第5話 魔法使い

 あれから何分間歩いたか。

 阿修羅と彼女の間に沈黙が続いていた。


 住宅街を抜け、空は薄暗くなっている。田んぼには朝のように人がいる訳でもなく阿修羅と彼女の二人だけのような世界にも思える。


 そんな世界を壊すかのように突然彼女は喋りかけてきた。


「私の名はエル・アルトリウス。呼び方は何とでも呼んでください。貴方の名は?」


 こちらには目を向けず、エル・アルトリウスは喋る。歩くスピードは変わらず、長い金色の髪が柔らかそうに揺れる。


「俺の名前は熱田阿修羅あつた あしゅら。俺もなんでもいい」


 そう言い終えるとまた二人は無言になった。

 さすがに気まずいと思った阿修羅は一つ、疑問に思ったことを尋ねた。


「なあ、聖戦ってのは言わば六人の殺し合いってことだよな?何でエルは俺を殺そうとしない」


 多分、いやほぼ確実にこの六人の中では俺が一番未熟で、弱いんだろう。それなら早く殺した方が得な気がするのだ。わざわざ生かしておき、しかもサポートの様なことをしている。理解に苦しむばかりだ。


 エルは少しの間無言が続き、そ口を開いた。


「…阿修羅がその疑問を持つことは至極当然の事です。しかし、今は言えない」


 薄暗くて良く見えないが、その顔には少し不安の色が見えた。

 阿修羅がじっと見ていると疑われていると勘違いしたのかエルはもう一言付け足した。


「これだけは言おう。私は貴方を裏切ることはしない」


 不安の色は消え、これだけは絶対だとでも言いたげな顔に変わっている。歩くのをやめ、じっと見つめあっているとだんだん阿修羅の顔が熱くなってきた。阿修羅は目を逸らし、ほら行くぞ!と言ってまた家に向かって歩き出した。


 そこから家まではまた長い沈黙の中を歩き続けた二人だったが、もう10秒もすれば着くというところで阿修羅はある事に気づいた。


 母さん…いねぇじゃん。


 その頃にはもう門の扉を開け、熱田家の敷地の中に二人は入っている。

 言おうか言わないか迷っていると玄関前まで来ていた。鍵をポケットから取り出し鍵穴に誘うとした瞬間、その鍵穴が素早く横にずれた。


「ん…ああ、おかえり」


 玄関の向こうからは母親が出てきた。

 母さんは阿修羅に目を向け、すぐに隣のエルの方に目を止めた。


「貴方がエル・アルトリウスさんね?どうぞ中へ」


 片手を家の中の方へやり、中に促すようにした。


 何がなんだか分からなくなってきた阿修羅の頭は混乱し、二人の後ろをついて行くしか無かった。

 リビングに入るかとも思ったが通り過ぎ、一番奥の部屋の父親の部屋の前まできた。どうしてここにとも思ったが阿修羅はあえて聞かなかった。


 母親は襖を両手で行儀よく開け、先にエルを入れてから入り、そして阿修羅も入る。父親の部屋に入るのは久しぶりの阿修羅は目だけを動かして部屋の中を見渡した。


 窓の場所以外の壁には本棚が壁に沿うように立てられ、その本棚に本はぎっしりと詰められている。1つの窓がある場所には腰の高さくらいの横長の机が置かれ、椅子も置いてある。

3人とも立ったままただ顔を見合わせている。


すると母親が上着の中に手を入れ1枚の白い手紙をだした。昔なじみの真ん中に赤いハンコが押されているやつだ。


「昨日、これが届いたわ。

もちろん中身を見なくてもわかったけどね」


自分で自分を嘲笑うかのように笑った。そして、悟ったように話し始めた。


「阿修羅も魔術師?魔法使い?の部類に入ったってわけか。

そして魔法学校への入学ね

―――選ばれたのね」


母親が誰に向けてはなったかは分からない。ただ母親は自分に言い聞かせてるんだと後に察した。

エルはただ母親の目を見て表情を一切変えず聞いていた。何かを見るような目で。


「ええ、その通りです。阿修羅は魔術師で、この聖戦に選ばれた一人の戦士。しかし、ただの魔術師であれば間違いなく最初に殺られる」


母親はくらい表情だ。

それはそうだろう。自分の息子がすぐ殺られるというのだから。

一方エルは変わらず喋り続けるた。


「そのための入学です。神に選ばれた聖戦に参加する者たちは9割が魔術師+魔法使いの力を使うことができています」


母親は何度か頷いた。


「なるほどね。そのために魔法学校は阿修羅に入学しろってことね」


深呼吸のように息を大きく吸った。


「わかったわ、何を用意すればいいのかしら」


そこで初めてエルの顔が和らいだように見えた。エルは黒いコートの中に片手を突っ込み一枚の紙切れを取り出し、母親に渡した。


「…何も書いてないわよ?」


戸惑ったような声を出して阿修羅とエルに向けて見せた。

するとエルはもう一度黒いコートに片手を突っ込み綺麗に削られた杖を取り出した。


「魔法学校は世間にバレてはならないものです。それは貴方もわかっているでしょう」


ええ、と母親は頷く。


「文字は隠されています。魔法を使わなきゃ出ないように」杖を振った。


「―――隠れたヘデン・アペアよ、現れよ」


杖から蛍光色の緑のように光るものが飛びたし、紙一面が覆い尽くされた。


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