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その瞬間、誰もが等しく息を止めて、その神々しいばかりの存在を、見つめた。
冴ゆる天満月の、黄金の双眸。
氷水晶を溶かし込んだかのような、透きとおる雪白の肌。
降り注ぐ光を星辰の彩と化し、さながら天衣のごとく身体を覆う、白銀の長髪。
あたかも神話の中の存在が、現世に降臨したかのように。
無造作に両の手首と足首の枷を粉々に砕き、花弁でも払うかのように絡み付く無数の管を優雅に指先で一掃した少女は、ふわ、と鈍色の床に降り立った。
この世のどんな宝玉も敵わぬであろう、冷厳たる輝きを宿す黄金の瞳で周囲を睥睨し、少女は再び妙なる楽のごとき声を発した。
『もう一度だけ、問う。――アーキェルは、どこだ?』
少女の発した言葉を聞き取ることはできずとも、その全身から漂わせる圧倒的な存在感から、返答を誤ればすなわち死が待ち受けているということは、容易に理解できた。
「……誰か、言葉がわかるやつはいるか?」
しかし、肝心の少女が、何を語っているのかがわからない。ほとんど同じ内容を繰り返していることだけはわかったが、語句も文法も、全く聞き取れない。未知の言語を発する少女と、いったいどうやって意志疎通をすればよいのか、と冷たい汗が背に滲んだ、その時。
「――『もう一度だけ、問う。アーキェルはどこだ?』って、言ってるんだと思う」
不意に声を上げた撫子色の髪の少女に、全員の視線が集まった。
「なぜお前にわかる? 答えろ」
チセに詰め寄る取締官の男を片手で制したジークは、琥珀の瞳を見つめ、翻訳を頼む、と口を開いた。
「すまないが、アーキェルとは誰のことなのかを教えてほしい。何か、特徴は?」
チセがしばし口を噤み、聞き慣れない響きでたどたどしく返答すると、白銀の少女はわずかに目を眇めた。
『アーキェル=クロム。私たちの創造主にして、最も優しき者だ』
再び玲瓏たる声が響き、チセが訳してくれた台詞を聞いたジークは、冷や汗が背を伝うのを感じた。
(アーキェルって……あの日誌を書いた人のことか! 「ア」から始まる名だし、おそらく合ってるはずだ。――だが、どうする?)
日誌の記述を信じるなら、おそらく白銀の少女の名は、〝シェリエ〟。この少女は、創造主たるアーキェルを特別に慕っていた、とあった。
――どうか、〝シェリエ〟が、無事であるように。
――私の死を知っても、哀しまないように。
(……アーキェルは二百年以上前に亡くなっていると、どう伝える? そもそも、伝えていいのか?)
アーキェルの死を告げた場合、白銀の少女がどのような反応を示すかが図り切れない。ジークが、逡巡して口を噤んだ、その一瞬。
「――娘、伝えろ! アーキェルとやらは、二百年前に投獄されて、とうに死んだとな!」
「……なっ!」
あまりのことにジークが口を挟もうとした瞬間、背後から喉元に鋭い刃が突き付けられる。
「――貴様の役割は終わった。命が惜しければ、黙っていろ」
この阿呆、お前たちこそ命が惜しくないのか、とジークが取締官を、怒鳴りつけるよりも先に。
同じく喉元に刃を向けられたチセが、恐る恐る、その言葉を口にした瞬間。
――ぶわ、と押し寄せた凄まじい殺気に、控えていた取締官たちが次々に倒れていった。
『……そうか、アーキェルは、死んだのか。――貴様等のような輩に、殺されたのか』
神話に謳われる、竜の眼光で、その場の全員を射竦め。
『わたしは、約束を、果たしたのに。……目の前の敵を、殺して、殺して、殺し尽くして、ようやく、帰って来たのに。――なのに、どうして』
天地を貫くような光の奔流をその背から立ち昇らせた白銀の少女は、咆哮した。
『なぜ、アーキェルを、殺したっ!!!!!』
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