第9話 理不尽

全員が夕飯を食べ終わり、台所に食器を持ってきた。阿修羅はその食器を受け取りスポンジに泡をつけて優しく洗う。エルは阿修羅が洗った皿についた水をタオルで拭き取る。


ジャー、と流れる水の音を聞きながら洗い終えた食器を横に出すとタイミングよくエルが受け取る。その動作を何度も繰り返していき、洗い物はすぐに終えた。


「わーお…。息ぴったりすぎるでしょ兄さん」


テレビを見ながらもチラチラとこっちを気にしていたのはそーゆー事か。


ただ確かにやりやすかった。凛の言う通り息はあうのかもしれない。


「うんうん。素晴らしい連携だな」


七瀬もそう笑っていいのける。


とうのエルはというと最後の拭き終わったさらを食器立てに置いているところで、こちらの話には興味がないようだ。



やる事を終え、各自自由に時間を過ごした。

と言ってもだいたいがリビングでテレビを見て寝るまでダラダラと過ごしていた。


母親、七瀬、凛はお笑い番組を見てゲラゲラと笑っていた。

エルは今日の寝床の準備をしてくると言い部屋を出ていった。そして阿修羅はエルが今日使う部屋の案内だ。


長い廊下を真っ直ぐ進んだり曲がったり歩き回る。相変わらずと言うほどエルとは長い時間を一緒に過ごした訳では無いが、無言の時間が続く。


隣を歩くエルは外国の人だとすぐにわかるような緑色の瞳に輝くように綺麗な金色の髪。

少しでも気を抜けば目が釘付けになりそうだ。


そんな事を思いながらも目が釘付けになりかけている阿修羅は紛らわすようにエルに話題をふった。


「なあ、エル?」


「なんですか」


阿修羅の方には目を向けず言葉だけを発する。エルを知らない人から見るとAIに見えてもなんら不思議はない。


「なんで魔法使いなんかになったんだ」


ごく普通の疑問、かは分からないが…阿修羅は七瀬に誘われて、いや助けられてその道に進んだ。同じようなのであればエルもそのようなことがあるのだろうか、と。


「阿修羅と同じようなものです。父が魔術師、母が魔法使い、その影響で幼少期の頃から魔法というものに触れてきて今に至るわけです」


そう言ってエルは口を閉じた。これで話すことはないと言うことだろう。そしてまた無言がつづいた。


エルが今日使う部屋の中に入った。

あまり使っていなかった部屋だが、埃ひとつない。多分凛が毎日掃除をしていたのだろう。


ここまでは気が回らなかった自分を恥じることと同時に妹の凄さを改めて実感した。


これを見せられると阿修羅が出ていったとしてもうまく過ごせるだろう。


「綺麗な部屋ですね」


「そうだな。凛が掃除をしていてくれたらしい」


そう阿修羅が言うとエルは嬉しそうに頭を縦にふっている。しかしとても苦しそうに、言葉には表現出来ない表情をしている。


「…とても、良い妹をもっていますね」


エルはそう言って部屋を見渡した。



部屋の案内をした阿修羅が居間にもどると

3人はさっきとあまり体勢を変えないままテレビに夢中になっていた。


母親は座布団に座ってじっと見ている。


凛は座布団を縦に3枚引き茶菓子をつまみながら足を伸ばして見ている。


七瀬も凛と同様、茶菓子をつまみながらテレビを見ている。いや、七瀬はつまんでいるではなくて爆食いしていると言う方が正しいような気もするが…


この光景はこれから先見ることが無いかもしれない。いや全く同じ光景なんて一生見れないのだ。


同じ体勢をしていたとしても、同じ服を来ていたとしても、同じものを食べていたとしても、同じものを見ていたとしても今日と言う日はこれから一生来ないのだ。


そう思えば思うほど、もっとこの時間が長く続けばいいのにと感じる。


阿修羅は残り少ない今日という時間をこの3人と過ごすため余っている座布団に座ってならってテレビを見始めた。



◇◇◇


阿修羅に部屋を案内してもらい、私は1人でいる。八畳程あるこの部屋に置いてあるものは机一つと天井に届くほど高い何も入っていない本棚、そして隅っこに綺麗に畳まれた布団。


使っていなかった部屋と言われれば確かに使っていなさそうだ。さっきいた居間の賑やかな空間と比べてここは静かで『無』が湧いてくる。


阿修羅にとってこの家の全ての空間は日常の中の1つだ。それはここに住んでいる阿修羅の妹、凛にとっても同じ。


この家がある事が当たり前で阿修羅がここにいる事も当たり前。何気ない日常に欠かせない存在だ。


その当たり前をひとつ私は奪っていく。

あんなにも優しく気配りのできる子からひとつの大切なものを奪っていく。


たった数時間共に喋り、食卓を囲えば分かる。妹の凛が不安で仕方がないことを…。


しかし阿修羅や私、母親に心配させまいと必死の思いでその感情を殺し、笑顔をふりまく。


罪悪感が湧いて仕方がない。


私がここに来なければこれから先の何十年間何度も顔を合わせる事ができたはずだ。


しかし、それはもう叶わない。


私はここに来た。来なければならなかった。

長い時間だった。しかしようやく終止符を打つことができる。


凛には悪いが、これがこの理不尽な世界を変えるための数あるうちの”小さな”代償なのだ。

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