確認できないブサメンは自らの瞼で眼球を覆い隠しセルフ目隠しプレイのまま学外まで彼女に連れられて歩いた。
—————
二話完結です。
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