第24話 出発

残りの半月、阿修羅は受験生のように死にものぐるいで勉強に取り掛かった。

それはもう鬼の形相で、今まで以上に厳しい修行を鬼の教官と共に成し遂げた。


そして地獄の八月を終え、日にちは九月一日。

日は完全に真上に登っている時間帯、十二時を回る頃に阿修羅は目を覚ました。


「…いつもより寝たからか、体が重い……」


ベットから体を起こして伸ばす。

凝り固まった体が一気に和らぎ周りを見た。


「…エル、まだ寝てんのか。まあ俺より遅くまで起きてたっぽいしな」


まるで誰かと話しているかのように喋る。


阿修羅が昨日ベットに入ったのが深夜の三時頃。その時エルは「まだやる事があるので、先に寝てください」と言い机で何やらをしていた。


「まだ寝てるって事は結構起きてたんだろうな……」


部屋を見れば所々まだ片付いてはないが、本や紙類の書類などは全て片付いている。

昨日までは勉強で部屋が汚部屋とかしていたのに、ここまで綺麗にするとは恐れ入る。


ベットに座り、横のベットで眠るエルを見た。


(本っ当に…こんな美人が、、なんでこんなに無防備なんだ……!!)


寝巻きの服からちらりと見える腹。

胸元ははだけてかなり谷間が強調される。

何よりなんの対策もなしで男の隣で寝るとは…………。


と、ここまでされると男として見られてないんじゃないかとも思ってしまう。


今日までの数ヶ月間で俺は明らかに理性を抑えるレベルが進化した。これは言語と並ぶくらい大変だった……。


阿修羅は起こさないように立ち上がって朝食という名の昼食の準備を始めた。

準備といってもトースト焼いて目玉焼き作って、ベーコン焼いてといつもの朝食と一緒だ。


ちょうど支度が終わった頃、エルがごそごそと動き出した。

テーブルに二人分の皿を運ぶ時にベットの方を見ると、エルは目を薄く開いていた。


「エル、もう昼飯だぞ。そろそろ起きろよ」


「……はい…もう、起きます……」


まだ起きる気配もない、か細い声が聞こえる。

太陽の光から隠れるように布団を深く被り直す。


テーブルに皿を置いてベットの方に行く。


「…もう結構な時間だぞ」

「………………うん……」

「布団剥がしてもいいか」

「…………だめです」


そーか、と阿修羅が言った瞬間、エルに被っている布団が宙に浮いた。誰も魔法を使っていない、阿修羅が無理やり剥ぎ取った。


「…寒いです」


まだ寝ぼけているのか、本調子の声では無い。

少し眉間に皺を寄せて薄目を開いている。


何ヶ月も一緒に過ごしてまた新たな発見だ。

エルは寝起きが悪い。


しぱしぱと瞬きを繰り返して少し、頭が冴えてきたのか『ガバッ』と音も鳴らして身体を起こし、阿修羅をじっと見た。


すると少しずつ真っ白い肌が桃色に染め上げられていく。


「…おはようございます、阿修羅。

見苦しい姿を見せてしまいました」


恥ずかしがりながらも阿修羅の目を見続けた。

キラキラとひかる髪の毛は色んな方向に散らばって纏まりがない。


「すごい髪だな…」


吹き出してきそうな笑いを堪えながら言った。

少し声が震えていたからか、それに気づいたエルは阿修羅を優しく叩いた。


「笑わないでください。何故か寝癖が酷いんですよ……」


そう言ってぴょんぴょん跳ねている髪の毛を触る。

その仕草がかなり可愛らしく、阿修羅は少しドキドキしていた。


「まあ、あれだ結構いいんじゃないか」

「どこがですか」


ベットから降りたエルはそう悪態をついて、席に着いた。


「寝癖直さなくてもいいのか?」

「はい、ご飯が覚めてしまいますし」


エルの目は少し湯気の上がっているトーストにいっている。阿修羅はそうだな、と思い席に着く。


『いただきます』


二人は同時にご飯に手をつけた。




───




部屋の片付けや自分の荷物を纏めていると、あっという間に夕方になっていた。

荷物を纏めると言ってもエルは寝る前に終わらせたのか阿修羅の手伝いをしている。


「これで終わりですね」


最後の一つをトランクに詰め込み部屋を見渡した。全て片付け終わったこの部屋に生活感は無くなった。


「それでは出発しましょうか」


掛けてあるコートを取り、羽織った。

阿修羅もエルからコートを受け取り羽織る。


「結構早く感じたな」

「それは楽しかったからでしょう。

楽しい時間は早く過ぎると言いますし」

「そーかもな」


微笑むエルは玄関の戸を開けた。

ここに来て阿修羅とエルの距離感はだいぶ近くなったと感じた。それは物理的、と言う意味ではなく心の距離だ。もちろん物理的にも少しは距離感が近くなったかもしれないが心程では無い。


長い階段を下り、店主に挨拶をした。

そうして宿を出ると日はもう半分以上が沈んでいた。

この街の真ん中に堂々とした佇まいで居座るその城が今日は明るく光っていた。

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