第4話 ある日の集団抗議

 その怒鳴り声は荒々しく切羽詰まっており、嫌でも意識せずにはいられなかった。


「誰がそんなの認められるか!」

「ここにいんのはわかってんだ、いいから本人に会わせろ!」

 超高層ビルの立ち並ぶ都内某所。それは病院の帰り道のことだった。立て続けに響く怒声に、風邪気味の悠人はマスクの中でずびっと鼻を啜って顔を向ける。

 そこには老若男女の入り乱れた人々が、とある建物の入り口前に集まって、大声で講義していた。手には旗やプラカードや拡声器を持っている。


(風邪が流行ってる中でようやる。ああいうのが病原菌をばら撒くんだろうな)

「ただいまスーツを着た女性が建物から出てきました。なにか話されるようです」


 心の中で毒づいているとすぐ側からそんなセリフが聞こえてきた。見ると少し離れたところに各局のマスコミやカメラマンの姿があり、すぐ横にいたニュースキャスターがカメラの前で宣言する。

 促す方に目をやると、キャスターの言う通りスーツ姿の女性が建物から出て来たところだった。人々の前に立つなり、女性は早速お辞儀をして声を張る。


「申し訳ありません。事前にアポが無ければお会いすることはできませんので、お引き取り下さい。どうか、よろしくお願い致します」

 ただ一言。女性は冷静沈着にそう告げると、それ以降なにも言わなかった。

 必用事項はすべて伝え終わったという態度と、迷いや狼狽のない堂々とした対応は、周囲の者たちの怒りを煽る。


「ふざけんな! こっちは死活問題なんだぞ!?」

「なにがアポだ! 一度も取り合おうとしたこともないくせに!」


 騒ぎの声は、遠巻きに眺めていた悠人にも聞こえるほど大きかった。


(抗議デモか? 初めて見たな)


 普段見慣れない光景に目を向けるも、特に抗議関連に興味がなかった悠人は、すぐに視線を反らす。触らぬ神に祟りなしと、そそくさとその場を後にしようとした。


「人工知能なんかに政治家が務まるわけないだろ! 見ろ、この体たらくをっ」

 あまりにも現実に似つかわしくない、その一言を聞くまでは。

「……AIだって?」

「あ! おい、出て来たぞ! あいつだ!」


 悠人が振り返ったのと声が響いたのは同時だった。全員が一斉に建物に目をやる。自動ドア越しに人影が浮かび上がっており、すぐそこまで近づいていた。


(もう機械が国を牛耳る時代か。ていうか、今って選挙なんてやってたか? いや、やってたような……? 機械が政治家なんていかにも話題になるのに思い出せねぇ)


 奇妙な事態に悠人は首を捻った。悠人の記憶には最近選挙の話を耳にしたことや、テレビの報道で見た覚えがない。なのに特別違和感なく、すっと受け入れられた。

 それこそマインドコントロールでも受けているように。


(AIか……一目見とくか)


 僅かに興味を抱いた悠人は、喚き散らす民衆の後ろに立った。同時に自動ドアが開くとスーツ姿の数人のSP――と、その中心で浮かぶ奇妙な球体を目撃する。


「……なんだあれは?」


 なんともコンパクトで可愛らしい球体の登場に、悠人は思わず目を見張る。

 その球体には細い腕が二つ生えており、先端にはマジックハンドを彷彿とさせる二本の指がついていた。空中を浮遊して移動するためか足らしきものは見当たらない。 体の真ん中には大きなレンズがついており、それが民衆を見渡す。


「あ、たった今大勢のSPに囲まれて総理大臣が出てきました!」


 ニュースキャスターが告げると、それを口火に人々は一斉にロボットに駆け寄った。

 すかさず警備員が正面に立ち、SPたちがロボットの周囲に陣取る。そこに人波がぶち当たる中、ロボットは離れた場所に用意されていた細長い黒塗りの車へと進んだ。


「極端でつまらない形だな。あんなガラクタみたいな姿で政治家が務まんのかよ」

「務まるわけないだろう!」


 悠人の独り言に、デモに参加していた中年が大声で答えた。


「あいつは社会を平等にするとか言って、正社員だった俺をクビにしたんだ。ここに来てる奴らだってそうさ。俺みたいに職を奪われたり、給料を下げられてまともに生活できない奴らばかりが集まってる」


 涙ながらに訴える中年。そんな嗚咽を孕んだ主張は周りの声に呑まれる。


「なに仕切ってんだ、選挙にも出てなかったくせして! 国はどうなってんだよ!?」

「テレビ局の者です、一言コメントいいでしょうか!?」

「早く不当な賃金制度を廃止しろ! これじゃあ商売あがったりだ!」

『……不当?』


 今まさにロットが車に乗り込もうとしたときだった。

 ロボットがある言葉に反応して動きを止めると、人々は思わず押し黙る。するとロボットはレンズをこちらに向けて疑問を投げた。


『私はみなさんが普段から心の奥底で願っていたこと――人間はみな平等であるべきだ、みんな同じになればいい――という思い知って、それを実現するために実行しました。なのになぜそう騒がれるのですか? 是非意見を聞かせてください』


 周囲の人々はロボットの饒舌な口ぶりに舌を巻いた。だが驚いたのはそれだけじゃない。自分たち一般市民に直接意見を求める真面目な姿勢に感服する。

 しかし圧倒されている場合ではなかった。本人に直接文句を言えるチャンスなどなかなかない。民衆は挙って口々に不平不満を飛ばす。


「どこが平等だ、お前の政策のせいで俺は減給したんだぞ!? しかも俺より下の奴が増給ってなんだ!? 頑張ってる俺らがバカみたいじゃないか!」

「男女で労働を平等にするとか言ってたくせに、私たち女性は全然採用されてないじゃない! 結局私は仕事に就けなかったし、周りにも同じ人が大勢いるわ!」

「女だけじゃないぞ! 会社によっては男も大量に解雇されてる。他の企業でも似たようなトラブルが多いって聞くぞっ、明らかな差別だ!」

(おいおいマジかよ。そんなめちゃくちゃなやり方が、簡単に審議で通るものなのか?)


 にわかには信じがたい苦情を聞いているうちに、悠人の中に疑問が浮かぶ。

 だが一人、それを可能にする少女と一度出会っていることを悠人は忘れていた。恐らく顔も覚えていないだろう。


『なんだ、そんなこと。まったく問題ないじゃないですか。政策は正常ですよ。これこそみなさんが望んだ国民全員が平等な世界。文句のつけどころがありませんね』

「はあ!? なに言ってんだお前。どう見ても不平等だろ!? ふざけてんのかっ?」

「いったいなにをどう判断したらそうなんだよ! 仕事量が少なくて技術力の無い奴ばかりが設けてんのは変だろ! 基準を説明しろ!」


 次々に捲し立てる民衆。それでもロボットは臆せず、淡々と事実だけを伝えた。


『私の賃金政策は、精神の疲労具合で判断しているので、みなさんの仕事量と技術力が反映されていないのは当然ですよ』

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