化け物バックパッカー、化け物発明家と出会う。

オロボ46

かつては化け物の姿をしていた友人を見かけた。今は人間の姿をしていた。

 



「コンナ姿デモ、問題ナイサ」




 雨音の響く暗闇の中で、ひとりがつぶやいた。

 人間とは思えない、奇妙な声。あいつの声だ。




「問題あるだろう。俺は平気だが、突然変異症で変化したその姿を他人に見られてみろ、あっという間に大騒ぎになるぞ」




 もうひとりが反論する。

 老人のような声。客人であろう。




坂春サカハルクン、モウ少シソノボケタ頭ヲ活用シタマエ。君ハ数学ノ文章問題ヲ2秒デ飛バシテイルヨウナモノダゾ」




 何かをあさるような音。




「なんだ、ハロウィーンの余り物か?」

「確カニソノ使イ方モデキルガ、モット有効的ナ効果ガアル。着テミロ」




 奇妙な声が言うと、なにやらゴソゴソと衣服を着るような音が聞こえてくる。




「……ただの中から外の様子が見えるローブじゃないか。不思議と暑くないが」

「モットフードヲ深ク被リタマエ。ホラ、姿ノホトンドヲ隠セテイルゾ」




「……余計怪しいだろ、これ」

「ワガママイウナヨ、姿ヲ隠スニハソノ形ガ一番ナンダゼ」





 声はなかなか止まらなかった。

 話が盛り上がっているんだろう。まるで旧友の再会のように。

 本当に、楽しそうに。




「ナア坂春、コレヲ見知ラヌ変異体ニ与エテクレ。ソシテ1日ダケ一緒ニ付キ添ッテ、使イ心地ヲ聞イテキテクレナイカ」




「……報酬は?」




「友人ノオツカイニ金ヲカケルナラ、研究所ノ設備ニ使イタイ」




 奇妙な声にあきれるように、老人のため息が聞こえる。

 それに続いて、奇妙な声の笑い声が響いた。




「ソンナ暗クジメジメシタ見方ヲ変エルチャンスカモシレナイゾ?」







 男は、毛布を投げ出した。




 窓から差し込む光が、男を照らしていた。






 Chapter1 バックパッカーと変異体






「懐かしいところだな……」


 人気のない田舎道に立つ、一件の家。

 その前にふたりの人影が立ち止まっていた。


「“坂春さかはる”サン、来タコトガアルノ?」


 ひとりは、黒いローブを見に包んだ人物だ。

 フードを被っていて顔が見えないが、そのシルエットは女性のような形をしている。その声を他人が聞くと、寒気を感じそうなほどの奇妙な声をしている。

 背中には、黒いバックパックが背負われている。


「ああ、ちょっと雨宿りさせてもらうつもりが、そのまま一晩泊まらせてもらったことがある。ここの家主が発明家でな、その発明品に興味をそそられたんだ」


 もうひとりは、黄色いダウンジャケットを身にに包んだ老人だ。

 “坂春”と呼ばれたその老人は懐かしむように目を閉じているが、顔が怖い。


「ハツメイヒンッテナニ?」

 ローブを着た人物が首をかしげる。

「新しい便利な道具だ。あいつは、主に“変異体”の役にたつものを発明していたな」

「変異体ノ役ニ立ツモノ……タトエバドンナノ?」

「“タビアゲハ”、おまえが着ているものだ」

 タビアゲハと呼ばれた人物は、自分の着ているローブのを見て、

「コレ?」

 と両手を肩まであげて、坂春の方向に体を向けた。




 ガチャ


「ア……」「……!?」


 玄関の扉が開かれ、誰かが出てきた。


 その誰かは、30代ほどの年齢の男で、眼鏡をかけている。

 男は家の前にいるふたりを、不思議そうなのか、はたまたうっとうしいようなのか、にらんでいた。

 タビアゲハは坂春の後ろに隠れるように移動し、坂春は男を見つめながら右手を震わせていた。


 その手は、人差し指を立て、それを男に向ける。


「あんた……どうして人間に戻っているんだ!?」


 その声で思い出したのだろうか、

 男は目を見開くと、「ああ……」と静かに驚いた。

「君は……坂春か。久しぶりだな」

「質問に答えてくれ! なぜ人間に戻っている!?」

 坂春は叫んだ。起こるはずのない現象に戸惑っているかのように。

「僕の発明に不可能はない。そのことぐらい、君はわかっているだろう」

「いったいどうしたらそうなったんだ!?」

「それは言えないな。他人に勝手にマネされては困るのでね」

 男は鼻で笑う。坂春はそれでもまだ納得ができないのか、首をかしげた。

 その様子を見ていたタビアゲハは、坂春の肩をつつき、声が男に聞こえないように耳元でささやく。

「アノ人ガ……ハツメイカ……サン?」

「ああ……俺が合ったころは変異体だったはずだ。だがあの男は、あいつが写真で見せてくれた、あいつが人間だったころの姿をしている……」


 男の視線は、坂春からタビアゲハに移った。

「お嬢さん、そのローブの使い心地はいかがかな?」

「……」

 タビアゲハはすぐに黙り込み、坂春の後ろに隠れた。

「心配する必要はないさ、僕は変異体のために研究をしている。そのローブも僕の発明品のひとつなのさ」

 男の言葉を聞いたタビアゲハは、確認するように坂春の表情を見つめる。

 坂春がタビアゲハを見てうなずくと、タビアゲハは恐る恐る前に出た。

「コレッテ……アナタガ?」

「ああ、もしよかったら発明品を見てみないか? それに、わざわざ来てもらった君には人間に戻る方法……教えてあげてもいいけどね」

「……坂春サン、私……ハツメイヒンニ興味ガアルンダケド……」


「……わかった、少し邪魔させてもらおう。おまえにも聞きたいことがあるからな」






 Chapter2 影と触覚






 暗闇の中に、光が入りこむ。


 その光から、3つの人影が現れる。


 光はだんだんと細くなり、扉の閉まる音とともに、部屋は再び暗闇に包まれる。


 ごつん


 その部屋は完全な暗闇ではなかった。


 窓の前に設置されたカーテンは、ほんの少しの光を取り入れていたのだ。


 ごつん


 その部屋に置かれている何かが、独特なシルエットを作っていた。


 その中を、3つの影が通っていく。


 ごつん


 ……先ほどから、何かがぶつかる音が聞こえている。


「いててて……」

「坂春サン、コレデ3回目ダケド……」

「このごちゃごちゃした機材も相変わらずだな。ぶつけた場所がまったく一緒だ。これで照明のスイッチが向こう側にあるなんてな」

「そんなことは気にする必要はない。むしろ面白いだろう」

「タシカニ」

「確かにってなあ……タビアゲハ、こんな暗闇でも見えるのか?」

「ウン、タブンコノ触覚ノオカゲダト思ウ」

「はあ、人間でいることも不便かもな……」


 ごつん


 坂春、本日4回目の激突。


「いっつ……今度はくぐるのか……まったく、バリアフリーのなっていない研究所だ」

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