第8話 ドッペルゲンガー
3人は驚いてその場で沈黙した。すると再び部屋にチャイムが鳴る。
「誰か来ました! 二人とも、すぐに窓から帰ってください!」
「は!? いやちょっ、窓からは無理!」
「お隣かもしれません。家に君たちがいるのが見つかって、もしお父様とおばさんに知られでもしたらどんな目に遭わされるか……っ。さあ、今のうちに早く!」
明は真名たちを窓際まで追いやると、ベランダの外へ押していく。
「わわわわわわ!?」
「きゃあああ待って咲ちゃん! こっち来ちゃダメェ! 落ちる、落ちちゃうよぉ! きゃーん咲ちゃんに無理矢理迫られて真名落とされちゃ――きゃああああああ!」
真名が黄色い声を上げている間に咲は後ろ向きに倒れ、そのまま2人は窓から真っ逆さまに落ちた。明は急いで窓を閉めると、カーテンで部屋の中を隠す。
が、そこでまたもや胸に嫌な疼きが走る。堪らず明は胸を押さえて蹲った。
その目の前では、例のクリオネが明に共鳴するように苦しげに藻掻いている。
「伊井田さん、こんにちはー。伊井田さん? ……お留守でしょうか?」
「そんなはずはありません。先程家に入って行くのを見ました」
えずいていると外からそんな会話が聞こえてくる。明は急いで玄関を開けようと体を起こした。だがすぐに立ち眩みを起こし、膝をついてしまう。
(早くしないと……でないと、またおばさんに殴られて――)
「お兄さん」
無邪気な声量に、明はバッと顔を上げる。
振り返ると、カーテンの隙間からちょこんと顔を出した真名が見つめていた。
「なんで……っ」
「鍵を閉め忘れてたよ。んもぅ、不用心なんだからぁ。あと、咲ちゃんが凄く心配してたから、今回は特別にお兄さんにプレゼントあげちゃうね」
言うと真名はステッキを翳し、クリオネに振るう。
瞬間、クリオネは激しく痙攣すると、ぶくぶくと膨れ上がった。
「うわああああああああ!?」
「!? 聞こえたっ? 今中から悲鳴が!」
「伊井田さん、大丈夫ですか? ドアを開けてください! 伊井田さん!?」
騒ぎに気づいた外の者たちがドンドンと激しく玄関を強打する。
だが今の明に、それに構っていられるほどの余裕はなかった。
眼前の化け物に怯え切ってしまい、悲鳴も出ない。逃げようにも腰が抜けてしまい、出口の玄関の方向もクリオネの真後ろ。背後はベランダ。
なにより体が凍りついてしまって、金縛りのように身動き一つ取れなかった。
「今お兄さんが苦しいのは、心の栄養が偏ってるからなんだけどね」
眼前の化け物に怯えていると、不意に真名が語りだす。
「ちゃんと自分に適した栄養を取れば、その苦しみはなくなるんだよ。でもお兄さん凄く大変で、なかなか決断できないみたいだから、心の奥底にある本当の自分――そのクリオネに答えを導かせてあげるね」
「な、なにを……!?」
「怖がらなくても大丈夫。本音と建前を入れ替えるだけだから。その思念体はお兄さんの本音だから、あとのことは全部やってくれるよ。それじゃあねっ」
それだけ告げると真名はカーテンを閉める。
「ま、待ってください!」
取り残された明はやっとのことで立ち上がると、転ぶような勢いで真名を追う。カーテンを勢いよく開けると、開きっぱなしの窓からベランダへ出た。
が、すでにそこに真名はいなかった。
まさかと思い明はベランダから地上を見下ろす。だがどう見ても人が飛び降りて助かる高さではない。それどころか真名の姿も見当たらない。
そもそも真名はどうやってベランダに上り、部屋に侵入したのか。飛び降りたなら、いったいなぜ地上に死体がないのか。
考えれば考えるほど謎は深まるばかり。だが、それも束の間。
後ろの窓からガタガタと音がすると、明は弾かれたように振り返る。
徐々に人の形を模った思念体がこちらに這いずっていた。
「ひいいいいいいぃっ!」
あまりの禍々しさに明は情けない声を出して後ろに下がる。
だがすぐに壁にぶつかってしまい、それ以上逃げることはできない。
やがて思念体は完全に人型になると、這いずりながら明の目前まで迫る。そしてほとんど完成した相貌から覗く顔に、明は目を見開いて驚愕する。
目の前にいたのは、もう一人の自分だった。
ドッペルゲンガーはそっと手を伸ばすと、そのまま明の頬に降れ――
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