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ジークは、祈るような気持ちで、どうにかよじ登った施設の頂上から、大きく腕を振っていた。その両手に握り締めているのは、即席で作った巨大な旗だ。
(……頼むチセ、気付け! お前たちより前に、警備隊がこっちに詰めかけたら終わりだ)
もしくは、猫どもが目を覚ますのが先か――と嫌な想像が脳裏を過ぎったその時。
まるで図ったかのように、遥かな地下から、黒衣の集団が喚き散らす声が、風に乗って運ばれてきた。ひょいと見下ろせば、ジークの姿に目ざとく気付いたらしい数人が、こちらを指差している様子が視界に移った。
「おー、やっべ。そろそろ潮時か」
呟いたジークは、これまた施設内を駆けずり回っている際に発見した拡声器を手に取り、出力を最大にして、施設内に残っているであろう同胞たちに告げた。
『――こちらジーク。各位に告ぐ、猫どもが目覚めた。総員退避せよ! 繰り返し、ジークから各位へ告ぐ。猫どもが目覚めた、総員退避せよ! ――それからチセ、とっとと帰ってこい!』
「……まったく、あの馬鹿者め」
敵の注目をすべて己に集めんばかりに声を上げた弟子に、囚われていた者たちを脱出路へと誘導していたムジカは、思わず溜息を吐いた。
「まあまあ、ムジカさん。俺たちは信じてジークに託したんだから、あとは任せましょうよ。俺たちには俺たちの役割がある。そうでしょう?」
隣に立つロウニは、いつ敵の姿が現れるとも知れない状況にもかかわらず、鷹揚な笑みを浮かべてそう告げた。いつの間にか頼もしくなった後輩の姿に、ムジカは片頬を上げ、礼代わりの言葉を紡ぐ。
「――そうじゃな」
仲間たちへの警告を終え、拡声器を下ろしたジークは、さてここからが本番か、と苦笑を浮かべ、時間が許す限り、と空に向かって旗を振り続ける。
(……頼む、来てくれ)
ジークの祈りも虚しく、大勢が一斉に移動していると思しき足音は、刻一刻と近付いてくる。やがてその音が階下にまで迫ってきたその時、ジークはついに、旗を床に置いた。
それからほどなくして、屋上に繋がる扉がけたたましい音とともに、粉砕され――黒衣の群れが、一斉に、ジークに銃口を向ける。
「答えろ、〝星災〟はどこに消えた!」
「――よう。随分遅いお目覚めだったな」
てっきりすぐさま蜂の巣にされるかと思ったが、どうやらまだ自分には、いくばくかの利用価値があるらしい、と踏んだジークは、少しでも時間を稼ごうと無駄口を叩いた。
「……よせ、こいつに訊いても時間の無駄だ。三〇二号は〝星災〟とともに、脱走したのだろう。発見次第、再び捕獲すればいいだけの――」
「黙れ、この糞野郎ども。――あいつらは、お前らの道具じゃねえぞ!」
目も眩むような怒りにすべてが押し流され、気付けば計算も状況も全て忘れて、ジークは咆哮していた。
「撃て」
無慈悲な、機械じみた号令とともに、無数の銃弾が、ジーク目掛けて襲来してきた、まさにその刹那。
「――お待たせ、ジーク!」
まばゆい白銀の閃光とともに、待ち望んでいた声が、鼓膜を揺らした。
「……遅えよ、チセ」
長い吐息混じりに呟けば、白銀の少女と同時に、ふわりとジークの目の前に降り立ったチセは、くるりと振り返り、ひどい! と頬を膨らませた。
「あんな豆粒よりも小さい合図に気付いたんだよ、わたし! もう少し褒めてくれたっていいじゃん!」
「あーはいはい、よくできましたね~」
「その言い方、絶対褒めてないよね! 全っ然、心がこもってない!」
『……そろそろいいか?』
冴え冴えとした声で白銀の少女が呟いた瞬間、ぴり、と弛緩していた空気に緊張が走る。どのような原理かは不明だが、銃弾をことごとく防いでのけた光の壁のようなものを消し、累々と横たわった黒衣の集団を睥睨する少女に、ジークは深々と頭を下げた。
「俺の弟子が、世話をかけた。――俺の命を、救ってくれてありがとう。助かった」
『……礼を、言われるほどのことではない。それで、わたしたちを呼び寄せた理由はなんだ?』
チセが心配そうにちらとこちらに視線を送った後、少女の言葉を訳してくれた。
よほどの理由がなければただでは置かない、という気配を言外に滲ませながら、竜の炯炯たる眼光が、ひたとジークに注がれる。たったそれだけで身体が震え出しそうになるのを意志で押し留めつつ、ジークは真っ向から黄金の双眸を見返した。
「探しているのは、アーキェルの居場所、だろ。――見つけたぜ」
『……どこにいる?』
チセの翻訳を待たずとも、その痛いほどの切望に満ちたまなざしで、彼女が何を問うているのかはわかった。一つ息を吸い、ジークは、少女が二百年もの間、待ち望んでいたであろう答えを口にした。
「すぐそこの、裏山の中だ。……善は急げだ、早速行くか」
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