第16話 その中身

目の前にあるこの扉

何の変哲もない大きすぎる扉

ただ、ただ何なんだこの空気は───。


昔の西洋を感じさせるドアノブ。

阿修羅が手をかけようとすると『バチンッ!!』と火花が弾けた。


「──っ!」


手が酷い火傷の様に真っ赤になった。

肌が少し溶け、床に垂れそうな程に。


ビュンッ───と横に何かが通った。エルだ。


「おい、貴様。なぜ触ろうとする手を止めなかった」


ドスの効いた声がこの空間に響いた。

阿修羅と老人の間に割り込んで、エルは剣を老人の首に突き付けた。


「……申し訳ありません。見ておりませんでした」


「…私に嘘をつくか」


剣を握った手をギュッと握り直し、より一層老人の首が飛びそうだ。


「お、おいエルもういいって…。勝手に触ったの俺だしよ、普通に俺のせいだから」


自分で触って怪我をした。

それを人のせいにするなど日本男児失格である。


「…阿修羅がそういうのであれば」


まだ少し納得のいかないような声ではあったがエルは下がった。


老人は杖を取り出した。

何をするのかと思えば阿修羅の方に杖を向け呪文を唱え始めた。


「クラウ・スパルス《傷よ、塞がれ》」


途端、阿修羅の焼け落ちそうな醜い手は徐々に元の姿に戻っていった。が、完全に元通りという訳ではなく、火傷の跡が手全体に残っている。


「ここを出た後、医療師に薬を貰ってください。この火傷跡もすぐに治ります」


老人は火傷跡を飛び出そうな目で見ながら言った。

エルもまた老人が阿修羅の手を見るのをやめた後、跡のついた手を掴みじっと見た。


「大丈夫ですか阿修羅。痛みは魔法がかかっているので痛みはないと思いますが…」


「ああ、跡は酷いけど痛みはもうねーよ」


そう言うとエルはほっとしたように表情を緩め手を離した。


(エルの手思ったよりスベスベだな……)


と阿修羅も跡のついた握られた手をじっと見ながらそう思った。




阿修羅が火傷をした扉に老人は躊躇なく触る。何してんだ…!と思った阿修羅だが老人の手に怪我はなく、大きな扉がゆっくりと開いた。


冷たい冷気のようなものが開けた隙間からブワッと襲いかかってきた。


阿修羅は目を細め顔を腕で覆い隠した。

襲いかかってくる冷気がやみ、目の前を見ると、


「す、すげぇ…豪華すぎんだろ…!!」


阿修羅の目に写ったのは洞窟よような青暗い部屋で金色こんじきに輝く幾つもの金庫扉。

それも『豪華 金庫』と調べれば出てくるようなもの凄いデカいやつだ。


「…てか俺の親父はこんな豪華な金庫を貸りてたのか。恐ろしいな……」


「いいえ、これは貸金庫ではありません。阿修羅様の父上 熱田呑子あつたてんじ様が全て買い揃えられました」


自分の父親が思った以上に金持ちであった事に少し動揺をした阿修羅は、もっと動揺する事実を突きつけられ「目が飛び出でるとは正にこの事…!」と心の中で唸った。


「じゃ、じゃあこの全部の中に俺が持つ金が入ってるって事なのか…」


「いいえ、買い揃えられたのは呑子様ですがこの11個は貸金庫となったため阿修羅様のものはあちらの一つでございます」


そう言って指を指したのは阿修羅の正面。

一番奥にある一つだけ側面からは外されたどデカい金庫扉。の右斜め後ろの金庫扉だ。


老人と二人は呑子の金庫扉の前まで行き、扉に手を当てた。


「阿修羅様もこちらに」と老人の手の隣に置いた。すると『ガチャ』と家の鍵が開くような音が何十倍にもまして何度もなり始めた。


ようやくその音が無くなったと思えば『プシュー!!!!』と扉の縁から白い煙が出てきた。


「ここが阿修羅様の金庫でございます」


老人は大きな金庫扉をゆっくりと開け、阿修羅の後ろで言った。


「な、なんじゃこりゃ…。本当に親父は金持ちだったのかよ」


腰を抜かしそうな程阿修羅は驚いていた。

あたり一面金で埋まっているのかと言うほどの金と宝。見たことの無い金色の金、漫画やアニメでしか見ないであろう宝石。


阿修羅は生で見る事が初めての物を見つめたり、触ったりして現実である事を確かめた。


「す、すげぇぞエル!入ってこいよ!」


興奮状態の阿修羅はキラキラした目でエルを見て手招いた。その子供のような行動にエルは微笑み、老人の了承を得てから金庫の中に入る。


「確かにこの量は凄いですね」


エルもまた辺りに散らばっているきんや宝石を見て感嘆したようだ。


さっきもそうだったけど、たまに見せる微笑みかなり可愛いよな…。別に下心とかそんなんはないけどな!


そんな考えを心の中で出しては消して繰り返し、阿修羅は葛藤していた。


エルは金の方を見て何やら考えているようだ。


「今日買った教科書と杖の代金は抜きとして、20万程持っていきましょう。学校であまり使う機会はありませんが、出かけた際に使う事もあるので」


そう説明しエルはコートから少し昔を感じさせる巾着を取り出し、阿修羅に渡した。


中々の年代物だ…。

この肌触り、この質感、絶対高級の奴だ…!!


高級の中に高級を。金を巾着の中に詰め込んでいく。金と金が擦れ合い、チャリンチャリンとうるさく鳴る。


「それぐらいです」とエルに言われ詰め込んでいくのをやめ、キュッと紐を縛り封を閉ざした。


「エル、後は教科書と杖の代金だが」


袋をコートのポケットの中に入れ、まだ大量に山積みとなっている金色に輝く金貨を見た。


「私はお金を持ち歩かないので、今度何か奢ってください」


わざとらしくなく、小首を傾げニコりと微笑んだ。


阿修羅はそれを見た瞬間、メデューサの目を見て固まってしまった者たちを体現したように身動き一つ出来なかった。


恐ろしい、彼女は…メデューサ・エルなのやもしれん───!!




それから阿修羅とエルは金庫を出て、一番最初にいた大勢がいる銀行の中に帰ってきた。

エルはいち早く銀行の内の医療師の場所に阿修羅を連れて行き、医療魔法で跡を全て消した。


「おぉ…!凄いなエル!!あの痛々しい手が一瞬で無くなったぞ!…むしろ前より綺麗になってないか?」


驚きと疑心が二つ同時に現れ、あたふたの阿修羅を見たエルは腹の底から混み上がってくる笑いを何とか堪えようと口許をふぐのように膨らませてビクビクと肩を揺らしていた。

もちろん阿修羅には見えないところで。


医療室を出て銀行に入る時には見なかった大きな扉の前まできた。


「こんな扉なかったよな?」


「内側にはあるんですよ。構造は私にもよく分かりませんが」


そう言いながらエルは扉を押して開けた。

光が内側に入ってきて、エルの金色の髪がより一層光を放つ。


それを瞳に捉えた瞬間阿修羅はまた目を奪われた。


いつか見たような光景。

いつだったのかそんな事は分かるはずもなく、ただ頭の中の記憶を探った。





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