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「……『大災厄ナ・ラ・ディス』? 何でそんな、大昔の話が出てくるんだ? しかもその原因が、たった一人によるものだって?」


 冗談だろ、と言外に滲ませたジークに対し、ムジカはゆっくりと首を振る。――否定ではなく、肯定の方向に。


「おあいにくだが、嘘でも冗談でもない。……かつて、二大国の衰退を招いた『大災厄』の正体は、一体の混成種と、〝何か〟が激突したことで生じた衝撃波だ」


 あまりの内容に、言葉を失ったジークを真剣な面持ちで見つめるムジカは、これでお前も歴史の秘密を知っちまったな、と呟いた。


(……いやいや、冗談だろ? 『大災厄』って、確か、二大国の――この国の約十倍の面積を有していた大国の、半分以上を吹っ飛ばしたんだろ? それが本当に、一対一の武力衝突で引き起こされたんだとしたら、)


「そりゃ、復活させようものなら……世界が、滅びるわけだな」


 かつての『大災厄』を引き起こした片割れを、仮に蘇らせたならば。

 再度この世界が滅びの危機を迎えるのは、むしろ必然でしかないだろう。


(たかが一国が、兵器として従えられるような――人間の、手に負える存在じゃない)


 気温によるものではない寒気が、じわりと全身を凍てつかせる。背を、冷たいものが伝うのを、止められない。自分たちが今、どれほど危うい状況に直面しているのか、ジークはようやく思い至った。


「なるほどね。……俺は、医術の心得があると思って呼ばれたわけか。で、じじいは三十年前の経験を買われた、と」


 ――すべては、最凶の存在を、復活させるために。


「そういうことだ。三十年前は、混成種の身体の構造をよく知る者がいなかったから修繕に失敗したのだと、奴らは考えている。……だから、お前にだけは、捕まってほしくなかったわけだがな」

「わかったよ、俺が悪うござんした。……でもさ、一つだけ解せないことが残ってるぜ。政府の連中は、絶対的な力を手に入れて、まあ何かろくでもないことを企んでるんだろうけど――どうして、こんな馬鹿な真似を? 人間の手に負える存在じゃないって、少しくらい考えりゃわかるだろ。相手が言うことを大人しく聞いてくれる道理もないし、どうせ暴走した時の対抗措置も、止める手段もないんだろ?」


 言うなれば、止める手段も開発していないにもかかわらず、天災を思うがままに操ってみせようと豪語しているかのような状況だ。その、当然とも言うべきジークの指摘に、ムジカは乾いた笑みを口元に浮かべた。


「お前もまだまだ甘いのう、ジーク。……奴らは傲慢にも、己に従えられぬものなどないと自惚れておるのよ。およそ、畏れなどというものとは無縁の連中じゃ」


 おそらく混成種が暴走してもなお、己の過ちは認めんだろうな、と続けられ、ジークは絶句する。


「……じゃあ、もしもそいつが暴走したら、この世界はどうなるんだ?」


 かろうじて押し出した問いの答えに、薄々勘づきながらも、ジークは己が師に、確かめずにはいられなかった。


「――まず間違いなく、滅びるじゃろうな。衝突の余波だけで二大国の領土の大半を吹き飛ばした存在の、片翼だ。もしも暴走したらば、何一つ残らんだろうよ」

「で、そいつを復活させることを拒んでも失敗しても、俺たちはもれなく全員殺されると。――最高だな」


 己の首に巻かれた、見覚えのある黒い首輪を指で弾きながら吐き捨てるように呟くと、にやりと笑みを浮かべた師は、腕組みをして楽し気に問うてきた。


「ああ、最高じゃろ? ――どうする、ジーク?」


 こんな状況にあってさえ、師として弟子であるジークを、試すようなその物言いに。

 燃え立つような決意を瞳に宿し、不敵な笑みを以って、ジークは答える。


「そんなの、決まってるだろ? ――何とかしてやるさ」

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